第3話 魔女の森
北の森の最奥には、緑色の沼地のほとりに小さな家が建っている。
白樺の木で作られた壁に、暗緑色で塗られた屋根。軒先にはイモリやカエルが吊られている。庭の裏手には菜園がある。菜園にはマンドラゴラやカボチャが植えられていた。
一目で怪しいと分かる外観の家。その家の中で、魔女のフィーは今日も楽しく魔法薬を調合していた。
「……あら? 森の結界を誰かが踏み越えたわね。ま、いっか。番人用のゴーレムやキマイラがいるし、毒沼や魔法トラップも設置してあるもの。よっぽどの命知らずじゃない限り、途中で引き返すでしょう」
フィーは独り言を言いながら、鍋をかき混ぜる。彼女は真紅の長い髪に、アメジスト色の瞳を持つ女性だ。年齢は十代後半にしか見えない。
ただし胸のサイズだけは別だ。バストは豊満であり、ウエストはキュッと引き締まっている。手足はすらりと伸びており、幼さの残る顔立ちに比べると身体つきは成熟した女性そのものである。
そんなフィーは魔女のとんがり帽子に、黒いキャミソールドレスを着ている。調合している時は汗をかきやすいからラフな格好で――というのが彼女のこだわりだった。
「ふんふんふーん♪」
森の仕掛けや番人モンスターは、人が威力は死なないように調整してある。
森の入口には『危険』『立ち入り禁止』『この先、サンドラ王国憲法通用せず』の看板も出してある。だからきっと大丈夫だ。フィーは侵入者のことなどさっぱり忘れて、調合を続けることにした。
「うーん、いい感じに仕上がって来た。あとは熟成させて完成っと。ふぁ〜……そろそろ寝ようかなぁ」
欠伸をしながら、椅子から立ち上がった時だった。薄暗い森がピカっと光ったかと思うと、一呼吸置いて森中に轟音が轟いた。
「きゃああああああああああああっ!?!?!?」
突然の出来事に、フィーは心臓が飛び出るかと思った。慌てて窓の外を見ると、遠くの方で煙が立ち昇っているのが見える。
「えっ……爆発? ちょっと待って、何が起きたの!?」
窓の影に身を隠して恐る恐る外の様子を窺うと、木々が鬱蒼と生い茂る間から、一人の男が走ってくるのが見えた。
たぶん人間だ。ということは、あれがさっき森に入って来た侵入者だろうか。
信じられない。あのトラップは自分が作った中でも最高傑作だ。それをこうもあっさり突破されるとは、一体どうやって?
フィーはこっそり男の様子を観察する。
黒髪碧眼で身長は175cmぐらいだろうか。歳は20歳前後に見える。顔立ちは整っている。美青年と言っていいかもしれない。
筋肉質な体をしており、ゴーレムの頭とキマイラの首を両脇に抱えて立っていた。
「あわわわわ、化け物よ……化け物だわ……!」
あまりの恐怖に腰が抜けそうになる。あんなのを相手にしたら絶対に死ぬ。いや、そもそも人間なのかアレは。
「お、落ち着いて私……! まずは深呼吸よ……はぁ……ふうぅ……」
どうにか気持ちを落ち着けると、フィーは机の上に置いてあった水晶玉に手をかざす。これは魔女の道具の一つで、相手のステータスを見ることができる。
「なになに……レベル……測定不可能!?」
それはフィーが作った最強のゴーレムやキマイラよりも、圧倒的に強いという証明に他ならない。
ちょっと人間の枠を超えていると思う。普通の人間ではない。ああいうのには関わらないのが一番だ。
「よし、無視しよう」
フィーは窓に鍵をかける。これでもう安全だ。後はベッドにもぐりこんで、朝までぐっすり眠ればいい。それで何もかも解決する。だが男は家の前まで来ると、大声で叫び始めた。
「魔女殿! 突然の訪問、失礼します! どうか俺の話を聞いてください!!」
「ひいぃっ!?」
「俺の名前はエルウッド・アスター! サンドラ王国騎士団の副団長を務めている者です! 高名な魔女殿に頼みがあります! どうか俺の話を聞いてください!!」
「ひいいぃぃぃっ!! ……って、ん? エルウッド・アスター? どっかで聞いたような……そうだわ! 確か去年の魔女集会で話題にあがった竜殺し! ……へぇー、そうなんだ」
邪竜を殺した英雄なら話を聞く価値はある。フィーはそう思った。
先程まで感じていた恐怖は好奇心に変わった。フィーは久しぶりに玄関の扉を開き、エルウッド・アスターを家に招きいれることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます