第13話
黒猫の獣人と茶髪の少女は少し急いだ様子で
「私につかまれ」
「は、はい」
少女は猫の言うことに忠実に従った。猫の腕にしっかりと捕まった少女は、固く目を閉じる。
「舌をかまないように」
「はいっ」
直後、猫の足元に3重の魔方陣が展開する。黒猫はそこに魔力を流し込み、1人と1匹は翠の光と一緒に消えていなくなった。
少女の視界はまだ暗闇の中だ。
先程とてつもない浮遊感を感じたが、今はしっかりと地面の感触を足裏に感じる。
ぽん、と肩を叩かれて、少女はようやく瞼を上げた。
「大丈夫か?」
目の前で黒猫が、伺うようにこちらを見つめている。少女はほっと肩に入っていた力を抜き、「はい」と頷いた。
先程使ったのは移動魔法だ。黒猫と少女は不可侵の森の中にひっそりと佇むウッドハウスに戻って来ていた。
「もう変装を解いてもいいだろう」
そう言って黒猫は少女の顔の前に掌をかざす。すると少女の頭上に魔方陣が顕現、ゆっくりと下に降りて行った。魔方陣が少女の足元に移動したときには、少女の見た目は、まるっきり変化していた。
茶色の髪と瞳は、白銀の髪と青いアネモネのような瞳に変化し、顔つきも若干大人びている。
元の姿に戻ったルネを見て、黒猫は1度頷き、同じ魔法を自分にもかけた。猫は黒い毛が茶色と白の混ざった三毛猫に変化した。開いた瞳は美しいペリドットの色をしている。同じ色の飾りを、耳にも身に着けていた。
「やはりミカエル様は三毛猫でなくては。なんだか落ち着かなくてそわそわしてしまいましたわ」
「そうだな。私も、ルネの花のような見た目を気に入っている。それだけではないがな」
ルネは驚いてミカエルを見つめた。彼はいたって普通だ。特別なことを言ったような雰囲気ではない。
(きっと私が過剰反応しているだけなんだわ。人との距離感って難しいのね)
「ルネ、やはり見たところ私たちの情報は、まだ流れていないようだ。犯人像もギルドのどこにも書いていなかった。あそこには色々な情報が集まってくるはずだから、そこに無いということは恐らく犯人の身元はまだ誰も掴めていないということ。アルベルトとリリィというメイド以外は、な」
「2人は私たちの味方ということでしょうか」
「今のところはそう考えていいだろう」
ミカエルはそう言って家の中に入る。ルネにも過ごしやすいように改築されたこの家の場所も、ルネとミカエル以外は誰も知らない。
ミカエルはそのまま暖炉から一番近いクッションの上に座り、ルネは温かい飲み物を持ってこようとキッチンに向かった。ミカエルに教えてもらった入れ方でココアを2人分入れ、ルネもその隣の1人掛けのソファに座る。
「だがまだ様子を見よう。彼らにはルネの安否だけでも伝えたいところだが、今はまだ動かないほうがいい」
「分かりましたわ。ミカエル様の意見に従います。でも、少し残念でしたわ。初めての王都でしたのに、ゆっくり見て回ることが出来なくて…」
残念そうにしゅんと眉を下げるルネに、ミカエルは心配ないと笑みを返す。
「任務は隣国を跨がなくてはいけない。移動魔法で一気に行ってしまってもいいが、寄り道もできないわけではない。討伐の後になるが、それでもいいなら、隣国の王都で買い出しでも行こう」
「いいのですか?」
「ああ。また変装はしなくてはいけないが…。何にしても、この家には君が住むには足りないものが多すぎる。色々と揃えなくてはな」
ミカエルはそう言ってルネの入れてくれたココアを一口飲み、「美味しいよ」とペリドットの双眸を三日月型に細めた。
ルネは嬉しくて笑みを返す。
(隣国の王都、ミカエル様とのお買い物、楽しみだわ)
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