第4話 竜殺しの呪い

「魔女殿ーーーっ!!」


 何度呼びかけても返事はない。ドアを叩いてみるが、やはり反応はなかった。

 留守だろうか。しかしこのまま帰るわけにはいかない。思い切ってドアノブに手をかけた時だった。ガチャリと鍵が開く音がした。


「さっきから聞こえてるわよ。何度も叫ばないでくれる?」


 ドアの向こうには、黒いとんがり帽子にキャミソールドレス姿の女がいた。

 長い真紅の髪に、アメジスト色の切れ長の瞳。年齢は十代後半ぐらいだろうか。かなりの美人である。

 魔女だというから、てっきり相当な老婆だと思っていた。思いがけない美少女の登場に、エルウッドは度肝を抜かれてしまう。


「あ、あなたが北の森の魔女ですか!?」

「ええ、そうよ。私が北の森の魔女のフィー。用件は何かしら?」

「あ、はい! 俺はエルウッド・アスターと言います! サンドラ王立騎士団の副団長を務めています!」

「それはさっき聞いた。で、用件は?」

「実は、俺にかけられた竜の呪いを解いてほしくて、魔女殿の家を訪問しました!」

「呪い――ね。分かったわ、中に入りなさい。詳しい話を聞かせてちょうだい」

「! ありがとうございます!」


 エルウッドは嬉々として家に上がる。まずは居間に案内された。意外にも室内は小綺麗だった。

 家具や調度品は暗緑色が多いが、なかなかオシャレでこだわりが感じられる。

 魔女は緑色のお茶を出した。どろっと濁ったお茶で苦い。魔女のハーブティーのようだ。妙に心を落ち着かせる作用があった。

 エルウッドはここに来ることになった経緯を、気付けばすべて話していた。






「つまりあなたは邪竜を倒した時に【血脈断ちの呪い】をかけられてしまったと。そのせいで婚約破棄されて、街の笑い物になっていると。で、解呪してほしくて、こんな森の奥まで来たっていうの」

「はい、その通りです」


 エルウッドが素直に頷くと、フィーは深いため息を吐いた。


「とりあえず自己紹介しましょう。私はフィー。こう見えて、200歳を超える北の森の魔女よ」

「200歳!?」

「この見た目は魔女になった時のまま止まってるから。肉体年齢は17歳のままだけどね」

「はぁ……」


 フィーはじっくりとエルウッドを観察する。彼女に見つめられていると、理由は分からないがソワソワした心境になる。


「ふーん、なるほど……」

「あ、あの、フィーさん?」

「あなたが倒した邪竜って、1年前グリゴリ火山に棲みついていた【炎竜】よね?」

「はい、そうです」

「いいタイミングで炎竜を倒したわね。あの炎竜は邪竜の中ではまだひよっ子、生まれて間もない邪竜だったのよ。邪竜は奪った命の数に比例して凶悪に力を増していくわ。それこそ魔王と呼ばれるようになるほどに、ね」

「俺もそう聞いています」

「私の計算によると、あと半月ほど討伐が遅れていたら邪竜は魔王クラスに進化していた。そうなる前に倒したおかげで、大勢の命が救われたのよ。あなたはこの国の英雄で間違いないわ」

「俺はただ、大勢の人が苦しめられているのに、座して見ているだけなんて出来なかっただけです。だから必死に戦って……そうしたら勝ててしまった。それだけです」

「謙虚な人ね、嫌いじゃないわ。だけど炎竜を倒したせいで、あなたは【血脈断ちの呪い】にかけられて、子孫が作れない体になってしまった」

「そのせいで王女との婚約は破棄され、王都では笑い者になりました」

「はあ……最低な奴らね。竜殺しは簡単なことじゃないわ。命がけで邪竜を倒して、代償を支払うことになった人をバカにするなんて……許せない!」


 フィーは握った拳を震わせて怒りを露わにする。まるで自分事のように怒る彼女にエルウッドは驚く。だが親身になってくれていることは伝わってきた。魔女の家に入って初めてエルウッドの体から力が抜ける。


