第6話 さあ、結婚しましょう

 ここは【北の森】にある魔女の家。

 エルウッドがフィーの呪いを解いてから二週間が経った。エルウッドは毎日足繫くフィーの家に通っている。

 騎士団での仕事を終えるとすぐに王都を出て、半日かけて北の森に到着する。

 魔女の家に着くのは深夜近いが、それでもエルウッドは元気だった。ちなみにフィーは昼夜逆転の生活を送っているから、夜中に訪ねられて迷惑という事はない。むしろ朝早く来られる方が迷惑である。


「フィーさん、こんにちは。今日も診察お願いします」

「はいはい。じゃ、そこに座って。手を出して。呪いが残留していないか診るから」

「お願いします」


 エルウッドは嬉々としてフィーの前に右手を差し出した。

 その手を取ると、フィーは目を瞑って呪文を唱える。これで相手の体内に呪いが残留していないかが分かる。

 幸い、今のところエルウッドの体内に呪いは残されていない。――ように見える。


 しかし油断してはいけない。邪竜の呪いは厄介だ。一旦潜伏して、もう大丈夫だと安心した矢先に再発する恐れもある。だから継続的に呪いが残っていないか、確認する必要がある。


「……はい。今日のところは大丈夫よ。安心しなさい」

「ありがとうございます。フィーさんのおかげですね」


 褒められたフィーだったが、200年間他人から褒められた覚えがないから素直になれない。ぷいっと顔を背けてしまう。そんな仕草すらエルウッドには可愛らしく見えたようだ。彼は握られたフィーの手を両手で包み込むと、まっすぐな瞳で彼女を見つめる。


「フィーさん、やっぱり俺と結婚してくれませんか?」

「はいはい、あんたも懲りないわね。私はあんたみたいに若くて強い美青年は好みじゃないのよ」

「それではフィーさんは、年寄りで不細工で弱い男が好きなのですか?」

「うん。あと貧乏で甲斐性がない奴。ま、そういうわけで無理」

「そ、そんな……」


 もちろん嘘である。エルウッドを引き下がらせる為の方便だ。正反対の属性を持つ男がタイプだと言えば、彼も諦めるかもしれない。しかしエルウッドはフィーの言葉を聞いても動じなかった。それどころかむしろ目を輝かせてフィーの手をさらに強く握る。


「年寄りで不細工で貧乏で甲斐性がない弱い男……すなわち社会の下層に属する『弱者』と呼ばれる人々に慈愛の心を向けているのですね。素晴らしい心掛けです!」

「は? いや、別に私は……」

「ますますフィーさんを好きになりました。あなたは優しく高潔で素晴らしい女性です。俺はそんなあなたを幸せにしたい……フィーさん、結婚してください!」

「だから無理だって言ってるでしょ!?」

「騎士の妻にはボランティア活動に精を出しているご婦人も少なくありません。俺の妻となれば、フィーさんもそういった活動に参加できますよ! フィーさんの大好きな弱者を救い放題ですよ!」

「弱者を金魚すくいか何かのように言うなっ! 私は別に慈善事業とか興味ないし! ていうか私は研究さえできればそれでいいの。あんたみたいな変態騎士と結婚するつもりはないの!」

「俺は変態ではありません、ただあなたを愛しているだけです」

「あのね、私は200歳を超えた魔女なのよ? エルウッドは何歳なのよ?」

「19歳です」

「ほら数字の桁が一つ違うじゃない! 無理よ無理、絶対無理!!」

「フィーさんは年齢よりずっと若いですよ」

「そういう意味じゃなくて、私は魔女なの! 人間とは違うの! だから人間とは結婚できないの、はいこれでこの話はお終い!」


 フィーは一方的に話を打ち切ると、強制転移魔法【ブラックホール】を発動させる。

 突如として空間に現れた黒い穴にエルウッドは吸い込まれていった。森の外まで強制的に追い出す魔法だ。フィーは息を整えながら、棚から魔力回復用のマナポーションを取り出して飲む。


「まったく、余計な魔力を使わせて……私は自然回復できないんだから、勘弁しなさいよね」


 ブラックホールは魔女にとって初歩的な魔法だ。しかし【魔力断ちの呪い】をかけられたフィーにとって、一度発動させただけでも結構疲れてしまう。自作のマナポーションで魔力を補わないと、とてもやっていられない。


