第16話 エルウッドの屋敷・風呂
豪勢な食事を終えた後、フィーが案内されたのは大浴場だった。
広い脱衣所に大理石の浴室。適温に温められたお湯が浴槽に張られている。自分で調合した石鹸やシャンプーで全身を洗い、髪の手入れをする。一通りの流れが終わると、ゆっくりとお風呂に浸かった。
「あぁ~、気持ちいい〜……」
温泉でもないのに手足を伸ばせる風呂に入れるとは思っていなかった。
これだけの量のお湯を沸かして保温するとなると、それなりの設備と人員が必要だ。
フィーの家にも風呂はあったが、もっと小さい猫足バスタブだった。湯船の中で、うーんと身体を伸ばす。
「エルウッドって、こんな立派な家に住んでたのね」
フィーは改めてエルウッドの屋敷の広さを感じた。エルウッドの家は王都の中心部にあり、王城からも近い。かなり裕福な部類に入るだろう。さすがは騎士団の副団長である。
「変な噂さえ広まらなければ、女の人に不自由することはなかったんだろうな……あ、いや、それ以前に王女様と婚約してたんだっけ?」
エルウッドはまだ若い上に顔立ちも整っていて、社会的地位も高い職業に就いている。黒髪にアイスブルーの瞳のコントラストが美しい、誰が見ても文句のない美青年だ。
性格は少し暴走しがちなところはあるが、基本的には真面目で誠実だと思う。こんな優良物件はなかなかいないだろう。
それなのに竜の呪いの噂が広まったせいで女性の影がまったくない。王女と婚約していた時ならいざ知らず、今も女性の影がないのは、明らかに例の噂のせいだろう。
「もったいなさすぎでしょ……私なんかに引っかかっちゃって」
それに上司である騎士団長からは目の敵にされているようだった。せっかくの休日なのに、夜近くなるまで帰って来られなかったのは、あの騎士団長にネチネチいびられていたせいだろう。
あのサルマンとかいう男の事を思い出すと、フィーもムカムカしてきた。そもそもあの男が自分にセクハラしてきたのが悪かったのだ。それなのに注意したエルウッドを逆恨みするなんて、陰湿にも程がある。
「あの男、見てなさいよ……魔女を怒らせると怖いんだから……!」
フィーはお湯に口をつけてぶくぶく泡を出す。そしてどうやってサルマンに一泡吹かせてやろうか考えるのだった。
――しばらく経つとフィーはお風呂を出て、ふかふかのタオルに包まれる。用意されていた寝間着を着て髪を乾かす。
「ふぅ、さっぱりした」
用意された自室に戻り、ドレッサーの前に腰掛ける。そしてアイテムボックスからスキンケアグッズを取り出して、お風呂上がりの手入れを始めた。
化粧水を馴染ませた後、乳液で肌を整える。続いて美容クリームを塗っていく。これらも全部、フィー自身が調合したものだ。
フィーは不老長寿の秘術によって肉体年齢は17歳で止まっている。だからといって、手入れを怠れば肌は荒れるし美しさを保てない。若さや持って生まれた美貌にあぐらをかいてはいけないのだ。
といってもフィーはスキンケアやメイクが好きだから、いつも楽しく手をかけている。
今夜も機嫌よく鼻歌を歌いながら肌のお手入れをした。
「……こんなに良くしてもらったんだもの、お礼しなきゃいけないわよね」
フィーはふと思い立つ。自分に何ができるだろう? 得意なのは魔法と調合である。
マナスポットの森から出た以上、魔法はあまり使いたくない。
魔力回復薬は沢山用意してあるが、やはり薬で補うのは限度があるからだ。
――となると、調合しかない。
エルウッドは毎日忙しく働いている。疲労を回復してあげたいが、魔法を毎日使うのは良くない。今日ポーションを渡したところ、彼は絶賛していた。
「決めた。エルウッドやお屋敷の人の役に立つ薬とか、いっぱい作ってあげましょう」
フィーはそう決意すると、早速薬作りに取り掛かった。
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