第5話 竜殺しの仲間

「はい、これで大丈夫。エルウッドにかけられた【竜の呪い】は解呪できたわ。もう不能も治っているはずよ」

「あ、ありがとうございます、助かりました!」

「気にしないで」


 フィーは大きく息を吐くと、窓を開いて室内に籠った空気を入れ替える。

 明るい場所で改めて見てみれば、フィーの額には玉のような汗が浮かんでいた。

 キャミソールドレスの一部は焼け焦げ、腕にはヤケドが広がっている。エルウッドの呪いを解く為に、相当無茶をしたようだ。エルウッドは思わず立ち上がってフィーに駆け寄った。


「フィーさん、この怪我はさっきの……!」

「ああ、気にしないで。この程度のヤケドなら魔女の膏薬を塗ればすぐに治るわ。私は薬作りも得意なんだもの」


 そう言いながら傷薬を塗ると、確かに赤い腫れはひいていった。だからといってエルウッドが責任を感じずにいられるかというと、それは別の問題だ。


「フィーさん、すみません……俺のせいで」

「だからいいって言ってるでしょ。……実をいうとね、昔私も邪竜を退治したことがあるのよ」

「そ、そうなんですか!?」

「うん。200年前、まだ私が魔女になったばかりの頃頃だけどね。その時は炎竜じゃなくて氷竜だったわ」

「氷竜……!」

「氷竜は大量の命を食らって【魔王】に進化してしまっていた。自ら眷属の魔獣を生み出し、高位魔法も操って大変だったのよ。でも、なんとか倒したわ。私にも【竜殺し】のスキルがあったからね」


 エルウッドも聞いたことがある。200年前、サンドラ王国が建国されたばかりの頃、国に一匹の邪竜――氷竜が棲みついたと。氷竜は大勢の人々を食らい、魔王と呼ばれるまでに進化した。あわや国の終焉かと思われたが、どこからともなく現れた一人の女性が氷竜を激闘の末、倒してくれたという。


 しかしその女性は、氷竜を倒すと何処かへと姿を消してしまったと伝わっている。

 サンドラ王国では有名な伝説だ。エルウッドも炎竜を倒す前に、何度も氷竜討伐の資料を読み返し、その功績の偉大さに心を打たれたものだ。


「あの伝説の英雄がフィーさんなんですか!? お会いできて光栄です! 俺、ずっと氷竜を倒した英雄に憧れていたんです。炎竜を倒す時も、心の中で伝説の氷竜殺しに力を貸してほしいと何度も願っていました!」

「ちょ、近い近い近いっ! 離れて、お願いだから!」

「200年前、どうして姿を消してしまったんですか? あなたほどの英雄が、どうしてこんな薄暗い陰気な森の奥でたった一人で暮らしているのですか!?」

「薄暗い陰気な森で悪かったわね!? この森はマナスポットなのよ! 膨大な魔力が湧いてくる森なの! 私のように魔力を自然回復できなくなった魔女には唯一無二といっていいほど貴重な場所なの!」

「魔力を、回復できなくなった?」


 思いがけない言葉にエルウッドが聞き返すと、フィーはしまったという風に口を噤む。しかし一度言葉にした以上は隠せないと観念したのか、諦めたように溜息を吐いて語り始める。


「……邪竜の呪いよ。邪竜ってのは厄介よね。自分を倒した人間を一番不幸にする方法を瞬時に見抜いて呪いをかけるの。エルウッドの場合は【子孫断ちの呪い】を、私の場合は【魔力回路破壊の呪い】をかけられた」

「魔力回路破壊の、呪い……」


 魔力回路。それは魔力の源となる体内器官だ。魔力回路が機能することで魔力を蓄積する事が可能となる。そして体内に蓄積した魔力を回路経由で外界に放出する事で、様々な奇跡を起こせるようになる。

エルウッドにも魔力回路は備わっている。しかし彼の魔力回路は弱く、多少の魔法剣を使える程度だ。


 魔女の魔力回路は通常の人間とは比べ物にならないほど強力だ。しかし限界はある。魔力を使ったら回復するまで魔法は使えない。

 通常は時間が立てば自然に魔力が回復する。しかしフィーは邪竜の呪いを受けて以来、魔力の自然回復が出来なくなってしまったという。


「魔力を自然回復できなくなった私は、魔力が豊富なマナスポットであるこの【北の森】で引きこもり生活を送る羽目になったのよ。マナスポットは無限に魔力が湧いてくる場所だから、ここで暮らしていれば私の魔力回路にも少しずつ魔力が蓄積されていく。自然回復はできなくなったけど、外から入ってくる魔力を貯めることは出来るからね」

