王都での生活編

第11話 王都で会いましょう

「うぅ……」


 朝、騎士団兵舎の自室で目覚めたエルウッドは頭を振る。

 頭が重い。昨夜は久しぶりに深酒してしまった。

 アーヴィンの厚意が嬉しかったのもある。自分が本当に大切にすべき友人が分かったのも、竜の呪いがもたらした利点の一つかもしれない。


「昨日はフィーさんに会いに行けなかったな……」


 これまで連日通っていたのに。自分の中で物足りない感覚がある。

 しかし昨日はアーヴィンのおかげでフィーへ贈るプレゼントを買えた。

 今日は仕事が非番の日だ。これから会いに行って早速渡そう。エルウッドは気持ちを切り替えると着替えて部屋を出る。

 すると、兵舎の正門前で、部下と若い女性が何やら言い争っていた。


「だからね、副団長のエルウッドに取り次いでほしいの」

「しかしお名前だけでは、ちょっと……御紹介状はお持ちですか?」

「持ってないけど、私の名前を伝えれば大丈夫よ」

「いきなりそう言われましても……それに副団長は本日非番ですので」

「非番でもなんでもいいの。ここにエルウッドはいるんでしょう? なら『フィーと名乗る女が会いに来た』と一言伝えるだけですぐに来るわ」

「フィーさん!?」


 正門から兵舎の建物まで30メートル以上離れている。だがエルウッドはその名を耳ざとく聞きつけると、正門まで一気に駆けていった。


「フィーさん! わざわざ会いに来てくださったのですか? 昨日俺が会いに行かなかったから? ああ、なんていじらしくて健気な人なんだ……恋愛には駆け引きが重要というのは真実だったんですね!」


 フィーの顔を見た途端、酔いも眠気も吹き飛んだ。テンション爆上げ状態でフィーに詰め寄る。一方フィーは若干引き気味に反応した。


「え、エルウッド……朝から元気そうね」

「はい。先程まで二日酔いで頭が割れそうでしたが、フィーさんの顔を見た瞬間に消えました」

「いくら非番とはいえ、副団長が二日酔いするまで深酒するんじゃないの」

「すみません、今後気を付けます。……あ、これはプレゼントです! 受け取ってください!」

「あ、ああ、どうもありがとう」


 昨夜購入した宝石のブローチが入った箱を差し出すと、フィーは引き攣った笑顔を浮かべて受け取った。


「……やっぱり私への贈り物だったのね……」

「何か言いましたか、フィーさん?」

「なんでもないわ。まあ……悪くないかもね。ありがと、受け取っておくわ」

「はい!!」


 ツンと取り澄ますフィーに、犬のように尻尾を振らんばかりの勢いのエルウッド。門番に立っていた騎士見習いの従士は目を丸くする。


「あの……エルウッド副団長、この方は?」

「ああ、この人はフィーさんと言って、俺の大切な人だ。今後も彼女が訪ねてきた時には、すぐ俺に伝えてほしい」

「はっ、はい! かしこまりました! ……しかし大切な人というのは、その……恋人という意味ですか?」

「ああ、そうなる予定だ」

「ならない、ならないから!」


 二人は同時に正反対の反応を示した。エルウッドは力強く肯定し、フィーは全力で否定する。騒ぎを聞きつけて周囲にいた騎士や従士たちが集まってくる。なんだなんだと好奇の視線を向けてきた。門番の従士は言いにくそうに言葉を続ける。


