第9話 森の生活
ここは北の森の魔女の家。あれからフィーはエルウッドの監視を続けていた。
今のところエルウッドは、律儀に真面目に励んでいるようだ。竜の呪いが解けたにも関わらず、他の女性に手を出そうともしない。あれほど手厳しく対応されているにもかかわらず、フィーを懸想し続けている。
「……なんであいつ、呪いが解けた事を言わないのよ?」
フィーは思わず頭を抱えた。確かエルウッドは、邪竜の呪いのせいで王女との婚約を破棄されていたはずだ。
子供が作れなくなる【血脈断ちの呪い】。血筋継承が義務とされる王族との婚約では忌避されるのも仕方がない。
だが、その呪いはもう解けた。というかフィーが解いてやった。せっかく解いてやったのだから、さっさと報告に行けばいいのに。
王女とヨリを戻そうともせず、他の女性に目もくれず、ひたすら仕事に明け暮れている。
「まさか本気で私と結婚するつもりじゃないでしょうね」
今日も今日とて調合の合間、息抜きに水晶玉を観察する。エルウッドは仕事が終わると、アーヴィンとかいう騎士と一緒に街に出て行った。いつも仕事後は騎士団兵舎の中から出ないのに、珍しい。
「よしよし、あのチャラそうな男なら堅物のエルウッドを綺麗なお姉さんのいるお店に連れて行ってくれるでしょう。これで少しは女性に対する免疫も付くはず……」
フィーはうんうんと満足げに微笑む。だが次の瞬間、表情が強張った。
エルウッドとアーヴィンは、何故か居酒屋には入らずに別の建物に入っていったのだ。
そこはいわゆる宝飾品店だった。綺麗な宝石やアクセサリーが店内にずらっと並んでいる。音声ボリュームを上げると、二人の会話が聞こえてきた。
『なんだよエルウッド。お前がこんな店に用があるなんて珍しいな』
『贈り物をしたい女性がいるんだ』
『へえ、お前がねえ』
『しかし俺は女性の好みなどさっぱり分からない。アーヴィン、お前なら詳しいだろう。女性がどんなものを喜ぶのか教えてくれ』
『相手が分からないことには何とも言えないな。だが一般論で言えば、女性は宝石が好きだ。こういう石のついたアクセサリーなんか喜んでくれるんじゃないのか?』
『なるほど。ではこれにしよう』
『おい待てエルウッド! お前まさかこれを買う気なのか!?︎』
『何か問題があるか?』
『いやだってお前それ、ダイヤモンドのブローチじゃん……しかも加工じゃなくて天然物。値段が他の宝石と比べても一桁多いのが見えてるか? この店で一番高い宝石だぞ?』
『まあそうだが、俺の貯蓄なら問題なく買える値段だからな』
『あのなあ……何したか知らねえが、お詫びでこんな高価な物渡されたらドン引きするっての! なあ、その相手って誰だよ? まさかアイリス王女じゃないだろうな?』
『婚約破棄された相手に贈り物をする必要はないだろう。別の女性だ』
『お前、ひょっとしてその人のこと好きなんじゃないか?』
『…………』
『マジかよ!? おいおい、他の女性に興味を示さないのはそのせいか!? その辺りも含めて今夜はじっくり聞かせてもらうぜ〜!!』
エルウッドはダイヤのブローチを購入すると、丁寧に包んでもらって店を出た。その顔はとても満ち足りていた。
「…………」
水晶玉を覗いていたフィーは顔を引き攣らせていた。まさかとは思うが、あの宝石のブローチを自分に渡すつもりではないだろうか?
