第12話 カフェデート?

 王都の大通りにあるカフェで、二人の男女が向かい合って座っていた。

 男の方は長身痩躯で黒髪青目の美男子だ。端正な顔立ちに甘いマスク。着ている服も仕立てが良く、高級品であることが窺える。

 女の方はスラリとしたスタイル抜群の美少女。やや気の強そうな顔立ちだが、美人であることに変わりない。

 テーブルの上にはケーキと紅茶が置かれている。男は優雅にティーカップを傾けて紅茶を飲みつつ、目の前の少女に微笑みかける。


「どうですかフィーさん。この店のケーキはお口に合いましたか?」

「ええ、悪くないわ。ていうか、人間の街でこんなお菓子が開発されていたなんて……知らなかった!」


 フィーは最近王都で流行のミルフィーユを前に、ご機嫌の様子だった。

 サクサクのパイ生地が三層重ねられ、間にはカスタードクリームとイチゴが挟まれている。

 彼女はエルウッドに教えられた通り、ミルフィーユを横に倒してから、フォークで上から押さえてナイフを入れる。すると綺麗に切り分けられるのだ。


「すごく美味しい! サクサクの食感に甘いクリームがマッチしていて……それに、このイチゴも酸っぱくて良いアクセントになっているのね」

「それは良かった。気に入ってもらえたなら、俺も紹介した甲斐があるというものです」


 騎士団兵舎を訪問したフィーは、騒ぎ立てる騎士に耐えかねて帰ろうとした。すると非番だったエルウッドが街に連れ出してくれた、という訳である。

 エルウッドは王都メインストリート沿いのカフェにフィーを連れてきた。最初は憮然としていたフィーだったが、目の前にお菓子が並ぶと不機嫌はどこかに行ってしまった。


「ふう……ご馳走様。それじゃ本題に入りましょうか」

「本題というと?」

「単刀直入に聞くわ。エルウッドは“例の大会”について知っているの?」

「“例の大会”? なんですか、それは?」

「これよ」


 そう言ってフィーがテーブルの上に差し出したのは、一枚の紙だ。よく王都の掲示板や店先に貼られているチラシの一種のようだ。そこにはこう記されていた。




『来れ、腕自慢! アイリス王女の次なる婚約者を決める為、武術大会の開催が決定! 第一回王配決定戦、【アイリス杯】! 優勝者は王女の婿として迎え入れよう! ※開催費用は国費』




「……なんですか、これは?」


 王家の紋章が捺印されているから、本物で間違いない。もし偽物だったらバラ撒いた者は極刑に値する。そんなリスクを冒してまで、こんな悪戯をする人間がいるとは考えにくい。つまりこれは、正式なる王家のお触書というわけである。


「見ての通りよ。この国で一番強い男が優勝して、この国の王女様と結婚できるんだって。……この王女様ってあんたの婚約者だった人でしょ? さすがにひどいと思ってね。こんな大会を大々的に開催するなんて、エルウッドに対する侮辱も同然じゃない」

「…………」

「エルウッド?」

「ふっ……くくく、はははははっ!」


 エルウッドは突然笑い始めた。


「な、何がおかしいの!? ショックすぎて壊れちゃった!?」

「くくく……違います。そうじゃありませんよ」

「じゃあじゃあ、もしかしてマゾヒストだとか……? 痛めつけられるのが好きとか……? あ、だから私に冷たくされるとかえって盛り上がっていたのね!」

「違いますよ!? そうではなくて、フィーさんが俺の為に怒ってくれたことが嬉しかったんです」

「え?」

「このチラシを見て、俺を心配して森から出てきてくれたのでしょう?」

「そ、それは……その、なんていうか……」

「ありがとうございます。ずっと森の奥で生活していたのに、外へ出てくるのは大変な勇気が必要だったでしょう。俺の為にそこまでしてくれたことが嬉しいんです」

「う……」


 エルウッドは優しく目を細めた。彼の青い瞳に見つめられて、フィーは顔を赤らめて俯いてしまう。


「俺はもうアイリス王女のことは何とも思っていません。まあ国費で大会を開催するというのは気になりますが……俺の領分ではありませんので。それよりも、愛する人が側にいてくれることの方が遥かに嬉しい。だから気にしないでください」


 エルウッドはテーブルの上に置かれたフィーの掌にそっと手を重ねる。するとフィーはビクっと肩を跳ねさせて、手を引っ込めた。


「な、何をするのよ」

「すみません、つい……」

「……まあいいわ。でも安心した。エルウッドが平気ならそれでいいの。じゃあ、私は森に帰るわ」

「えっ?」

「エルウッドが気にしているようなら、しばらく王都にいようかと思ったけど、平気みたいだし。うん、良かったわ」

「待ってください! そういうことなら、俺は深く傷つきました。海よりも深く、山よりも高く傷ついています! だから側にいてください!」

「ええええぇっ!? さっきと言ってることが180度違わない!?」

「お願いしますフィーさん、ここにいてくれなければ俺は生きていけません!」

「ちょっとやめなさいよ、周りの目が……!」

「フィーさんのいない人生など、もはや生きる価値なし! フィーさんがいなければ生きていけません!」

「む、無茶苦茶言うわね……!」


 フィーは頭を抱えてしまった。しかしエルウッドは真剣そのもので、彼女の手を握って離さない。


「お願いします、フィーさん。帰らないでください。住む場所なら俺が提供します。そうだ、俺の屋敷に来てください! 空き部屋は沢山ありますし、前にフィーさんが喜んでくれた薔薇を育てる薔薇園もありますよ!」

「薔薇園? ああ、そうだったわね……」


 思えばフィーがエルウッドを監視しようと思い立ったのは、彼の家にあるという薔薇園に興味を抱いたからだ。それどころじゃなくなったので、すっかり忘れていたが。しかし思い出してみれば、確かに興味はある。


「分かったわ。じゃあ、しばらくは王都に滞在することにする」

「本当ですか!……良かった。ありがとうございます! それでは早速、屋敷に戻りましょうか」

「え? 今から行くの?」

「善は急げと言いますし。フィーさんさえ良ければ、すぐに引っ越しの準備をしましょう!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。まだケーキのお金を払ってないし!」

「ああ、それは大丈夫です。ちゃんと払っておきますので。では行きましょう。まずは兵舎に戻って荷物をまとめて、それから屋敷へ向かいましょう!」


 こうしてフィーはエルウッドの屋敷に連行されることになった。エルウッドはフィーの分のケーキ代を支払って、カフェを後にした。

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