第9話

「よく言った。ルネ」


 そう伝えると、ルネは恥ずかしそうに髪を撫でつけた。そこで、自分の髪がざんばらに切られたままだということに気付き、さらに頬を赤くして顔を逸らす。

 ミカエルはそんなルネの様子には構わず、彼女を見つめている。


「ルネ、もう一度魔法を繰り出してごらん。君の魔法が弱い理由が、魔法に対する恐怖ならば隣に私がいるということを念頭に入れて、もう一度同じことをやってみなさい。すぐに強くなることは出来ないだろうが、少なくとも先程よりは強い風を起こせるはずだ」

「はい、やってみます」


 ルネは魔法を繰り出す準備を始めた。瞼を閉じる。息を大きく一度吸い込んで、ゆっくり吐き出す。

 

(ミカエル様が隣にいる。ミカエル様が助けてくれる)


 緊張が全身を走る感覚がして、ルネは身震いした。指先も震えている。自分が魔法を怖がっていると自覚したからだろうか。先程よりもはっきりと恐怖を感じた。でも同時に、心は落ち着いてもいる。ルネの恐怖を、目の前でじっとこちらを見つめるミカエルが相殺してくれているような、そんな感じだ。

 ルネは瞼を上げて、魔方陣を展開した。


「風よ、我の視界に見える木々に揺らぎを与えよ!」


 瞬間、先程よりも強い光がルネの足元から放たれ、それは渦を巻くように宙を走った。光はミカエルの体を通り抜け、そして枝葉をざわりと揺らした。ミカエルのペリドットの耳飾りも規則的に揺れている。

 風は明らかに先程とは異なっていた。木々は葉だけでなく細枝まで揺らし、音を奏でたのだ。

 束の間の静寂。ルネは頬を紅潮させて肩で息をする。天に突き上げた両の手のひらを胸の前に当ててぎゅうっと服を掴んだ。嚙みしめるように、一言口からこぼれた。


「……やった…」

「ルネ!」

「ミカエル様、私っ……ひゃあっ!?」


 やりました!と伝える途中、ルネの視界は急に反転した。

 ミカエルが自分の下に見える。いや、彼はルネよりも背が低いからいつも見下ろしているのだが、今はさらに下、それも真下に見えるのだ。


「み、ミカエル様!?お、降ろしてください」


 ミカエルに抱き上げられていると分かるまでに少々の時間を要した。ルネの膝辺りを抱え込み、ぐるぐると回転し始めた。今まで外の人間と関わったことがほとんどないルネは混乱を極めた。足が地面から離れて、でもがっしりと抱きかかえられているおかげで、不思議と不安定さは無い。

 ルネはミカエルの両肩に手を置いて何とか体が倒れないように支える。そっと目を開けて見えたミカエルの笑みに、本当の喜びの色を見た。


「ルネ。良かったなぁ!」

「!」


 ミカエルが笑っている。ペリドットの瞳を緩やかに閉じて、獣の歯をちらつかせて笑っている。はははっと声を上げ、3回転程回った後、ミカエルはルネを抱えたまま彼女を見上げて今度はにやりと不敵に笑う。

 その挑戦的な笑みは、ルネの胸のあたりをくすぐった。


「ルネ。君は無価値なんかじゃない。魔法が使えないなんて言葉の呪いは、じきに解けるだろう。ルネ、私は嬉しいよ。君が自分を卑下する理由を1つ取り除ける可能性を見つけたのだから!」

「み、ミカエル様…わっ!」


 ミカエルはもう一度ルネを抱えたまま回って、それからそっと降ろした。

 急に詰められた距離と未体験の経験に心臓が追い付かないルネは、ふう、と嘆息を1つ零す。肩の力をふっと抜いた時、ミカエルとの距離がまた不意に詰められる。ミカエルが浮遊魔法を使い、宙に浮いたまま椅子に座るような体勢でルネの顎をそっと持ち上げ、視線が交わった。ルネは思わず息をのむ。


「ルネ。もう君を誰にも傷付けさせたりしない。出来ないように私が手伝おう。君はちゃんと強くなれる」

「は、はい。お願いします…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る