第17話 魔女の秘薬
フィーがエルウッドの屋敷に招かれてから、一週間ほどが経過した。
彼女はすっかりエルウッドの屋敷に馴染んでいた。
あれからフィーは毎日のように調合に精を出し、日々色んな薬品や日用品、化粧品まで作り出している。
最初はフィーのポーションを遠慮していた執事も、あまりにエルウッドが絶賛するから口にした。
すると長年患っていた肩凝りと腰痛が嘘のように消えた。
それ以来、エルウッドだけでなく使用人たちにもフィーのポーションが評価されるようになった。
使用人たちはポーションのおかげで仕事の能率が上がって喜んだ。
しかしフィーはこう言った。
「エルウッドにも言ったけど、働きすぎはいけないわ。腰痛や肩凝りなんて働きすぎから出る症状だもの。身体が楽になったからって、余計に働けると思っちゃダメよ。ポーションはあくまで応急措置と考えて、ちゃんと休養を取りなさい。薬に頼りすぎちゃダメなんだからね」
「はい、分かりました!」
使用人たちもフィーの言うことを素直に聞くようになった。
フィーはポーションの他にも傷薬や風邪薬、石鹸や洗濯用洗剤、化粧水や美容液、研磨剤や中和剤なども作って使用人に渡した。
どれもこれも王都で手に入る商品と比べても、効果が桁違いだった。使用人たちは驚いて称賛する。
「この化粧品は何ですか!? 肌がこんなに綺麗になるなんて! 王都一と言われるブランド化粧品よりも素晴らしい効果です!」
「あー、それね。森の泉の底に沈んでた泥を使ったのよ。そっちは火山灰から作った石鹸ね。どっちも美容成分が豊富にあるんだけど、意外と知られてないのよね」
「こちらの洗濯洗剤も素晴らしいです! 手が荒れにくい上に、服のシミも綺麗に落ちていきます! しかし色落ちはしない、素晴らしい逸品ですよ!」
「それも私が調合したのよ。調合してると汚れることが多いから、高性能の洗剤が欲しかったのよね」
「なんとお礼を申し上げればいいのか!」
「いいのいいの。私がやりたいからやってるだけだし。それに私って居候でしょ?これぐらいは役に立たないとね」
「なんとお優しい……! フィー様は本当に素晴らしい方です!」
使用人たちは大喜びだった。
「フィー様こそ、エルウッド様の奥様に相応しいお方です!」
「え、ちょっと待って。あのね、誤解されてるみたいだけど、私とエルウッドはそういう関係じゃないんだって」
「またまた、ご冗談を。エルウッド様がお慕い申し上げる女性はフィー様だけでしょう」
「私とエルウッドの関係はただの友達だから! 変に勘繰らないで!?」
フィーは必死になって否定するが、使用人は全く聞いていない。勝手に盛り上がっている。
その様子をエルウッドと執事は微笑ましく見守っていた。
フィーが来てから屋敷の雰囲気が変わった。今までエルウッドの屋敷は、物静かで真面目に働く者が多かった。それはそれで悪くないが、大勢使用人がいるにも関わらず静かな屋敷だった。
それが今ではすっかり明るくなっている。使用人の間に笑顔が増えて、和気藹々と仕事をしている。
エルウッドは心底感じ入った。フィーは人の心に寄り添うことに長けている――と。本人は素っ気ない態度だが、言動には他人を気遣う優しさがにじみ出ている。
言いたいことははっきり自己主張する。たまに言い方がきつい時もあるが、本当に人の尊厳を傷つけるようなことは言わない。
今まで屋敷にいなかったタイプの人間だ。
「フィー様は素晴らしい女性ですな、エルウッド様」
「ああ、そうだな」
執事もすっかりフィーのことが気に入ったようだ。
彼女のおかげでエルウッドがよく屋敷に帰ってくるようになった事にも、喜んでいるらしい。
「わたくしめはずっと心配しておりました。エルウッド様は副団長として多忙な日々を送っておられ、屋敷にはほとんど帰って来られないご様子。このままではお身体を壊されるのではないかと……」
「そんなに心配をかけていたんだな、すまなかった」
「勿体無いお言葉です。しかしこれで安心できました」
「ああ」
「それにフィー様は竜の呪いも治療なさってくださったとのことですし。ありがたい限りです。これで子作りできますな」
執事は老眼鏡を外すとハンカチで瞼を押さえる。そして再び眼鏡をかけると、良い笑顔で言い放った。
突然センシティブな話題を振られて、エルウッドは思わず噴き出しそうになった。
「お、おい!? 滅多な事を言わないでくれないか!?」
「ですが事実でしょう? フィー様のおかげで呪いが解けたと言っていたではありませんか」
「それはそうだが……あまり大声で言うな、人聞きが悪い……」
「私は感動しました。フィー様のような素敵なお嬢さんがエルウッド様の元に嫁いで下されば、きっと可愛いお子様が誕生なさるでしょう。エルウッド様のお子を抱ける日が待ち遠しいですよ」
「……あまり変なことを言うな。フィーさんにも失礼だ」
せっかくこうして家に馴染んでくれているのに、フィーが機嫌を損ねて出ていってしまったら元も子もない。老執事を窘めると、彼は飄々と笑った。
「ほっほ。しかしフィー様が屋敷を訪れた時には、屋敷中が大騒ぎでしたなぁ。まさかエルウッド様が女性を屋敷に招かれるとは思いませんでした。しかもフィー様はお美しく聡明でお優しい女性です。我々使用人のことも気にかけてくださいます」
「そうだろう、フィーさんは素晴らしい女性だ」
愛する女性が褒められてエルウッドも誇らしい。彼女への称賛は素直に肯定した。
「出来ればわたくしが執事として働いている間にお世継ぎのお顔を見せて頂きたいものですな。それでこそ亡き先代様に顔向けできるというものです」
「いや、だからな……」
「おーい、二人とも何話してるのよー?」
そこにフィーがやって来た。彼女は胸にいくつかの小瓶を抱えている。
「フィーさん、それは?」
「ああこれ? 庭園の薔薇で作った薔薇ジャムよ。執事さんにあげるわ。食事とかティータイムの時に使ってちょうだい。紅茶に入れてもいいし、クッキーに混ぜても美味しいわよ」
「おお、これは嬉しい厨房係が喜びますな! ありがとうございます、フィー様」
「いえいえ。あとこっちはハーブの入浴剤ね。ローズマリーとカモミールのブレンドよ。疲れが取れるから良かったら試してみて」
「はい、早速使わせていただきます。ありがとうございます」
「ううん、気にしないで」
フィーはにっこり笑うと、屋敷の使用人たちに次々とプレゼントしていく。
エルウッドはその様子を見ながら、やはりフィーは素晴らしい女性だと再確認した。
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