第19話 魔女のたくらみ

 フィーはエルウッドの屋敷の庭で農業に励んでいた。

 庭の一角をフィー用の薬草畑にしていいと許可を貰ったので、早速畑にしているところだ。まずは土作りから始める。クワで畑を掘り起こして、肥料や石灰を撒いて薬草が育ちやすい理想的な土を作る。魔道具で土の酸度を測定すると、理想的な数値になっていた。


「ふう、完っ璧! 次は土をならして、種を撒いて水をやって――」


 レーキで土をならし、丁寧に畝を作っていく。畝ができたら、そこに一粒ずつ種を蒔く。それからもう一度魔道具を使って土の状態をチェック。


「うん、大丈夫。これなら上手く育つわ。あとは毎日水やりをするだけね」


 フィーは満足げに微笑みながらジョウロで水やりをする。ちなみに今の彼女は農作業着に麦わら帽子、足に長靴、首にタオルというガチ農業スタイルだ。首に巻いたタオルで汗を拭く。気持ちいい労働の汗が太陽の下でキラリと光った。


 だが、そんな平和で牧歌的な空気は唐突に壊される。

 屋敷の正門付近が騒がしい。なんだろうと見やると、エルウッドの親友であり副団長補佐でもあるアーヴィンという男が、血相を変えて執事と何か言い合っていた。


「なんと!? それはまことですか、アーヴィン殿!?」

「真実も真実さ! まったく、あいつと来たら……!」

「何よ、騒がしいわね。……そっちは確か、アーヴィンだっけ? エルウッドの友達よね。どうしたのよ、顔色変えて」

「フィーちゃん! それが、エルウッドの奴が大変なんだ!」

「エルウッドがどうしたのよ?」

「実は今、王都圏の外れにブラッドクローという新種の魔物が出没して――」


 アーヴィンはこれまでの経緯をかいつまんで伝えた。

 既に農村部で民に犠牲が出始めている事。討伐に出た冒険者も倒された事。出動要請があったにも関わらず、サルマン騎士団長は遊び歩いてばかりで仕事をしない事。痺れを切らしたエルウッドが単独で討伐に出ようとしている事……。

 話を聞き終えたフィーは目の色を変える。


「新種の魔物!? 本当にそんな奴がいるの!?」

「ああ、間違いない。しかもかなり手強い相手みたいだ。邪竜が【国家脅威レベル】なら、ブラッドクローは少なくとも【町村脅威レベル】は超えているだろうな」


 魔物のランク分けは、騎士団では上から順に以下のように振り分けられている。


SSS:国家脅威レベル

S:都市脅威レベル

A:町村脅威レベル

B:村落脅威レベル

C:街道脅威レベル

D:ダンジョン脅威レベル

E:野生動物脅威レベル

F:野生植物脅威レベル


 既に町村に被害が出ている以上、ブラッドクローは間違いなくA以上の脅威であるとアーヴィンやエルウッドは睨んでいる。


「ブラッドクロー……。聞いた事がない名前ね。どんな見た目なの?」

「全身真っ黒な人型の化け物です。手足は四本、目は二つ。口は耳まで裂けています。そして何より特徴的なのは――」

「特徴は?」

「爪です」

「爪? それってあの尖ってた爪の事? 武器みたいな」

「はい。まるで悪魔の鉤爪のように鋭く伸びた凶悪な爪です。その殺傷力は凄まじくて、犠牲者は身体を引き裂かれて殺されました」

「ふーん……」


 フィーは腕組みしながら考える。


「200年以上生きてきた私ですら、該当する魔物が思い浮かばないわ。これはぜひとも直接見て確かめないとね」

「いや待ってくれ、フィーちゃん。俺は君に、エルウッドを止めてほしくて屋敷まで来たんだが……」

「え、どうして止める必要があるの? エルウッドは助けを求める人たちを助けたい。でも騎士団は動かせないから自分一人で行くんでしょ? 立派な心掛けじゃない。それでこそ騎士よ。見事なものだわ」

「い、いや、確かにそうだが、危険じゃないかって心配なんだよ」

「一年前に国家脅威レベルの邪竜を倒したエルウッドよ。そこまで心配することはないと思うけど」

「で、でもなー。俺が心配してるのはそっちじゃないっていうか……」

「何よ?」

「サルマンだよ、サルマン騎士団長。あの野郎が遊び歩いてるのは今に始まった話じゃないが、どうにも嫌な予感がする。あいつはエルウッドを目の敵にしてるからな。エルウッドが不在の間、何か仕掛けてくるんじゃないか……」

「アーヴィン殿! なんという事をおっしゃられるのですか!」


 アーヴィンの言葉に執事が血相を変えるが、アーヴィンは左右に首を振って返す。


「執事さん、あんただってエルウッドやフィーちゃんから話は聞いてるだろ。あの野郎が日頃どんな嫌がらせをエルウッドにしてるかを、さ。俺は副団長補佐なんで、あんたらよりよっぽど正確に事情を把握してる。その俺の勘がいうんだよ、今エルウッドを行かせると危険だってな。魔物がじゃなく、サルマンがエルウッドを蹴落とす為に何をするか分からない」

「むむむ……!」

「だから頼むよ、フィーちゃん! エルウッドを説得するなりして、絶対に行かせないでくれ! この通りだ、今の騎士団にはあいつが必要なんだ!!」

「アーヴィン殿……!」

「恥ずかしい話だが、サルマン団長のせいで今の騎士団には職務は二の次、私腹を肥やす事を最優先に考える連中が増え始めている! このままじゃ騎士団はダメになってしまう! だからこそ、エルウッドのような人材を失う訳にはいかないんだ!」


 アーヴィンは必死の形相で訴える。だがフィーは首を左右に振った。


「あのサルマンって奴がろくでなしなのは私も知ってるわ。だからってエルウッドを止めることも出来ない。きっとブラッドクローに襲われている人々は、助けを待っている筈だもの」

「だが……!」

「だからさ、こういうのはどうかしら? ちょっと耳を貸して――」


 フィーはアーヴィンと執事にひそひそ話をすると、二人揃って目を丸くしていた。


「おいおいフィーちゃん! そんなのってアリなのかよ!?」

「アリよ。アーヴィンの予想通りサルマン騎士団長があくどい奴なら、こっちだって相応の手段で対応しなきゃ。でしょ?」

「いやまあ、そうだけど……」

「幸いあの男は、前に会った時に私に興味を抱いているようだったわ。ちゃっちゃと準備してくるから、ちょっと待っててくれる?サルマン騎士団長の家まで案内してちょうだい」

「お、おう。分かったけど、気をつけてな」

「はいはい」


 フィーはアーヴィンたちと別れると、部屋に戻って準備をする。

 相手は曲がりなりにも騎士団長だ。それに油断させる意味合いも込めて、メイクをして髪も纏め、余所行き用のドレスに身を包む。

 そして忘れてはならない“大事な物”を手に取って、部屋を出た。

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