「あの……しかしエルウッド副団長は、その……竜の呪いのせいで、色々と大変だと伺っておりますが」

「それは……」

「はあ、エルウッド。あんたちゃんと周囲に説明しなさいよ。じゃないといつまで経っても変な噂が消えないじゃない」

「フィーさん」

「エルウッドの竜の呪いは解けたわ。彼はもう子作りできる体なの。私が保証するわ」

「…………はい!?」


 フィーは騎士団の人々に向かって宣言した。集まったギャラリーがざわめく。


「そ、それは本当なのですか……?」

「ええ。この二週間……いえ、もう三週間ぐらいになるかしら? 毎日のように確かめてきたんだから間違いないわ!」

「ま、毎日のように……!?」


 なぜか門番の顔がみるみる赤くなっていく。集まってきたギャラリーも騒然とした。


「あの女の人、毎日のように確かめてきただと……!?」

「そ、それって、“そういう意味”ですよねぇ……!?」

「そういえば副団長、ここ最近は仕事が終わると一目散にどこかへ行っていたようだったけど……」

「あの女の人のところに通っていたのか!?」

「へえぇ、やりますねえ!」


 周囲は邪推して誤解して盛り上がっている。門番も完全にそういうことだと勘違いして赤くなっている。

 しかしエルウッドもフィーも鈍感である。というかどちらもこれまで“そういうこと”とはかけ離れた世界で生きてきた。だから誤解されている事に気付いていない。


「ああそうだ、俺はフィーさんに救われたんだ。彼女のおかげで復活できた。だからフィーさんと結婚したいと思っているんだ」

「責任を取るということですか……! さすが副団長です! 別れた女性がよく怒鳴りこんでくるアーヴィン様とは大違いです!」

「おい」


 聴衆の中からアーヴィンが出てきて門番にツッコミを入れる。そして彼はエルウッドとフィーの方を見て片目を瞑った。


「まあ何はともあれ良かったじゃないか、エルウッド。その子が呪いを解いてくれた魔女ちゃんか? へえ、可愛いじゃん。これはお前が夢中になるのも納得だな」

「ありがとう、アーヴィンのおかげだ」

「あんたがアーヴィンね。私はフィーよ、よろしくね」


 フィーが右手を差し出すと、アーヴィンは迷わず彼女の手を握り返そた。


「よろしくフィーちゃん。……おっとエルウッド、怖い顔で睨むなよ。いくら俺だって親友の想い人に手を出したりしないさ」

「分かっているさ。だがお前は色男だからな」

「ははっ、お前だって悪かねーよ。真面目すぎるのが玉に瑕だがな。フィーちゃん、こいつ面倒くさいだろ?」

「そうね、ちっとも人の話を聞いてくれないわ」

「でも悪い奴じゃないんですよ。真面目で堅物だけど、根は誠実で善良ないい奴なんだ」

「ええ、分かっているわ」

「なら良かった。1年前、グリゴリ火山に邪竜が棲みついた時も、こいつは騎士団長が止めるのを無視して有志を募って邪竜退治に向かったんだよ。そのせいで呪われてさ……理不尽だよな」

「アーヴィン……」

「だからエルウッドの呪いが解けて、フィーちゃんという可愛い彼女ができたのは俺としても喜ばしい。おめでとうエルウッド、心の底から祝福するぜ!」


 アーヴィンは爽やかな笑顔を浮かべた。彼の言葉に嘘偽りはない。


「お前が宝石を渡そうとしていた相手はフィーちゃんなんだな」

「ああ」

「頑張れよ。デートスポットや贈り物について教えてほしいことがあればいつでも相談しろよな」

「ありがとう。本当に感謝している」

「じゃあ邪魔者は消えるとしますか。またな二人共」


 アーヴィンは踵を返すと、爽やかな笑顔で手を振りながら兵舎の中へ戻っていった。

残された聴衆はしばし茫然としていたが、やがてまばらに拍手が巻き起こった。


「おめでとうございます、副団長!」

「俺たち、副団長が幸せになってくれて嬉しいです!」

「どうぞ末永くお幸せに!」

「結婚式にはぜひ招いてくださいね!」

「ああ。皆、本当にありがとう。必ず招待させてもらうよ」


 エルウッドもまた爽やかに笑顔を返す。彼はこの上なく満ち足りていた。

 しかしフィーは唖然としている。なぜこんな事態になったのかサッパリ分かっていない様子だ。


「なんでこうなるの……? 人間のコミュニケーションって訳が分からないわ……!」


 フィーは頭を抱えて唸った。

 しかし彼女の困惑とは裏腹に、騎士団の面々は大いに盛り上がっていた。

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