第二十八話 占いのタブー
「ふぅー……」
テントの中で、思わず息を漏らす。でもため息のような後ろめたいものじゃない。今日一日の労働を労うための物だ。
「いやー占った占った」
今日の受付をストップしたのは、かなり前の時間。通りにまで伸びていた行列の人々を全員占っていたら、すっかり日も暮れていた。
でもおかげでお金はたんまり。チップ制にしたことでお客の満足度も測ることも出来て、お金をしまう壺が重くて重くて困っちゃうね。
占い結果はどうしたって変えられない。内容によってはお客さんが満足いかないことも、やっぱりあった。それも一度や二度どころではない。
でも、実際に占い師を始めて分かったことがある。
そういう悪い結果が出たとしても、フォローなり、アドバイスの点を重点的に話してあげると、悪い結果が出ても結構評価が上がってくれるのだ。
これは意外と盲点であり、それと同時にとても大事なことを見逃していた。
占いは、誰かを助けるためのものだ。悪い結果が出たからダメなのではないし、いい結果が出たからといって、それで終わりということでもない。
出た結果を基に、そこからどうするのか? どう助言をすれば、相手にとって幸いなのか。
困っている人に道を指し示す、それが占いだ。
そこまで出来て、初めて本物の占い師と言えるのかもしれない。
そういう意味では、私もまだまだなんだろうな。
「さて、と」
後片付けのため、椅子から立ち上がる。
店内を軽く片付けたら、今日も切り株亭へ行こう。
仕事の後は美味しいご飯。世界が変わってもそれは変わらないな。マスターやキリエちゃんにもそれに、ウィルも――
「んん?」
ウィル?
なんでウィルの顔が浮かんでくる?
そりゃあ、よく助けてはくれるけど……だからって、別に――
「あ、あの、すみません」
と、女性の小さな声と共にいつの間にか入口の幕が開かれていた。
夕日が僅かに差し込んだ入り口を薄いカーテン越しに眺めると、そこには誰かがいた。
そう、誰かなのだ。声は女性のものだと分かったけど、見た目は黒いローブを纏っていてどこか悲壮感漂っている感じはするが、顔までは分からない。
なにより、そこにいたのは一人だけじゃなかった。同じように黒いローブを纏って顔を隠した人間がもう一人いて、二人の謎の人物がテントに入ってきたのである。
「は、はい……どうされました?」
見て分かるくらい、怪しい人達だった。
お互いローブで全身を覆い、顔も出そうとしない。先に入ってきた女性の方はまだましだけれど、後から入ってきた人はビクビクとしながらなにかに怯えるように、チラチラと周囲を伺っていて……追われでもしているんだろうか?
追われていて助けを求めるなら、それこそお門違いだ。騎士団の詰め所にでも駆け込んだ方が確実だろうに。
分かったのは、二人のどちらかが女性ということだけである。
「今日は、まだやっていますか……?」
声をかけてきた女性らしき人が尋ねてきた。
今日は、というのは……もしかして占いのことだろうか。
「占いですか? ええと、その……」
でも、ちょうど今日の営業は終わりにしようとしていたところだ。
途中で受付を止めて、泣く泣くお帰り頂いた人もいるのだから、特別扱いはしたくないんだよな。
とはいえ、ハッキリ伝えちゃうのも、なんだか悪い気がするし……
と、そこでようやく、ずっとビクビクと怯えていた連れのもう一人が口を開いた。
「おい、こんなところ頼ってどうする?」
いきなりこんな所呼ばわりとは……顔も見せず失礼な人だな。
でも……なんだろう。
この声、どこかで聞いた覚えが……。
「ですがよく当たると評判なのですよ」
「占いは好かん」
「ですが、なにか起死回生のヒントになるかもしれません」
「………………」
「このままではどうしようもないではありませんか。ですから……」
うーん。
