第十九話 お店のその後

 あれから数日が経った。

 今日も何事もなく、静かな昼下がり。


「マリーちゃん、占い小屋って夜に開かないの?」


 今日もキリエちゃんが遊びに来ていた。

 ちなみに、テントの中はキリエちゃんだけで、お店に人が来る様子は微塵もない。


「占い小屋を開いてるのはいつも日の上がっている時間だよね?」

「やっぱり、キリエちゃんも夜も開いた方がいいと思う?」

 

 実のところ、それはここ最近悩んでいたことだ。

 休日でもない平日の昼間に占い小屋を開いていても、お客は来ない。それも当然で、平日の昼間は皆仕事があり、客足が向くことが希なのだ。


「うーん。こういうお店って、他と違って用があるのは希だからね」


 そもそもの話、みんな占いそのものにさして用がない。交易都市らしく言うのであれば、需要がないということ。

 レストランなら食事のため、服屋なら服を買うため。占いに用があるという人はそもそも少ない、現に今まで占い師がこの街にいなかったのだから。

 常連も作れていない現状では興味が向かなければお客は来ない。かといって宣伝しようにも、使える予算はそう多くない、学園祭の文化祭レベルのチラシを作ることだって出来るかどうか。

 そう考えると、昼間ではなく夜に開いた方が、お酒も入って気分が良くなったお客さんを狙った方が効率はいいのかもしれない。

 そういう意味では、キリエちゃんの提案はいい物だと思う。さすがは交易都市の居酒屋の娘だけあって、商売の感覚は鋭いな。


「でも夜に占いかぁ」


 暗い路地の片隅に、ひっそりと立つ占い小屋。見慣れないカードを使って占う姿は……。

 うん、怪しさ満点だな。


「ラステルさんを占ったから、きっと評判になると思ったんだけどな~」

「そんな上手くいかないって」

「だってインプレッス商会だよ、その会長の息子だよ! 話題にならなくても、顧客にくらいはなって欲しいじゃない」


 ラステルさんを占ってからというもの、これといって特に変わったことはなかった。

 占い小屋もチラホラとお客が入りはするが、ラステルさんを占ったことで話題が広がったわけでもなく、客足が増えたと言うこともないのだ。

 そんなわけで、今日もお昼は暇でこうしてキリエちゃんとおしゃべり中なわけだ。


「あの後、お店はどうなったんだろう……キリエちゃん何か知ってる?」

「ううん、なにも。お店でも噂は聞いたことないかな」


 それは私も同様だ。

 怪奇現象のようなこの手の評判はどうしたって噂になりやすい。そのはずなんだけど、それが聞こえてこないとなると、無事解決したってことなのかな。

 そもそも、時間さえ置けば解決する問題だったしね。


「噂と言えばさ、知ってる? ヴェールヌイ家の新事業の話」


 げ。

 まさかビリアンの話が出てくるとは。


「さ、さぁ……知らないけど……」

「近所のお店、みんな嘆いてるよ……やり方が強引だって」


 貴族という立場を利用した強引な広げ方をしているとは耳はしていたが、キリエちゃんの話からはもっと驚きの話を聞かされた。

 なんでも自分達の事業を広げるために、ライバルになりそうな店を、安い値で買い叩いているらしい。地上げのようなやり方に反発する小さな商店もあるが、そういう店は嫌がらせを受け泣く泣く店を開け渡したり、なかには潰された店もチラホラあるとか。

 と、ここまででも十分驚いたんだけど、話はそれで終わらなかった。


「逆にヴェールヌイ家に近づいて、甘い汁を吸おうとする商人もいるんだけどね……」


 商人としてはそれが賢いやり方なのだろう。

 でも、キリエちゃんの言い方はどうも別な意味がありそうだ


「なにかあったの?」

「うちの店に来る商人さんから聞いた話なんだけど……支払いが滞ることが多いんだって」

「ええ……」

「商品を届けても、代金が支払われないのはザラ。後日請求しても返事はいつも曖昧で、ヴェールヌイ家に関わろうとしていた人達もヒーヒ―声を上げてるよ」


 貴族という立場を傘にした強引な手法と大きすぎる横柄な態度、そしてなにより金への対応。

 この街の商人達から嫌われるのも、当然だろう。

 そんなことしてて、大丈夫なの、ビリアン?