「フィーさんは優しい人ですね」

「そんなんじゃないわよ。ただちょっと私にも事情があって……」

「事情?」

「……私の事情は後でいいわ。とにかく話は分かった。エルウッドは運が良いわね。私は解呪のスペシャリストよ。特にこの200年間は、竜の呪いを解く研究を続けてきた魔女なの。世界広しといえども、竜の呪いに関して私の右に出る者はいないわ」

「本当ですか!? さすが魔女様です!」

「ってことで、さっさと治療するわよ。さあ、服を脱ぎなさい!」

「分かりました」


 エルウッドは躊躇することなく鎧を外した。鍛え上げられた上半身があらわとなる。無駄のない筋肉と、彫刻のように美しい肉体美だ。

 騎士団の副団長を務めるだけあって、全身には大小さまざまな傷跡がある。フィーの目を引いたのは、エルウッドの腰にある大きな傷跡だ。


「この傷って炎竜につけられたんでしょ?」

「はい、そうですが……分かるんですか?」

「ええ。だってこの傷跡には邪竜の気配が色濃く残っているから」


 フィーはつぅっと指先で傷跡をなぞった。ゾクっとした感触がエルウッドの背筋を駆け抜ける。


「……呪いはこの傷が原因ね。普通の人間には分からないでしょうけど、私には分かる。この傷には呪力が込められている」

「解呪できそうですか?」

「もちろんよ。さっきも言ったけど、あなたが倒した炎竜は邪竜としてはひよっ子だった。呪いだって単純なものだわ。これなら呪力を除去して傷を塞げば解呪できるわね」

「お願いします、解呪してください!」

「もちろんよ」


 フィーは自信満々に宣言すると、さっそく呪いの解呪の準備に取り掛かった。部屋を暗くして香炉を炊き、邪除けの聖水を垂らす。そしてエルウッドの背後に回る。フィーは彼の背中に手をかざすと、静かに呪文を唱え始めた。


「古より伝わる魔女の秘術。闇夜に浮かぶ月の如く神秘の力よ。我が魔力を糧に、今こそ力を示せ。『魔女』の名において命ずる。竜の血を洗い流し、呪いを解き給え……」


 フィーが呪文を詠唱するとエルウッドの体が熱くなり始めた。特に腰の辺りが燃えるように熱くなり、古傷が疼痛を感じ始める。


「ぐっ……あ、熱い……!」

「我慢して。これが一番効率の良い方法なのよ」


 痛みに耐えながらも、エルウッドは歯を食いしばって耐え続けた。するとエルウッドの体が薄暗い部屋の中で発光し始める。驚いて自分の体を見下ろすと、光源は腰の古傷だった。

 燃えさかる炎が古傷から噴き上がる。炎はフィーに襲いかかるが、彼女は動じることなく呪文を詠唱し続けた。


「月よ、星よ、太陽と、大気よ、水よ、大地よ、空よ。すべての源たる精霊たちよ。汝らが司る自然よ。我は魔女。自然の理を統べる者なり。我が呼びかけに応じよ。我が名はフィー。魔女フィー。森羅万象を司る魔女なり! 我の呼び声に応え、邪なる竜の残滓を打ち消したまえ!」


 フィーの呪文がさらに激しさを増すと、炎は勢いよく弾けた。同時にエルウッドの体からも、身を焦がさんばかりの熱さが消える。

 次の瞬間、エルウッドの古傷からはおびただしい量の血が噴出し始めた。


「うわっ!?」

「落ち着いて、呪いの最後の悪あがきよ。大丈夫、この『魔女の膏薬』を塗ればすぐに止まるわ……」


 フィーは額の汗を拭うと、ほっと一息ついて棚から膏薬を取り出す。エルウッドの古傷に魔女特製の傷薬を塗り始めた。痛みが消え、血もすぐに止まる。

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