閉店間際にやってきて、しかも連れの一人はこちらを小馬鹿にしてくる、全く失礼な人達だ。
でも……。
この人達が漂わせる悲壮感、このまま見過ごしていいのだろうか。
困っている人に道を指し示す、それが占いだ。そう理解したばかりじゃないか。
それなら、迷うことはないはずだ。
「分かりました。本来は受付時間外ですのでお断りしているのですが……今回だけ、特別に」
「ほんとですか! ありがとうございます」
「…………」
男性の方はよく分からないが、嬉しそうに声を上げる女性。二人はそのまま席へと着くが……二人はいまだ顔を見せはしなかった。
意外だった。
てっきり占い頼んできたのが女性だからそちらが相談相手かと思ったら、どうやら占って欲しいのは男性の方らしい。
お店のシステムを説明するが、どうも彼は乗り気でないというかなんというか。前金を払う時も、もの凄く渋っていて代わりにというように女性が払っていた。
なんだか彼に付き添っている女性の方が少々気の毒に思える。
「では、どういったことを占って欲しいのでしょう?」
いつもなら、プロフィール用紙に記入してもらうんだけれども、ここまで顔を隠す辺り、正体を知られたくないのだろう。
あえて今回はプロフィール等を聞かず、相談内容だけ口頭で伺うことにした。
「………………」
男性は顔を背けて黙りこくったまま。
さすがに、相談内容を教えてくれないと、私も占えないんだけどな……。
連れに促され、ようやく彼が放った占い内容は――
「……我が家を発展させるには、どうすればいいのか。それを占え」
命令口調の内容に、少しイラッともしたけれど……でもそれ以上に相談内容が気になった。
家の発展のためにどうすればいいか。
それは、ごく最近占った内容と同じ内容なのだ。
「我が家の発展のために、どうすればいいか、ですか……」
占いには、タブーがいくつかある。
その一つに、同じ占い内容を連続で占ってはならないというものがあり、同じ相談相手から似たような事を連続して占うのは、昔から危険な行為とされていてやってはいけないことの一つなのだ。
「あのー……?」
「あ、ああ。ごめんなさい、大丈夫ですよ」
ローブの女性が心配そうに尋ねてきて、慌てて返事を返していた。
同じ内容を占ってはいけない、とされているが、それはもちろん別な相談相手なら問題は無い。
さすがに私の占い小屋に、彼が来るとは思えないし……まあ大丈夫だろう。
「では、占っていきますね」
いつものようにカードの山札を手に取り、シャッフル。ある程度終えたら、テーブルの上に広げ、時計回りに混ぜていく。
それをしばらくやってから――
「同じように混ぜてください」
相談相手であるローブの男性に、同じように混ぜさせる。
気乗りしていないのか、些か手つきは辿々しい。
「それではいくつか質問をします。答えたくなければお答えしなくて結構ですので、そのまま混ぜるのを続けてください」
男性から、返事はなかった。
「では質問です。家の発展をとのことですが、お仕事はなにをされているのでしょう?」
「……………………」
無言。
まあ、正体を明かしたくない辺り、当然だろう。
「かなりお疲れのように見えますが、お仕事はお忙しいのですか?」
「……………………」
やっぱり無言。
女性の方からため息も聞こえてくる。
「……その様子ですと、あまりお仕事は上手くいっていないのですかね?」
「………………」
これまた当然のように無言。
まあ、仕方ない。
以前騎士団の団長さんを占った時のように、質問に答えてくれなくても、占いが出来ないというわけではないんだし。
「それでは、その辺で結構です」
混ぜる手を止めさせ、私はカードを集める。山札をつくって三つにわり、男性に好きな順で入れ替えさせた。
これで準備は完了だ。
さて、今回はどのスプレッドを使おうか。仕事に関することだし、前回使ったピラミッドでもいいけれど……
あ、そういえば!
