第二十話 不可解な現象
ラステルさんが深いため息をついていたのは、怪奇現象だけが理由ではなかった。もちろん、怪奇現象に悩まされているのは事実ではあるが、それ以上の問題がラステルさんに降りかかっていたのだ。
「売り上げが、前より下がっている!?」
再び案内された事務所内で私達も思わず驚きの声を上げていた。
怪奇現象の原因である家鳴りは、時間が経てば解決する。それはまず間違いない。実際、今日のようなことは起こることもあるけれど、頻度自体は少なくなっているとラステルさんも話してくれた。
でもそれにしたって妙だ。怪奇現象がまだ起こっているにしたって、お客そのものは入っているし、むしろ以前来た時よりも増えているくらい。それのに、売り上げが下がっているというのは……
「怪奇現象でお客が遠のいているのなら話は分かるけど、どうして……」
今回の場合不思議なのは、お客は入っていることだ。それも前回私達が来た時以上に。
お客がいなければ売り上げは減るのは当然だが、怪奇現象も減りつつあって、店内がギュウギュウになるくらいお客が入っている。それなのに、売り上げが変わらないどころか、下がっているというのは……さすがに不思議と言わざるを得ない。
対面に座るラステルさんが、今も頭を抱えるのは当然だ。
「実はな、調べて分かったんだが……どうもお客の入りに対して、購入している客があまりに少ないんだ」
お客がやってきても、見るだけ見て、それで買っていかない。いわゆる冷やかしのようなことなのか?
確かに西大陸の品はどれも見慣れぬ物ばかりで目移りするくらい。見ているだけでも十分楽しいと私も思う。
でも、値段も手頃で決して手の届かない商品ばかりではないし、それにお客の反応も購入意欲をかき立てるくらい十分あったと思うけどな。
「それにくわえて怪奇現象まで起こるだろ? 大勢のお客の前で変なことが起これば……」
「それは……悪い噂が立ちそうですね……」
「このままだと、店の存続に関わる……」
頭を抱えてうーんと唸るラステルさん。よく見れば、顔色も良くはなさそうで、目元には隈もある。恐らくずっと悩んで徹夜続きなのかもしれない。
「原因は一体何なのでしょう?」
現世では承認欲求を得たいがために、商品を買わず写真だけを撮ってSNSにアップする、なんて人はいたけれど、同じようなことをしている人間がこの世界にもいるのだろうか?
うーん、一個人ならともかく、これだけの人達が、っていうのはちょっと考えにくいか……。
ただ、私も奇妙に思っていたことがあるのよね。
「その、変なことを伺ってもいいですか……?」
そう切り出したのは、キリエちゃんだ。
「もしかして……ラステルさん誰かから妨害とか受けていませんか?」
「妨害……?」
「ほら、前回も今回も怪奇現象が起こった時私達その場に居合わせたけど……毎回、怖がって店を出て行く人達がいるじゃないですか」
確かに私達が来店した二回、怪奇現象が起こると決まって逃げ出す人達がいる、それは私もよく覚えている。
「キリエちゃん、どうしてそう思うの?」
私が尋ねると、嫌なことでも思い出したようにキリエちゃんの顔が苦々しくなる。
「うちの店も昔やられたのよ。近くに別な酒場が出来た時にね、ゴミ捨て場荒らされたり、店がうるさいとか、いちゃもん付けてきたり……」
「ああ、なるほど……」
「その時はうちだけじゃなく、周りの仲いいお店もとばっちり受けてたから、みんなで協力してそのお店に仕返ししてやったんだけどね」
はは……そのお店はお気の毒、というより自業自得か。
「でも、このお店の場合、そういうライバル店舗とかあるとは思えないけど」
「ライバル店舗は、ね……」
ん?
どいう意味だろう?
