第7話 薔薇と焼き菓子

 エルウッドは連日フィーの家にやって来る。

 彼はとても元気だ。王都で騎士団の仕事を終えた後、馬を飛ばして毎日欠かさずやって来る。


「フィーさん、こんばんは。今日も来ましたよ、さあ結婚してください!」

「はあはあ……い、いつも元気ね……」


 元気なエルウッドとは対照的に、フィーは疲れ切っていた。

 エルウッドは毎日のように森の番人――ゴーレムやキマイラを倒し、魔法トラップを破壊しては森を進んでくる。

 その為、フィーは毎日魔法トラップや番人モンスターの修繕に明け暮れていた。

この森はマナスポットだし、魔力回復用のマナポーションも飲んでいるから、魔力が枯渇することはない。

 でも、さすがに疲れてきた。肉体的、魔力的な疲れよりも精神的な意味で。


「フィーさん、今日はあなたにプレゼントがあるんです」

「はあ……プレゼント?」

「はい。これをどうぞ」


 そう言ってエルウッドが差し出してきたのは、真っ赤な薔薇の花束だった。

 摘んできてさほど経っていないのか、薔薇の花びらが瑞々しくてとても美しい。思わず感嘆の声を上げてしまうほど、見事なものだった。


「綺麗な花ね」

「ありがとうございます。気に入って頂けて嬉しいです。うちの庭の薔薇園で育てた薔薇です。是非受け取ってください」

「え、エルウッドの家って薔薇園があるの?」

「こう見えても騎士団の副団長ですから。炎竜を倒した後、王女との婚約が決まった頃、貴族街の屋敷を与えられました。婚約破棄後も屋敷までは取り上げられなかったので、今でも住んでいます」

「へえ、そうなんだ」


 フィーは貰った薔薇の花束をじっと見つめる。立派な花束だ。見た目、香り、色、健康状態、すべてにおいて申し分ない。日の当たる場所で、さぞ良い土で育てられたのだろう。


 つまりエルウッドの家には菜園に適した場所があるということだ。もちろん北の森にも菜園はある。フィーは家の裏で素材に使う植物を育てていた。しかし日の当たらない沼のほとりの菜園では、育てられる植物に限りがある。だからたまに外へ出て素材を集める必要があるのだが……。


「…………」

「フィーさん、どうしたんですか?」

「な、なんでもないわ。素敵な花束をありがとう。花瓶に入れて飾っておきましょう」

「はい、光栄です!」


 エルウッドの家の薔薇園に興味はあるが、だからといってここで家に行きたいなどと言ったら墓穴である。ドツボに嵌る気がする。フィーは話題を逸らした。

 棚の奥にあった何年も使っていなかった花瓶を取り出すと、薔薇を生けて水を入れてテーブルに飾る。それだけで何年も代り映えしなかった魔女の家の中が華やぐ気がした。

 それから今日も水晶玉で診察を済ませる。毎日診ているだけあって結果は変わらない。相変わらずエルウッドは絶好調である。


「はい、今日の診察終わり。もう帰っていいわよ」

「フィーさん、今日もありがとうございます。愛しています」

「はいはい、ありがと。……あ、そうだ。ちょっとエルウッド、待ちなさいよ」


 フィーはあることを思いつき、胸の前でぽんと手を叩くと部屋の奥に走っていく。しばらくすると、両手に紙袋を抱えて戻ってきた。


「はいこれ、お土産の品々。持って帰っていいわよ」

「これは?」

「私が作ったお菓子よ。色々入ってるから、お腹が空いたら食べて」


 フィーは手提げの紙袋をエルウッドに手渡す。中にはクッキーやマカロンなどの焼き菓子が沢山入っている。バターと砂糖の甘い香りが漂ってきた。


「これはまさか……フィーさんが作ってくれたんですか!?」

「うんまあ。魔女って基本的に一人で生きているから自炊が得意になるのよ。調合と料理って似たところも多いしね。だから味には自信があるわ」

「ありがとうございます、ぜひいただきます!」


 足取り軽く森を出ていくエルウッドを見送り、フィーはため息をつくと、部屋の奥に歩いていく。そしてベッドの下から水晶玉を取り出した。


「あいつ、疑いもせずお土産を持って帰ったようね」


 フィーはテーブルの上にのせた水晶玉を覗き込む。水晶玉にはエルウッドの姿が映し出された。彼に持たせた菓子類には、フィーの魔力が混ぜてある。

 自分の魔力は発信機のようなものだ。魔力が付着した物や相手を遠隔で観察することができる。そのままでもいいし、エルウッドが食べて体内に入っても良い。

 相手の体内で魔力が消えるまでの期間は、ざっと見て二週間前後。その間は水晶玉で彼の様子を監視できる。


「エルウッドの言う薔薇園とやらがどんなものか、見てやろうじゃないの」


 そう考えたフィーは、しばらく王都のエルウッドを監視することにした。

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