第14話 エルウッドの屋敷
フィーはメモに記された住所を頼りに王都東地区へ向かう。しばらく歩くと、大きな屋敷が見えてきた。
「えぇー……ここって」
フィーは目の前の建物を見て唖然とする。それはとてもではないが、普通とは言えない建物だった。まず、敷地が広い。門扉から玄関まで距離がある。土地はフィーの背丈の倍はある高さの壁で覆われていて、その奥に白塗りの壁の屋敷がある。
これはいわゆる貴族とか富裕層と呼ばれる人たちが住むような造りの屋敷である。
(こんな屋敷に、いきなり私みたいなのが訪ねてきても平気なの? エルウッドは大丈夫って言ったけど、あいつも一般的な感性からかけ離れてるトコあるからなあ)
だが他に行く場所もない。フィーは恐る恐る、門の脇にある獅子のドアノッカーを叩いた。
――ゴンッゴンッ。しばらく待つと、初老の執事が出てきて門扉を開く。
「お待たせしました。どちら様でしょうか?」
「私はフィー。エルウッドの主治医よ。あいつから家に行くよう言われたの。これが鍵と紹介状」
フィーはエルウッドから受け取った鍵と、ポケットから取り出した封筒を執事に見せた。
「失礼致します」
執事は恭しく受け取ると、確認のため封蝋を割った。中身を読んでいる間、フィーは手持ち無沙汰になり、周囲を見回す。庭は綺麗に手入れされており、花壇には色とりどりの花が咲き乱れている。よく見ると薔薇園のようだ。噴水もあって、馬の彫刻の施された台座の上に水が流れている。
(あれが噂の薔薇園なのね。ふうん、綺麗……)
フィーはしばらく呆けていたが、ハッとして我に返った。
「失礼しました。確かに、エルウッド様からのご紹介です。どうぞこちらへ」
「ありがとう」
案内されるまま、家の中に入る。内装も外観と同じく、真っ白だ。調度品は最低限のものしかなく、質実剛健といった感じである。いかにもエルウッドらしい。
フィーは真面目なエルウッドの顔を思い浮かべて、くすりと笑った。
「お部屋を用意させますので、応接間で少々お待ちください」
「分かったわ」
ソファに腰掛けて待っていると、メイドが現れてお茶の用意を始めた。フィーは出された紅茶を飲みつつ、辺りをキョロキョロ見渡す。全体的にモノトーンだが、暖炉の上には風景画がかけられており、所々に彩りを添えていた。
(やっぱり騎士団の副団長なだけあるわね。立派なもんだわ)
こうしてエルウッドの屋敷を見ていると、風格を感じずにはいられない。
サンドラ王国騎士団は国王直轄の武力集団で、その存在は国の軍事力そのものといっても過言ではない。
副団長は国の為に命を捧げる覚悟を持つ者のみが就ける、名誉ある役職だ。もっとも団長のサルマンの方は、ろくでもなさそうな男だったが……。
「珍しいですかな?」
いつの間にか、部屋の準備を終えた執事が戻ってきていた。
「あ、うん。こういう所に来る機会なかったから」
「そうでございますか。ここはエルウッド様のお屋敷でございます。主人からの紹介状にはフィー様を丁重におもてなしするように書かれていました。どうかお気になさらず」
「そっか。ありがと」
フィーはカップを置いて立ち上がった。
「じゃあ早速、案内してもらってもいい?」
「かしこまりました」
それからフィーは屋敷内を案内してもらう。食堂や書斎などの部屋を順に巡り、最後にエルウッドの寝室の隣の部屋に通された。
「エルウッド様は、こちらの部屋でフィー様にお過ごしいただくようにとおっしゃっています。部屋の中のドアは、エルウッド様の寝室に繋がっておりますので、どうぞご利用ください」
「待って? なんか今、サラッとすごいこと言われたような気がするんだけど」
「はい?」
「いや、それってアレでしょ、私でも分かる……奥さんとか恋人が使うような部屋でしょ? いやいや、私みたいなどこの馬の骨とも知らない女を、いくらエルウッドの指示だからって案内しちゃダメだって」
「そう言われましても、エルウッド様は私共の使用人一同に、フィー様は大切なお客様であると通達しております。今更追い返すわけにも参りません」
「うぅ……」
フィーは思わず頭を抱えた。エルウッドからの好意は痛いほど知っている。だが、別に付き合っているわけではない。
(まさかあいつ、自分の屋敷に招待してくれたのは私を囲うつもりだったんじゃないでしょうね?)