「いつになったら諦めてくれるのかしらね……」


 フィーはため息をつくと、椅子に座って休憩する。

 エルウッドと出会ってからというもの、フィーの日常はすっかり変わってしまった。

 毎日毎日、飽きもせずプロポーズしてくる。最初は実験体として利用するつもりだったのだが、まさかこんなことになるとは。


 エルウッドの経過は順調だ。今まで【子孫断ちの呪い】のせいで女性に興味がなかったのに、今では毎日フィーに求愛してくる。

 それはまさに呪いが解けて、女性への関心が戻ってきた証拠である。そういう意味ではこのやり取りにも意義があるとは思うのだが……如何せん疲れる。


 200年間引きこもりだったフィーは、当然ながら恋愛経験がない。容姿は美しい少女なのだが、そもそも人と会わないから言い寄られる機会すらろくになかった。そんなフィーにとって、エルウッドに言い寄られる毎日は戸惑いの連続だった。




 翌日。今日も今日とて、エルウッドは魔女の家に突撃してきた。扉を開けた途端に、彼は元気よく挨拶する。


「フィーさん、こんばんは。今日も会いに来ましたよ!」

「出会いがしらに大声で叫ばないでって、何度言ったら分かるのよ!」

「すみません。それはそうと結婚してください!」

「挨拶代わりにプロポーズすなっ!」


 文句を言いつつフィーは水晶玉を片手に、エルウッドの容態を診る。今のところ、竜の呪いは順調に解けている。


「エルウッド、女性への関心は戻ったんでしょ? 街には綺麗な女の人がいっぱいいるじゃない。そっちに興味を向けなさいよ」

「フィーさん……俺が浮気するんじゃないかと心配しているのですか?」

「いや、そうじゃなくて」

「安心してください、俺はフィーさん以外の女性に興味ありません。こう見えて一途な騎士です!」

「だから話を聞けってば! ああ、もう、話が通じない! 言葉は通じるのに意味がちっとも伝わらない! コミュニケーションってこんなに大変だったっけ……!?」


 頭を抱えるフィー。そんな彼女の肩を、エルウッドはぽんと叩く。


「フィーさん、大丈夫ですよ。俺を信じてください」

「信じるも何も、何を信じろっていうのよ……?」

「俺のフィーさんに対する想いです。俺は子供の頃から氷竜殺しの英雄のお伽噺を聞いてきました。自分自身が炎竜を倒してみると、やはり氷竜殺しのフィーさんは凄い人だったのだと実感しています。しかもフィーさんは俺の呪いを解いてくれました。憧れの人であると同時に恩人です。俺はそんなあなたの力になりたい」

「うぅ……なんか調子狂っちゃう。いきなりまともにならないでくれる?」

「俺はいつでも正気です! ……あ、いや、やっぱり少しおかしいかもしれません」

「自覚はあるのね……」

「はい。実は最近、自分の気持ちがよく分からないのです。フィーさんを見ると胸が苦しくなります。これが恋なのでしょうか?」

「知るかッ! すぐそっちの話に持っていくな!!」


 フィーは思わず声を荒げてしまった。いけない、つい本音が出ちゃった……と咳払いして誤魔化して、エルウッドの呪いの経過を確認する。

 エルウッドは大人しくなってフィーの診察を受ける。彼の体は健康そのもの。筋肉もしっかりついている。元々、エルウッドには【子孫断ちの呪い】がかけられている以外、おかしなところはなかった。

 唯一の欠点だった「子孫が残せない」という問題は解決された。今の彼は非の打ちどころのない、ただの優良物件だ。さっさと他の女性に目を向ければいいのに、とフィーは思う。


「フィーさん」

「何よ?」

「俺の声が大きいと言いましたが、最近フィーさんも声が大きくなってきましたよね」

「そ、それはあんたが大声を出させるようなことばっかりするからでしょ!?」

「つまり俺の影響を受けているということですね、嬉しいです」

「くっ……!」


 彼の言う通りだった。たった二週間エルウッドと接しただけで、フィーは彼の影響を受けていた。

 200年間停滞していた時が動き出すように、フィーの中で変化が生まれつつあった。だがそれを認めるのがなんとなく癪で、フィーは頑なに否定する。


「とにかく、あなたは早く彼女でも恋人でも妻でもいいから、何でも作りなさい! 人間は人間と結ばれるのが一番いいの! あんたみたいに将来性ある若い騎士が、私みたいな魔女に求婚するんじゃないわよ!」