予想が外れてほしい。でも多分当たる気がする。フィーは冷や汗を流しながら考える。エルウッドの気持ちを理解しようとする。だが、さっぱり分からなかった。彼はどうして自分なんかにこだわるのか。
「意味が分からない……どうなってるのよ?」
水晶玉の中のエルウッドは、アーヴィンと一緒に酒場に入る。冒険者や傭兵が多い、まったく女っ気のない酒場である。そして普通にアーヴィンと雑談しながら酒を飲んでいた。
「せっかく呪いが解けたんだから、そこはお姉さんのいる店に行きなさいよ! 何の為に私が呪いを解いてやったと思ってるの!?」
フィーは水晶玉の前で怒鳴ってしまった。エルウッドはその後も特に何もしなかった。
夜が更けてもアーヴィンと二人で酒を飲みながら、他愛もない話をしているだけである。
「本当に何なのよ、あの男は……ん?」
その時、フィーはアーヴィンとかいう男が気になる動きをしたのを見た。
トイレに立ったアーヴィンは、酒場の掲示板に貼り出されていた紙をむしり取ると、ゴミ箱に捨てた。
気になったフィーは水晶玉を一旦停止して、巻き戻して拡大する。これも魔法の一種だ。時間そのものを停止することはできないが、水晶玉に記録した情報は停止・巻き戻し・拡大・縮小などが可能である。
アーヴィンが捨てたチラシには、こう記されていた。
『来れ、腕自慢! アイリス王女の次なる婚約者を決める為、武術大会の開催が決定! 第一回王配決定戦、【アイリス杯】! 優勝者は王女の婿として迎え入れよう! ※開催費用は国費』
「なっ、何よこれ? ふざけてるの!?」
大会の優勝者には莫大な賞金と、王女との結婚権が与えられるらしい。
アイリス王女とは確か、子作りできないことを理由にエルウッドとの婚約を解消した王女だ。
それがエルウッドの後釜を決める為に武術大会を開く?
あまりにバカげている。というか、エルウッドに対するひどい侮辱だ。
だからアーヴィンもエルウッドの目につかないように、こっそりチラシを剥がして捨てたのだろう。だがフィーは見てしまった。
フィーは水晶玉の中の音量を調整して、周囲の人々の声も拾う。酒場に集う男たちのヒソヒソ話が聞こえてきた。
『おい見ろよ、ガキが作れねえからって婚約破棄された騎士団の副団長サマだぜ』
『実力は王国一との噂だが、アッチの方はさっぱり使い物にならないらしいな』
『くっくっく、可哀想になあ。せっかく竜退治の功績を買われて王女様と婚約できたのに』
『アッチが使い物にならねえんじゃ仕方ねえや』
『なあ、俺らもあの大会に出ないか? これで王女をモノに出来れば、俺たちは男としてあの副団長に勝ったことになるぜ』
『ハハハっ、そいつは面白そうだな! よし、いっちょエントリーしてみるか!』
「……なんてことなの……」
フィーは頭を抱えた。これはあまりにもひどい。エルウッドは人々の為に邪竜を討伐して、日々真面目に働いている。それなのに、こんな仕打ちはあんまりだ。これにはフィーも義憤を感じずにいられない。
「エルウッドは迷惑な男だけど、邪竜を倒した功績は立派なものよ。安全な場所で、何もしなかった連中に嘲笑される資格はないわ」
フィーの脳裏に、かつて自分が邪竜種の【氷竜】と戦った時の記憶が蘇る。当時のサンドラ王国は氷竜に苦しめられていた。氷竜は眷属の魔物を生み出しては人間を襲い、殺していた。フィーは竜に戦いを挑んだ。そして勝利したが、氷竜は死の間際、自らを倒した彼女に呪いをかけた。
それが【魔力回路破壊の呪い】。魔女にとって魔力が回復しなくなることは、死の宣告と同じ意味を持っていた。
氷竜は魔王レベルにまで進化していた。その呪いはフィーの師匠、大魔女と呼ばれる魔女でも解呪が不可能とされるほどの複雑で強かった。
それ以来、フィーはずっとマナスポットである北の森に引きこもって、呪いを解く研究を続けてきた。そんな彼女を馬鹿にする魔女もいた。
『人間なんかの為に頑張るからよ。邪竜なんて放っておけば良かったのに……』
『魔力回路を損傷した魔女なんて三流もいいところよ。可哀相に』
『人間なんてすぐに恩を忘れるんだから。深く関わらないのが一番だわ』
別に褒めてほしくてやったわけじゃない。
だけど何もしなかった連中に、自分の行動を否定されるのは我慢できなかった。あの頃の悔しさが蘇る。現在のエルウッドの姿は、かつての自分に重なる。
「たぶんエルウッドの立場を理解してあげられるのは私だけだわ。私たちは邪竜殺しの仲間、唯一の同胞よ。私が力になってあげないと……」
フィーは立ち上がると、王都に向かう準備を始めた。必要な荷物や、自分で調合した魔力回復ポーションを詰め込む。そして久しぶりに北の森の家を出るのだった。
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