「…………」

「そんな難しい顔して、どうしたの?」

「え、ああううん。なんでもない。ちょっと気になって」

「ね、マリーちゃん。またあの店行ってみない?」

「あのお店って、ラステルさんの雑貨店……?」

「そうそう。どうせ暇でしょ」


 キリエちゃん、相変わらず酷い言い草だよ。


「やっぱりあの後どうなったか気になるじゃん! ほら、行こ行こ」

「あーもう、待って!」


 再びキリエちゃんに引っ張られ、私は再びラステルさんのお店に向かうことに。





 そうしてやってきたラステルさんの雑貨店、なのだが……。

 お店につくなり、私はすごく驚かされた。


「ねぇキリエちゃん、これどういうことだと思う……?」

「さ、さぁ……」


 前回来た時は、お店の中は女性客が大勢入っていて、お店はそれなりの賑わいを見せていた。だが、その時の様子は欠片も残っていなかったのだ。

 お客さんが大勢いた店内は――それ以上のお客さんでひしめき合っているのだ。


「これ、どう見ても前より、お客さん入っているよね……!?」


 前回来た時もそれなりの数のお客さんが入っていたけれど、今回はその比じゃない。

 棚と棚の間の通路は人であふれ、賑わう声に溢れていた店内はより一層の喧騒で騒がしくすらある。もはや入場制限をかけたり、外に行列を作った方がいいとさえ思う店内では、店員さん達も商品の品出しから会計まで、忙しさに追われている。

 すごい……なんてすごい盛況ぶりなんだ。


「すごい……やっぱりマリーちゃんの占い当たってたんだ!」


 キリエちゃんも私とは別な意味で、驚愕している。

 でも、ある意味では当然の結果だったんだろう。取り扱っている品自体が西大陸産の雑貨という希少品ゆえの需要があり、さらに女性という口コミが広がりやすい相手がターゲット層だったのだ。

 これは占いが当たっている当たっていない以前に、ラステルさんの商売勘が見事に当たった結果だろう。

 売り上げを落としていた原因である怪奇現象も、時間が解決してくれるのだから、こうなることは占いなどしなくても分かったことだ。


「あ、ラステルさーん!」

 

 そんなラステルさんを店内の奥にいるのを見つけたキリエちゃん。人でごった返す狭い店内をなんとか進み、彼の下へ。


「ん? 君達は……」

「お久しぶりです」


 揉みくちゃにされながら、キリエちゃんの後を追いかけた私もラステルさんに軽く会釈。


「お店、盛況ですね!」

「ああ、まあ……」


 嬉しそうに尋ねるキリエちゃん……でもどうしたんだろう。

 キリエちゃんの喜ばしさの反面、ラステルさんは、なんだか元気がなさそうだ。


「この様子ですと、怪奇現象も収まったんですね!」

「…………」

「ラステルさん……?」

「いや、実は……」


 ガシャァァァァァンッ!!

 そんな甲高い、派手な破砕音が店内に響く。

 店内にいたお客さん達、そしてキリエちゃんに私までも。誰もがその一点へと注目すると――そこには一枚のお皿が床に落ち、割れたお皿の破片が周囲に散らばっている。

 お皿があった棚の近くには、ポニーテルの女性が一人。彼女は顔を青ざめるようにたいそう驚いていた。


「え……! 待って私触ってない!?」

「私だって!」


 急にしんと静まり返る店内。

 そう、それはあの日と同じだった。


「え……じゃあ一人でに、落ちた……?」


 誰かが言った一言。それが静けさに包まれた店内に不気味なほどに木霊する。 


「触ってもいないのに物が落ちるなんて……」

「待ってなにこれ……」

「え、怖……」


 ヒソヒソと方々で声が上がる中、一人の女性が言った。


「で、出よ、っか……」

「う、うん……」 


 そう言って、その女性と連れの女性は他のお客を掻き分け、店の出口へ。

 それを見ていたお客さんの何人かも同様ににその後へと続く。


「呪われてるんじゃないこのお店……」

「もう行こ……」

「……私達も」

「うん」


 恐怖に煽られた人、釣られて続く人、そしてそれらの人達に押し出されるように

店を出る人。

 さっきまでギュウギュウだった店内が、ほとんどいなくなってしまった。

 この様子は先日来店した時と全く同じである。


「ラステルさん、これって」

「そうなんだ……」


 ただ一つ、ラステルさんのため息だけは違っていた。


「怪奇現象、まだ収まってないんだ……」


 それは先日よりも、より重いものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る