「……それじゃあフィーさんは一生このままなんですか?」

「……少なくとも、私は諦めていないわ」

「え?」

「私はここで解呪の研究をしたり調合をしたりしながら、200年間暮らしてきた。おかげで解呪について詳しくなったわ。竜の呪いの仕組みも大体理解した。だからあなたにかけられた炎竜の呪いを解けたのよ」

「フィーさん……」

「エルウッドのおかげで少し自信がついたわ。あなたの呪いを解けたんだもの。私の研究の方向性はきっと間違ってない。この方向で研究を続けてきけば、きっといつか……だから、あなたには感謝しているわ。ありがとね」

「フィーさん!!」


 エルウッドは感動していた。なんて心優しく、高潔で素晴らしい女性だろう。この人は尊敬に値する人物だ……エルウッドは心の奥底からフィーに敬意を抱いた。

 氷竜殺しの伝説で語り継がれる英雄は、やはり素晴らしい女性だった。そう確信したエルウッドはフィーの両手を握りしめると、情熱を込めた瞳で真っ直ぐ見つめた。


「フィーさん、俺はずっと氷竜殺しの英雄に憧れていました。そして今、呪いを解いてもらった事で感激しています。あなたは素晴らしい女性です。どうか俺と結婚して下さい!」

「はいっ!? な、なにを言い出すのよ!?」


 突然のプロポーズにフィーは目を白黒させた。


「もちろん今すぐ結婚してくれと言っているんじゃありません。まずはお付き合い始めましょう」

「い、いや、無理よ。だって私、もう200歳を超えてるし……」

「年齢は関係ありません! フィーさんの魂の輝きに俺の心は惹かれたのです!」

「それにほら、自分の呪いを解く研究だってしたいし……」

「なら俺の体を使ってください」

「は?」

「俺はフィーさんに竜の呪いを解いてもらった身です。俺の体をフィーさんの実験体にしてください」

「ど、どうぞって言われても困るんだけど……」

「大丈夫です、フィーさんの為ならどんなことでも受けてみせます」


 フィーは考える。一人で研究しているだけでは、200年かかっても【魔力断ちの呪い】を解けなかった。

 呪いの強度の差はあれど、同じ邪竜の呪いにかかって解除できたエルウッドは貴重なサンプルだ。経過観察する価値がある。その結果、フィーの呪いを解く糸口が見つかるかもしれない。

 ならば答えは決まっている。フィーは覚悟を決めるとエルウッドの手をぎゅっと握った。


「……分かったわ。結婚はしないしお付き合いもしないけど、しばらく研究を手伝ってくれる?」

「はい、よろしくお願いしますフィーさん!」

「よし。……それじゃ、一週間に一回ぐらいの頻度で診察に来てくれる? 経過観察したいから」

「分かりました。では早速、明日もお尋ねしますね」

「……はい?」


 フィーは思わず間の抜けた声を出してしまう。

 明日? 何を言っているのだこいつは。来るのは来週でいいのに。だがエルウッドは爽やかな笑顔を浮かべながら、フィーの肩を掴んで力強く宣言した。


「一週間に一度と言わず、毎日でもお邪魔します。その方が正確な情報を知れるでしょう。それに、フィーさんと一緒に居られる時間が増えますから」

「いや、あの、だからね?」

「それでは、今日は失礼しました。また明日会いに来ますね」

「いやいやいやいや!? だからね!?」


 フィーの言葉など聞く耳持たず、エルウッドは上機嫌で去って行った。

 一人残されたフィーは呆然と立ち尽くしていたが、やがて力なく椅子に座り込む。


「……どうしよう。なんか、とんでもない奴と関わっちゃったかも……?」


 頭を抱える。フィーは人生の大半を引きこもって過ごしてきたとはいえ、200歳超えの魔女ではある。

 あんな人間と会うのは初めてだ。いくら外で過ごした経験が少ないとはいえ、エルウッドが人間の中でもあらゆる意味で規格外なのが分かる。


「はあ……仕方ないか。とりあえずあいつの呪いが解けたのは事実だし、こうなったら協力してもらいましょう」


 魔力を自然回復できないフィーは、魔女仲間からバカにされている。

 悔しい、見返してやりたいという気持ちもある。

 この呪いを解くのにエルウッドが役に立つのなら、とことん利用してやろう。

 そう考えると、フィーは新たな研究テーマについて思いを巡らせ始めるのだった。

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