第13話 パワハラ騎士団長
騎士団本部に戻る。エルウッドが副団長の執務室で荷物を纏めている間、フィーは部屋の前で待っていた。
すると、そこに小太りの中年男性が歩いてくる。サルマン騎士団長だ。フィーが水晶玉で観察していた時に、エルウッドに嫌味を言っていた男。
サルマンは廊下の先にフィーを見つけると、驚いたように目を見張る。
「……なんと、美しい……」
「え、何よ?」
「……こ、これは失礼。私は騎士団長のサルマンと申しますが、貴女は?」
「私はフィー。エルウッドの主治医みたいなものね」
「エルウッドの……? はっ、そういえばエルウッドの呪いが解けたと若い連中が騒いでいたようだったが……!?」
「ええそうよ、私が治療したの」
「なっ、なんと!?」
サルマンは雷に打たれたような顔をする。相当衝撃を受けたようだ。
「ほ、本当にあなたがエルウッドの呪いを解いたというのですか!? あれは竜の呪いですよ!?」
「何よ、私を疑うっていうの? バッチリ解けたから安心しなさい。外ならぬ私がしっかり確かめておいたわ」
「ぐうっ……! エルウッドの奴め、こんな美人と……!!」
サルマンは悔しそうに歯を噛む。その目は血走り、禿頭には汗が浮いている。
何をこんなに悔しがっているのだろう。フィーは不思議だった。
この男がエルウッドを嫌っているのは知っている。だが、ここまで悔しがるものだろうか?
……フィーは気付いていない。サルマンが彼女に一目惚れしてしまった事に。そして恋に落ちた次の瞬間、この世でもっとも気に入らない男に寝取られてしまったと勘違いしている事に。
「くそぅ……! エルウッドめ、許せん!! こんな美人を独り占めしおって……!!」
「あの、何か勘違いしていない? 別に私はエルウッドとは……」
「フィーさんと申したな! エルウッドの主治医だというのなら、ぜひ私も診てくだされ!」
「はあ!? ちょ、手を離しなさいよ! あんたが何の病気だっていうのよ!?」
「いやあ、実は私もここ最近は下半身に元気がなくなってきたので、ぜひ貴女のような美人に診てもらいたいのです。ささ、さっそく団長室で……」
「待ちなさい! あんた、自分が何言っているのか分かっているの!? セクハラにも程があるわよ!」
「ぐふふふ、照れなくても良いんですよ。さあ、さあ!」
「ふざけないで! 触るんじゃないわよ!」
フィーは必死に抵抗するが、相手は屈強な騎士だ。しかも肥満体型で力が強い。あっさりとフィーは引きずられていきそうになる。その時、副団長室の部屋の扉が開いた。
「団長!? 何をしているのですか、フィーさんを離してください!」
エルウッドは二人の間に入ると、フィーを庇いサルマンを突き飛ばした。突き飛ばされたサルマンは怒り心頭のようだった。顔を真っ赤にして喚き散らす。
「エルウッド、貴様アァッ! 何をしたか分かっているのか!? 副団長風情が団長である私を突き飛ばすなぞ、言語道断であるぞ! 貴様、覚悟はできているんだろうな!?」
「確かに序列を乱す行為であったと自覚はあります。ですが、女性に狼藉を働こうとしていたのはサルマン団長です。騎士団長という立場を利用して、うら若き女性を危険に晒す行為は、騎士として断じて見過ごせません!」
「え、エルウッド……」
「フィーさん、お怪我はありませんか?」
「ええ、平気よ。……助けてくれてありがと」
フィーは顔を赤らめて俯いた。エルウッドはそんな彼女を見て優しく微笑み、今度はサルマンの方を向く。
「サルマン団長。俺はフィーさんの為なら命も投げ出す所存です。フィーさんを傷つけるというのなら、たとえ相手が貴方であろうと容赦はしません」
「ふんっ! 相変わらず生意気な口を叩く。もういい、貴様は減俸する! 部下の分際で騎士団長である私を突き飛ばした事は重い罪だ! クビにならないだけマシだと思え!」
「……承知しました」
「馬鹿め、せいぜい後悔するがいい! おい、お前達! こいつを連れていけ! エルウッドには始末書を書いてもらうからな!」
サルマンは部下の騎士を呼びつける。彼らはエルウッドの腕を掴むと、団長室に連行しようとする。エルウッドは申し訳なさそうにフィーへ振り返ると、一つの手紙を手渡した。
「すみません、こんな事になった以上、一緒に屋敷へ行けません。これは俺の署名がある紹介状と住所のメモです。使用人に見せて頂ければ、すぐにフィーさんの立場を理解してくれるでしょう」
「エルウッド……ごめん、私のせいで」
「フィーさんのせいではありません。それに俺の事は気にしないでください。夜には会いに行けると思います」
「……分かったわ。じゃあ、待ってるわね」
「はい」
エルウッドは笑顔を浮かべた。フィーは手渡された封筒を大切に仕舞う。そしてエルウッドは団長室に押し込まれた。
「……あの騎士団長、今に見てなさいよ……!」
閉ざされた扉の前で、そう独り言ちる。フィーはしばらくその場に佇んでいたが、やがて兵舎を出て歩き出した。
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