嫌な予感をひしひしと感じていると、執事が声を落として囁くように言った。
「それにエルウッド様は紹介状にこう書かれていました。フィー様は竜の呪いを解いてくださった高名な魔法使いなのだと」
エルウッドはなまじ地位のある有名人ゆえに、子作りできないせいで婚約破棄された事が王都中の話題となっていた。執事はクワッと目を見開く。
「エルウッド様は、我々使用人にも分け隔てなく優しく接してくださる素晴らしいお方です。そもそもエルウッド様が騎士団の副団長に任命され、この屋敷を賜ったのも王国を害する邪竜を討伐したからだというのに……子作りできない事を公にして婚約破棄するなど……! おかげでエルウッド様がどれほどの恥辱を背負われたか!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ」
「いいえ! 私は冷静でございます!」
「あんた絶対冷静じゃないって。目が怖いから!」
執事はハッとして咳払いをした。
「失礼いたしました。とにかく、エルウッド様の呪いを解いてくださったのなら、これほどの恩はありません。どうかご自分の家だと思って、当屋敷に滞在してくださいませ」
「うーん……まあそこまで言ってくれるなら、お言葉に甘えて泊めてもらうけど、私は別にそういうつもりじゃなくて、ただエルウッドと利害関係が一致しているから……」
「それでも構いません。エルウッド様が救われるのであれば、なんでもいいのです」
執事は深々と礼をする。エルウッドが皆に慕われていることがよく分かった。
「国王陛下の仕打ちはともかく、呪いが継続したままだと後継ぎも作れませんからね。後継ぎがいなければアスター家は断絶し、使用人は職を失います。フィー様は我々使用人一同の恩人でもあります。どうぞごゆるりとお過ごし、何なりとお申し付けください」
「分かったわ。お世話になります」
フィーはぺこりと頭を下げて挨拶し、部屋に入る。
(エルウッドって、友達や部下や使用人からの信頼は厚いみたいね)
フィーが部屋に入ると、執事は去って行った。フィーは部屋の中を見回す。部屋の内装はシックで落ち着いた雰囲気に統一されていた。ベッドと机、クローゼットが置いてあり、窓際には丸テーブルと椅子もある。チェストやドレッサーもあり、その隣には姿見があった。フィーはとりあえず、ふかふかのベッドにダイブしてみた。
「うわぁ……なにこれ、すっごいフカフカ」
高級なマットレスが全身を包み込む。窓際に立つと庭園が一望できる。フィーは窓から外を眺めた。しばらく景色に見惚れていたが、ふと我に返って頭を抱える。
「いや、違うでしょ、圧倒されてる場合じゃないでしょ! 私の目的、忘れたの?」
頭をブンブン振って気を取り直す。
「それにしても、婚約破棄した方もした方だけど、ここの家の人たちも気にしてんのね。後継ぎに子供を作るって、私にはよく分かんない感覚ねー」
フィーはため息をつく。魔女は基本的に師弟制だ。
魔法の才能のある女性が魔女に弟子入りして、厳しい修行を経て『魔女』の称号を手に入れる。魔女になると不老長寿の力が手に入る。まあ実際、厳しい修行を経て魔女になれるのはごく一握りの女だけだが。
だから人間たちが子作りや、血の繋がった子孫になぜそこまで執着するのかがよく分からない。後継ぎが欲しいのなら養子でも迎えて育てれば良いのでは? と思ってしまう。
「こんな環境じゃエルウッドも大変だったでしょうね」
小さくため息をつく。こんな価値観の中で、子作りできない体だという噂がばら撒かれてしまった。さぞかし生き辛かった違いない。フィーは改めてエルウッドに同情心を抱いた。
「ま、私が気にしてもしょうがないか。好きに過ごしていいって言われたし、やりたいようにやらせてもらいましょう」
気を取り直して立ち上がる。そして持ってきた荷物の中から、掌大の箱を取り出した。
「発動――【アイテムボックス】!」
アイテムボックスは物理法則を無視して収納、持ち運びが可能な魔法道具である。フィーは自分の家から調合用の小型窯や材料、器具を沢山放り込んできた。
この魔法は高度な空間魔法の類なので、普通の人間には使えない。フィーは鼻歌混じりに、大量の道具で部屋を飾り付けていった。
「これでよしっと」
部屋のテーブルの上には、魔女の薬草とハーブの鉢植えが置かれた。壁際には調合用の素材棚。部屋の中央には小型調合窯を設置する。本棚には調合レシピが書かれた本がずらりと並ぶ。
満足げに腕組みをして、フィーはうんうんと何度もうなずく。北の森の魔女の家には及ばないが、こんな王都のど真ん中にしてはまずまずの出来栄えだ。これで薬も作れるし、魔法や呪いの研究も続けられる。
「よーし、王都で新たに仕入れたレシピを使って新薬を作るわよ!」
フィーは張り切って調合窯の前に立った。
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