「忘れちゃったのマリーちゃん。ラステルさん、インプレッス家の人なんだよ」
「それってまさか……後継者争いってこと?」
西大陸の雑貨を扱うラステルさんのお店と似た様な商品を扱うお店はほとんどないと言っていい。そういう意味では、ライバル店舗はないだろう。
でもラステルさん自身となれば、話は違ってくる。この街でも力を持つインプレッス家の末っ子。そしてその商会は跡取りを決めるために売り上げを競っていることは誰もが知っていること。
つまり、ラステルさんの兄妹は同時に、ライバル関係にもなる。
「怪奇現象を不気味に思って逃げ出す……反応としては当然だと思うんですけど、そにしてはちょっと急すぎる反応な気もしたんですよ……ラステルさん、もしかして、その人達がなにかしているんじゃないですか?」
「……それは私も考えたよ」
ため息混じりにラステルさん答える。
「さすがに怪しいと思ってな、そうして逃げ出した人達の後を追ったりもしたんだ。だが……」
「怪しいところは見つからなかった、と」
力なく頷くラステルさん。
「そっかぁ違ったかぁ……」
後継者争いのための妨害工作。考えとしてはありそうだけど……。
「マリーちゃんはどう思う?」
「そうね……」
「なにか、あるのか?」
ラステルさん、困り切っているな。
正直、根拠のない話だから、混乱させてしまわないか不安だけど……せめてなにか手がかりになればいいか。
「実は……私もキリエちゃんと似たようなことを感じていました」
「つまり、お客のなかに、何かしている人間がいると?」
「それは分かりませんが……ただ、お客さんが少し変だな、と……といっても、キリエちゃんとは考えが逆ですが」
どういうことだと、不思議そうにする二人。
「私が変に思ったのは、出て行った人達ではなく、店に残ったお客さん達なんです」
怪奇現象が起こると逃げ出す人がいるのと同じく、店に残るお客さんも必ずいる。
それは今回も前回もそうだった。
むしろ残ったお客さんの方が多数なくらいだ。
「あんなことが起こって怖がるのは普通だと思うんです。恐怖が伝播して引きずられるように皆が逃げ出すのも当然で、むしろあの人数なら最悪パニックになってもおかしくはありません」
それが起こらない。
むしろ店に残っていた人達は、怪奇現象が起こっても、一切動こうとしないのだ。
それこそまるで、人形のように。
「普通に考えれば、そういうのに慣れちゃった常連さんや固定客、みたいな人よね。でも……」
そう、まさにそこなのだ。
キリエちゃんが疑問に思うように、そこがおかしいのである。
「そう。そういうお客さんがいるなら、売り上げが下がるって事は無いと思うの」
「それは……確かに奇妙だな」
ラステルさんが頷き、考え込む。
大勢やってきているお客さん。
でも低迷する売り上げ。
そして怪奇現象が起こっても、逃げ出すお客と、動じない人達。
店に残ったお客さん達がなにかをしている、とは限らない。けれど、そこに売り上げ低迷の原因があるのはほぼ間違いないと思う。
考え込んでいたラステルさんが、顔を上げる。そこには一つの強い意志があった。
「……少し、調べてみよう」
決断を下したラステルさんは、すぐに動いた。
お店に残っていた人が店内の商品を手に取ったり、眺めてはいてもやはり購入する気配はない。そんな人達の後を尾行したのだ。
お店を出たお客さんは、何件か別なお店を周り散策していた。同様にそれらのお店でも特別なにかを買った様子はない。
やはり不思議だと思いながら尾行を続けると、やがて小さな路地の手前にやってきた。
「あ、路地に入るよ」
「…………」
「急ぎましょう、ラステルさん」
「君達、どうして……?」
そんな追跡劇、実はちゃっかり私達もついてきていたのだ。
「い、いやー、なんか気になっちゃいまして……ねぇ、マリーちゃん」
「あははは……あ、見失っちゃいますよ、ほら急ぎましょ」
そんなこんなで、私達は一本の路地へと入っていく。
前を歩くお店に来ていた女性は、こちらの追跡に気づいている様子はない。狭い路地を迷うことなく真っ直ぐ歩いて行く。
私達もその後をキリエちゃん、ラステルさん、私の順で一列になって追う。
「マリーさん」
私の前を歩くラステルさんから、背中越しに尋ねてくる。
「貴方の占いは確かに参考になりました。ですが、なにもここまでしなくてもいいのですよ」
確かに、ラステルさんの言うとおりだと思う。
「私も占った手前、やっぱり責任感みたいなのは感じてまして」
一度私が占った以上、無責任に放り出すことがちょっと出来なかった。
結果が気になる、という理由もあるけれど、私が占ったことでその歩みを僅かに変えたというのなら、そこへ導いた私にも僅かながら責任はあると思う。
それなら行く先を見守ることも、大事なのではないだろうか。
「邪魔だとおっしゃられるのなら、帰ります。でも、もしそうでないのなら、もう少しだけ付き合わせて頂けませんか?」
「……分かりました」
それ以上は、ラステルさんはなにも言わなかった。
それにしても、前を行く女性はどこに向かっているんだろうか……?
こんな薄暗い路地を歩いていて、いかにもすぎて怪しすぎる。
「ん? この辺りは……」
ラステルさんが、周りをきょろきょろと見渡す。
なにか気づいたんだろうか?
「ラステルさん……?」
「あ、二人とも見て!」
キリエちゃんが静かに呼びかけ、私達も足を止め物陰へ。
見ればそこは、路地と路地が重なる小さな十字路になっていた。人が通り過ぎるのもやっとのその交差点で、私達が尾行していたお客さんが、別な女性と合流したようだ。
「あれ、あの人……」
「キリエちゃん、なにか知ってるの?」
「見間違いかな……さっきお店にいた人な気がする」
「え……?」
言われてみれば……いたようないなかったような。
お店には結構な数のお客さんがいたし、私には分からないな。
「あ、見て。また誰か来た」
別な道から、またしても別な女性が。
でもその人は――今度は私にも見覚えがあった。
「待って。あのポニーテールの人……さっきお皿が落ちた時傍にいた人じゃない?」
お皿が床に落ちた時、一番傍にいた女性だ。お客さんが出て行った後も、青い顔をしながらもなぜかお店に残っていたからよく覚えている。
「ってことは……やっぱりあの人達、お店に残っていたお客さん達ってこと……?」
なんでそんな人達が、ゾロゾロとこんなところに。
それも、みんな一度バラバラになってまた集まったのだろうか?