まだこっちに来てから使っていない、あのスプレッドがあったっけ。せっかくだ、それを使っていこう。
「では、見ていきます」
私は山札からカードを引き、順に並べていく。
まずは時計回りに三角に。そして同じように時計回りに今度は逆三角に。二つの三角が重なるその中心に、最後の一枚を並べる。
スプレッドの名はヘキサグラム。名前の通り、ちょうど六芒星の形に展開され、真ん中に一枚が置かれた七枚のカードを利用するスプレッドだ。
これは恋愛から仕事運まで幅広く見ることのでき、万能でありながらそれでいて非常に奥深い、ポピュラーなスプレッドの一つだ。
「ふむ………………」
裏面のカードをまじまじと眺めていると……うん、今回も見える。
二番目に置かれたカード、ちょうど問題の現在の状態を示す箇所から、ほのかな白い光が見える。
全体的にも、そう悪い感じはしないかな……でも、いい感じもしない。
これは、ちょっと難しい結果になりそうだ。
カードを開こうと、一枚目に並べたカードを裏返す。
そこは問題に対する過去の状態を示す箇所、引かれたカードは、カードナンバー5《法王》の正位置だ。
「ッ!?」
でも、なぜだろう。
なぜかこのカードを開いた時、私は驚きを感じていた。
「つ、続けますね」
次に開いたのは、先程光を発していた箇所。そこに引いたのは、カードナンバー8――《力》。その逆位置、か……。
私は、続けざまにどんどんカードを開いていく。
そうして七枚全てを開き終え――
「………………」
考え込んでいた。
全体を見て、ある程度結果は出てきたのだけれども、いくつか気になるところがある。
一枚目のカードのように、いくつかのカードを開いた時に似たような感覚を覚えたのだ。
一枚目の次に感じたのは四枚目。並べられたのは、カードナンバー15――《悪魔》のカードの逆位置だったのだが……なぜだか怖いと感じたのだ。
そしてもう一枚、七枚目。カードナンバー13――《死神》の逆位置が置かれたそこに、今度は妙な納得を感じていた。
これ、なにを意味してるんだろう……よく分からない。
そもそも結果に関することなのだろうか。なんだか、まるで私のことを指すような――
「占い師さん……?」
「あ、失礼しました……結果をお話ししますね」
なにを思っているのだろう。
占い結果は相手のことだ。自分の感情を混ぜて占ってしまったら、結果が分からなくなってしまうだけだ。
気を取り直し、私は結果を伝えていく。
「家の発展はどうすればいいか、とのことですが……もしかしてここ最近、仕事で騙されたり、裏切りに合うようなことがありませんでしたか?」
「っ!?」
男性が、ビクリと反応を示す。
どうやら、当たりのようだ。
「それに伴ってか、現在とりかかっているお仕事を放り出そうとしているのでは?」
「……ッ!?」
おっと、またしてもビクリと反応、わなわなと震えているのがローブの上からでも分かるな。
でも申し訳ない、占いは正直にやるのが私の心情なんだ。
「あーでも、近々いいことが起こりそうですね。そこから新たなチャンスが生まれるかもしれません」
これも嘘ではない。
ちゃんと占いに出ていることだ。
「そうですね……ちょっとご本人が我が強いのか融通がきかないのか……周囲の人達からも自分本位に見られています」
「………………」
「ご自身からしたら、理想的な状況だったのかもしれませんが……残念ながらそれは思い込みのようです」
「………………ッ」
「家の発展を強く願っているのは分かりますが、その執着は一度取り去った方がいいでしょう」
「ッッッ」
「変わることを恐れているのかもしれませんが、執着しているものが必ずしも貴方の望む物とは限りません。ですので一度精算し、それから――」
「いい加減にしろっ!!」
突然、怒号のように吠えたローブの男性。
椅子から立ち上がり、息を荒くして激昂していた。
「お前に、お前なんかになにが分かる!」
たまらずローブの女性も宥めようとするが、その手を乱暴に弾き返してしまう。
「こんな、こんな占いなどという曖昧な物に、私のことが分かってたまるか!?」
「落ち着いて、落ち着いて下さい」
「黙ってろ、エレオノール!」
エレオノール……?
今、彼は連れのローブの女性をエレオノールと呼ばなかったか?