「だったら俺も魔女になりますよ」

「は?」

「あ、男の場合はなんと言うんですか? 魔人? 魔法使い? とにかくそれを目指せばいい訳ですよね!」

「……あのねえ……」


 エルウッドは曇りのない瞳で言う。フィーは額に手を当てて唸った。どうもこの男は、魔女と人間の関係を理解していないようだ。


「……あのねエルウッド君、あなたは『魔女』ってなんなのか知ってる?」

「もちろんです。膨大な魔力を持ち、高度な魔法を使いこなす不老長寿の存在ですよね」

「そう。魔女は不老長寿なの。だから人間とは一緒に暮らさないのよ。私が200年も生きていることから分かるでしょう。私たちにとって人間の一生は瞬きするぐらいの短い時間なの。……あ、待って、瞬きは言い過ぎたわ。まだ200年だものね。……うーん、ええと……人間の寿命は魔女にとって十分の一……そうだわ、人間にとってワンちゃんやネコちゃんの寿命と同じぐらいの感覚なのよ!」

「はあ」

「ちなみに私のお師匠の大魔女様は千年近く生きているわ。お師匠様にとっては人間の寿命なんて、げっ歯類や鳥類ぐらいの感覚でしょうね」

「でも人間は、犬猫やネズミや鳥をペットとして家族に迎えて一緒に暮らす人も少なくありませんよ」

「まあそういう人もいるけどね。だけど魔女は違うのよ。魔女は人と交わるべきではない存在なの。魔女と人間が交われば、必ず不幸になる。それが世界の理なのよ」

「そうなのですか? なぜ不幸なのですか?」

「……人間には知性がある。そして知性は、未知なる者を恐れ、自分より優位な者を畏れやすい。エルウッドは知らないかもしれないけどね。魔女の長い歴史の中では、人間から恐れられて排斥された『魔女狩り』の歴史があるのよ」

「魔女狩り……しかし、それは300年以上昔の話ではありませんか?」

「そうだけど、魔女界の長老様は500歳以上の大魔女ばかりだから、みんな当時の歴史を覚えているの。人間と関わったばかりに殺された大勢の仲間がいると言っていたわ」

「…………」

「だから魔女である以上、人間との恋愛は固く禁じられているの。いわば禁忌(タブー)ね」


 魔女狩り最盛期の時代、魔女たちは人間社会とは一定の距離を保ち、人里離れて暮らすようになった。

 やがて魔女狩りの風潮が収まると、時折素材入手の為に人里に降りては、魔女の知識で人助けをするようになった。

 そうやって長きに渡り「良き隣人」のポジションを確立したおかげで、今は魔女を排斥する風潮も消えている。


 それでも当時の歴史を知る大魔女たちは、今でも人間との交わりを禁止している。

 もしも禁忌を破れば――魔女の資格が剥奪される。不老長寿の力を失い、魔力回路も停止させられ、魔法も使えなくなり、ただの人として放逐される。

 それは魔女として生きる者にとって、何よりも恐ろしいことだ。


「……フィーさんの事情は分かりました。それでは、やはり俺が魔女になる事でしか、あなたと俺が結ばれる道はなさそうですね」

「だからなんでそう極端な結論に達するかなぁ……。人間を捨てるということは、同時に多くの制約が生まれることなのよ。今のあんたの地位も、家族も、友人も、仲間も、人としての暮らしも何もかも捨ててこんな森の奥に引っ込んで暮らすことになるの。それでもいいの?」

「もちろんです。フィーさんの夫になれるなら、そんなの全然構いません」

「…………はぁ」


 フィーは深いため息をついた。やはりこの男に何を言っても無駄だ。人の話を聞く気がない。とはいえ、エルウッドの気持ちを無下にすることもできない。彼が本心から自分を求めてくれているのはよく分かっている。だからこそ、困っているのだ。


「もういいわ、今日の診察は終わったから帰りなさい。またね」

「まだフィーさん成分を補給していないのですが!?」

「うるさい! ほら、帰った帰った!」


 フィーは強引にエルウッドを追い出した。

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