そして、どうも向かう先は同じらしい。
やっぱりなにかおかしいぞ。疑問を抱きながら後を追うと、彼女達はどこかのお店の勝手口らしき場所に立ち止まっていた。
「あそこは……!?」
「ラステルさん、どうしました?」
様子がおかしいのは彼女達だけじゃない。どうも先程からラステルさんもソワソワしているというか、どうにも変な感じだ。
「あ、誰か出てきたよ……!」
勝手口から出てきたのは、一人の男性だった。
スーツをビシッと着こなし、顎髭をちょびっと蓄えた背丈の高い若い紳士。薄暗い路地裏には似合わない、小綺麗な見た目だ。
その顔は――
「あれ?」
気のせい、かな……。薄暗くてはっきり見えるわけじゃないけれど……なんだか、ラステルさんに似ている気がする。
背丈とか全く違うけど、顔のパーツの所々が、ラステルさんに似通う部分がある気が。
「あっ、もしかしてここ……!?」
キリエちゃんがなにかを思い出したように声を上げる。
「そうだよ、あの人レックスさんだ」
「レックスさんって……キリエちゃん知ってるの?」
「うん。ここってレックス宝石店の裏だよ!」
レックス宝石店。あれ、そのお店の名前……私も知っているぞ。
「もしかして……え、あのレックス宝石店!?」
貴族の間でも、持て囃される有名な宝石店がある。その名をレックス宝石店。 様々な宝飾品を取り扱い、派手すぎず、しかし宝石の輝きを引き立たせる丁寧な仕上がりに、どれもが人気の品ばかり。
貴族達の間でもあまりの人気に入手困難となり、手に入れることがある種一つのステータスとも言えるくらい。
多くの街に支店を持つ、いわばこの国で流行りの店と言って過言ではないだろう。
「この街に本店があったんだ……でも、この街でこれだけ大きな店となると、まさか……」
「そう、インプレッス商会のお店よ」
それってつまり……ラステルさんの、お兄さんのお店!?
まさかあのレックス宝石店が、ラステルさんのお兄さんが経営されていたなんて驚きだ。
でも、それ以上に……こんな人目が隠れるような裏手から、あの女性達は一体なにをしにきたのだろうか。
「え、なにあれ……?」
ラステルさんのお兄さん、勝手口にやってきた女性一人一人になにか小袋のような物を渡している。
女性の一人が、まるで中身を確認するように小袋を開くと、大層嬉しそうな声を上げている。
遠目でよく見えないが……袋の中には光り輝く小さなコインが。
あれってまさか……お金!?
「っ!」
小袋を受け取った女性達がそそくさとその場を後にした直後だ。突然、ラステルさんが走り出す。
「兄さん!」
店に戻ろうとしていた兄の背に、ラステルさんが声をぶつけていた。
遅れて私達も彼の元へ。
「ラ、ラステル……なぜこんなところに!?」
「見ていたぞ! 今のはなんだ!?」
一瞬戸惑いを見せる、ラステルさんのお兄さんのレックスさん。
「……お前には、関係ないことだ」
「関係ない? 関係ないだと!? 今の人達はうちに来ていたお客だ。その人が店を出てアンタの店にやってきたんだ。その子にアンタは、今まさに金を渡していた。それを関係ないと言い切るのか?」
「………………」
「いや、彼女達だけじゃない。他にも何人も雇っているはずだ」
「なにを根拠に……」
「しらばっくれるなよ。うちの店で度々起こる怪奇現象。それでも逃げ出さない大勢の客、アンタが金をばらまいて雇った連中なんだろ」
チッ、とレックスさんから舌打ちが飛ぶ。
「兄さん……俺の店の評判を落として、業績を下げるためにあの子達を雇ったな?」
今の光景を見れば、誰だってそう思うかもしれない。
インプレッス商会の跡継ぎは、それまでの業績で選ばれる。つまり、そこに兄弟間での後継者争いが起こるのは必然だ。
そんな争いが起こるのなら……相手を貶めるようなこともするかもしれない。
「アンタ……そこまでして商会を継ぎたいのか!?」
「話すことはない……」
「待てよ兄さん!」
「さっさと店に帰れ」
そう言い放つと、レックスさんは乱暴に扉を閉めて店の中へ。
「……クソッ」
ラステルさんの悲痛な舌打ちは、路地の暗闇によく響いた。
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