その名は、確か。
「私の誤りでした。せめて占いなら、ビリアン様を助けられると思い」
「……ビリアン?」
思わず、私もその名を呟いていた。
カーテン越しに覗く二人は、驚くようにこちらに振り返る。
そして、二人はこちらを確かめるようにローブのフードを降ろした。
「そんな……!」
「お前……マリーか!?」
ビリアンだった。
私の元婚約者で、私を追放し、彼女エレオノールと再び婚約したビリアンがそこにいた。
「ビリアン、なんで」
「また……ッまたお前かッ!!」
ビリアンが叫ぶ。
テントを吹き飛ばしそうなほどの勢いで、私も言葉を無くしてしまっていた。
「お前はまた、そのくだらない占いで、私を陥れようとするのか!?」
「そんな、違」
「黙れッ! お前とこの街で出会ってからろくなことが無い。せっかく我が事業の傘下に入れようとしてやれば、街の商人共は騒ぐし、違法でもなんでもない品に手を出そうとすれば、騙されて金だけ奪われ、今や借金まみれ……おかげでこのざまだ!」
なにを言っているの……。
そんなの全部、自分で蒔いた種じゃない。
「お前のせいでこうなったんだ……何もかも全部! このままですますと思うなよ、覚えていろ!」
それだけ告げて、ビリアンはテントを後にした。
「……ごめんなさい、マリー様。本当に、本当に……」
申し訳なさそうに頭を下げ、エレオノールが彼の後を追う。
そうして、再び小屋には静寂が戻った。
「なんてことよ……」
まさか、占っていた相手がビリアンだったなんて。気づいても良かったのに、完全に気が抜けていた。
いや、それは仕方ない。そんなことよりももっと大きな問題が発生してしまったんだ。
これ……マズいんじゃないかな。
「知らなかったとはいえ、同じ相談相手よね……」
あの日、私が屋敷から追放された時、私が占った相手はビリアンで、その相談内容も今回のそれとそっくりそのまま同じ内容なのだ。
そして今日、その相手を再び占ってしまった。
私は知らず知らずのうちに、占いのタブーを犯してしまったのだ。
「大丈夫、よね……」
「クソッ、クソッ!」
悪態をつきながら、青年は通りの端を大股で歩いて行く。
借金取りに追われる立場である以上、目立つ行為は控えるべき。それは分かっている。
それでも、内から湧き出る苛立ちを、止めることは出来ない。
「クソッ!!」
「ビリアン様」
後ろから追いかけてきたのは、現在の婚約者エレオノール。
「申し訳ありません、私が占い小屋を紹介したばかりに……」
「エレオノール……」
元婚約者に占われてから、とにかく運が悪かった。
領内で不運な事故が多発し、天候不順も続いた。昔からの事業にも陰りが見え、わざわざこうして新たな地で新事業を立ち上げねばならないほどに。
そんななか、彼女、エレオノールとこうして今も付き合えているのは、唯一の幸いだ。
「君のせいなんかじゃない。悪いのは、あの占いだ」
そう、あの元婚約者、マリー。
彼女だ、彼女のせいだ!
「ビリアン様、それは……」
「クソッアイツのせいで私は……ッ!」
彼女さえいなければ、我が家の事業が失敗することもなかった、この街でも成功を収めることが出来たはずだ。こうして道の端をコソコソと歩くこともない!
アイツさえ……アイツさえいなければ、そう何度願ったことか。
せめて、今までの失敗の責任をアイツに取らせられれば……。
「っ!?」
ふと、青年の足が止まる。
不思議そうに眺めるエレオノールに、青年は尋ねた。
「エレオノール」
「は、はい……」
「あの占い小屋を、どうして知った?」
「その……街の女性達から人気と聞きまして……」
「そうか……つまり、評判がいいというわけか……」
「はい、そうかと……」
その時、ビリアンから苛立ちが消えた。
代わりに現れたその感情を示すように、彼の口元がゆっくりとつり上がっていく。
「そうか、そうなのか……ふ、ふふ、ふふふふっ!」
「ビリアン様……?」
「エレオノール、すまないが本家に至急使いを走らせてくれ。急ぎ調べたいことがある」
「は、はあ……」
「ふふっ、ふふふふふふっ!!」
不気味な笑いが、街の通りに響き渡る。
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