第8話 騎士団生活
王都に戻ってきたエルウッドは、騎士団の仕事に日々従事している。
サンドラ王国騎士団は王都に本拠地を持つ騎士団で、総勢500人ほどの規模の組織だ。
役職は単純に騎士団長、騎士団長補佐、副団長、副団長補佐、魔法部隊長、兵士長、正騎士と続き、さらに騎士を目指して励む従騎士も騎士団兵舎で働いている。
エルウッドは副団長の地位にある。
元々エルウッドは兵士長を務める騎士の息子だった。王都の平民より身分は上だが、貴族と並ぶほどの身分ではない。
それでもエルウッドには【竜殺し】のスキルが備わっており、1年前には炎竜を討伐した。元々人望があり腕も立つところに竜殺しの功績が認められ、騎士団副団長に就任。アイリス王女との婚約が決まり、貴族街の一角に大邸宅が与えられた。
まあ今は婚約破棄された上に、周囲からは竜の呪いで子供が作れないと噂されている訳だが。
「見て、エルウッドさんよ。相変わらず素敵ねえ」
「でも彼って子供が作れないんでしょ? ほら、竜の呪いのせいで……」
「勿体ないわねえ。せっかく王女との婚約が白紙になったのに、子供が作れないなんて……」
相変わらず騎士団兵舎で働く女性たちは、エルウッドを見ては同情混じりの噂話を囁く。そしてエルウッドを嫌う騎士団長のサルマンは、嫌味たっぷりに話しかけてきた。
「やあ、エルウッド君! あれから縁談話は来たのかい? 来ていないのだろう? ははは、哀れだねえ! 私のところにも君を紹介してほしいというご婦人の話があったが、君が子供を作れないと明かすと掌を返したように引いていったよ。しかし彼女たちを責めてはいけないよ。彼女たちの反応は至極当然なものだからねえ!」
「そうですか。わざわざ断って頂いたのですね。ありがとうございます!」
「ん、んんん??」
「直接話が来る前に断って頂けると、こちらも手間が省けて助かります。サルマン団長のお心遣いに感謝致します!」
「そ、そうかい? ……ははは、負け惜しみを。いやでも実際問題、自分で直接断る方が心情的ダメージが大きいか……それなら次からは……」
サルマン団長はぶつぶつ呟きながら去っていく。
相変わらず嫌味で怠惰な団長だが、今のエルウッドにはそんなことは気にならなかった。
何故なら彼は、恋をしているから。あれ以来、毎日考えるのはフィーのことばかりだ。
確かに王都には美しい女性も多い。しかし彼女たちは尾籠な話で盛り上がっては、エルウッドに好奇の視線を注いでくる。正直言って少し幻滅していた。
その点、フィーの美しくて聡明だ。彼女の顔が脳裏に浮かび上がった。
「はぁ……、フィーさん……」
仕事の合間にエルウッドはため息をつき、窓の外を見る。
空は快晴で、窓から差し込んでくる陽光が眩しい。エルウッドは目を細めながら彼女の名前を呟いた。
彼女は今頃どうしているだろう。200年前、サンドラ王国を救ってくれた伝説の英雄。邪竜殺しの先輩。子供の頃から憧れていた存在。
そんな彼女が自分なんかのために、貴重な時間を割いてくれた。必死になって竜の呪いを解いてくれた。
先日は帰り際に土産も渡してくれた。彼女の手作り菓子はどれも絶品で、もう全部食べてしまった。
なんて優しくて素晴らしい女性だろう。エルウッドはフィーのことを思うだけで胸が高鳴った。こんな事は初めてだ。これが恋というものなのだろうか。エルウッドにとって初めての経験だ。
アイリス王女と婚約していた頃でさえ、こんな気持ちになることはなかった。今では寝ても覚めてもフィーの姿が瞼に浮かぶ。
「おいエルウッド、お前大丈夫か?」
昼休みになる。エルウッドは食堂に入るが、食事が喉を通らない。すると副団長補佐で親友のアーヴィンが心配そうに声をかけてきた。
「最近元気がないみたいだな」
「いや、ちょっと悩み事があって」
「悩み……ああ、例のアレか。その様子だと竜の呪いは解けなかったのか? 毎日森に通ってるのになあ……まあ気にするなよ、女だけが人生じゃないさ」
「いや、解けたぞ」
「は?」
「だから竜の呪いは解けたんだ」
「本当か!? どうやって!?」
「お前が紹介してくれた魔女のおかげだよ。彼女のおかげで竜の呪いは解けた。感謝してもしきれないよ」
「そうなのか! 良かったな! ……あれ、だったらなんでそのことを言わないんだ? お前、まだ竜の呪いで子作りできないままだと勘違いされてるじゃん」
「『俺はもう子作りできます』と宣言して回れというのか? とんだ笑い者じゃないか」
自分からそんな真似をするぐらいなら、道化師の恰好をして王都メインストリートを練り歩く方がまだマシだ。エルウッドは断固拒否の姿勢を崩さない。
「でもさあ、このままだとお前はずっと子作りできないと誤解されたままだぞ。せっかくモテるのに勿体ない」
「勿体なくない。アーヴィン、俺はこの件でつくづく思い知ったんだ。人の下半身だの生殖能力だの、そんな事で面白おかしく騒ぎ立てる人とは距離を置きたい。もし今俺の呪いが解けたと聞いて、掌を返す女性がいたとしよう。そんな人と生涯を共にしたいと思えるか?」
「ああうん、そりゃまあ嫌だな……」
「だろう」
「なるほどな。お前は子作りできないのを理由に婚約破棄されたばかりだもんな。トラウマにもなるか」
アーヴィンは納得したように頷く。
エルウッドが望むのはフィーの心だけだ。他の女性に興味はない。だからむしろ今の状況は好ましかった。
魔女であるフィーは、人は人間同士で結ばれるのが正しいと言って譲らない。人間と魔女の恋は、魔女の掟では禁忌にも等しいという。
だからエルウッドに女性の影があれば、嬉々としてその女性とエルウッドをくっつけようとしてくるだろう。そんな隙は絶対に見せたくない。
という訳でエルウッドは、まったく女性に相手にされない今の状況を喜んでいた。
無論アーヴィンはそんな思惑など知る由もない。同情的な眼差しをエルウッドに向ける。
「まあ何はともあれ、今夜は飲みに行こうぜ! 明日は俺もお前も非番だろ? 俺の奢りで好きなだけ食って飲みに行こう! 祝いだと思って受け取ってくれ!」
「いいのか?」
「もちろんさ。実は下町で美味い店を見つけたんだよな。珍しい料理を出す店だが、女性受けはしなさそうな店でな。男二人でサシ飲みするにはちょうどいい。今日はその店で一緒に飲もうぜ」
「わかった、楽しみにしている」
「じゃあ夜6時に騎士団兵舎の前で待ち合わせな。遅れんなよ!」
「了解した」
エルウッドは素直に感謝する。今はただ親友の気遣いが嬉しかった。こうしてその夜、エルウッドは久しぶりに酒を飲みに行く事になった。
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