第三章 占い師、始めます

第十一話 占い師、開業いたします

「ふぅ……完成っ、と」


 慣れない作業に手間取りながらも、ようやく出来上がったそれを見て、思わず感嘆の声が漏れる。


「ここが私のお店、占いの館か……館?」

 

 館と言うには……ちょっと小さいな。

 そもそも家でもない、ただのテントだし……まあ占い小屋ってところだろう。

 私も一国一城の主、ではないけれど、これで立派な占い師だ。


「準備も整った。これでようやく始められる」


 占い師になる、そう決めたはいいけれど一からお店を始めるというのはとんでもなく大変だ。大きなものから細々としたものまで、思いつくものもあれば改めて知ったものもいくつも。

 お店作りはもちろんのこと、占いをする場所の確保と交渉、そして役所に商業ギルドへの届け出まで。とにかく手続き手続き、手続きの嵐。書面と届け出を何枚も書かされては提出の連続だった。どこの世界も、手続きというのが面倒というのは変わらない。

 しかもそれだけじゃなく他にも講習に面談、それ必要? ってくらいすることばかりで、混乱のしっぱなし。

 とはいえ……実のところ、いくつかの面倒事は簡単にクリアできていた。


「団長さんとウィルにお礼を言わないとな」


 お店を開く場所に関しては、ホント団長さんのおかげである。

 先日、騎士団の詰め所の前で私は占い師になると宣言したけど、その場にはウィルだけじゃなく団長さんもいた。その団長さんから占いのお礼をしたいと彼が所有する土地の一角を借そうと、申し出てきてくれたのだ。

 おかげで面倒な場所探しも手続きも、なんなら賃貸料の交渉だってしなくてすんだのだから、団長さん様々である。

 そしてウィルはといえば、とにかくいろんなことに手を貸してくれた。小屋の設営から荷物運び、そしてなにより手続きに関して。

 役所への届け出に関して、実は上手くいくかとても不安だったのだ。

 なにせ私は追放された貴族の令嬢。街に来た時だって役人さんには睨まれいい顔はされなかった。

 当然だろう。身元を明かせずはっきりもしない人間を、誰もいい顔をするわけがない。実際、つい先日まで仕事探しに奔走させられていたわけだし。

 商売を始めるにしても、申請一つ通すのも苦労するだろうと思っていた、のだけれども……。


「俺が後見人になろう」


 と、ウィルが申し出てくれたのだ。

 まさかの一言に、役人さんも態度がガラリ。

 上から見下し鉄骨のように伸びていた腰は、ウィルが後ろに付くや否やまるで猫のように柔らかく低くなり、ごまをすりながら満点笑顔。

 ちょっとそれどうなの? ってレベルで不安になる態度だった。

 とまあ、そんなこんなでマリーの占い小屋の開業と相成ったわけです。


「いやー。やっぱ貴族様ってすごいなー」


 テントの中へと入り、中を見回す。

 天幕は意外と丈夫でしっかりしていて、中には占い用のテーブルと椅子。後はお香を焚いて、ちょっとした小物を置くスペースがあるくらい。せいぜい人が数人入れる程度の広さだ。

 場所も大通り沿い……にあるお店の裏手、通りから一つ外れた路地の一角だ。

 大きくもなく小さくもない、占い師として始めるには十分な規模だろう。 


「こんなところでいいのか? 空いてる物件もあるし、そこを貸すぞ?」

 

 と、団長さんにも言われたっけ。

 けれど、さすがにそれは断った。だっていきなり大きなお店ってのは腰が退けるし、なにより……賃料が、えねぇ……。


「そうなのよ、お金よお金……」

 

 私は静かに椅子へと座る。

 場所は用意できた、手続きだって滞りなく、お店の準備も完了。でも、実は一番の問題を解決できていなかった。

 テーブルに立てかけているブラックボード。お店の前に出す看板的な感じにしようと雑貨屋で買ってきたのだけれども……そこには何も書かれていない。

 お店の名前も、案内も、そしてなにより料金設定も。

 商売としてやっていく以上、一番重要なことである料金設定が、まだ決まっていないのだ。

 一応調べてはみたんだけれども、ウィルも会ったことがないと言っていたように、この街には占い師はいなかった。もし先に占い師をやっている人がいるのなら、その料金を参考にすればよかったのだけれども、いないとなると自分で考えるしかない。

 占いという商売は、他の物を売るお店とは訳が違う。

 本出は少なくて済むし、経費だってほとんどかからない。だが、食べ物だったり雑貨だったり、形あるものと違って占いは形のない曖昧な物。それを売るとなれば、非常にシビアな問題になる。

 高すぎればお客は来ないし、安すぎても利益が出ない。もしここで料金設定を見誤れば、お店としてやっていけなくなってしまう。

 これが占いを商売としてやることの難しさの一つだ。


「でも、決めたんだ……」


 そう、これは自分で選んだ道。

 大変かもしれない、投げ出したくなるかもしれない。

 それでも、やると決めたんだ。


「――ッ!」


 パンパン、と頬を二度ほど叩く。

 気を引き締めて改めて考えよう。 


「とりあえず、一回十セナールくらいは欲しいよね」


 この世界の貨幣価値は、十セナールでそこそこ満足のいく食事が出来る。五セナールでちょっと質素な感じ。そう考えると、1セナールがだいたい百円前後。10セナールでだいたい日本円で千円くらいというところか。

 現世での占いの料金はだいたい二十分あたり二~三千円程度。

 それに合わせててもいいんだけれど、この街で占い師がいないとなると、一度の食事よりも多い金額は、ちょっと割高に感じるかもしれないな。


「とりあえず、一回十セナールってところで様子を見てみるか」


 最初はお客もほとんど入らないだろう。でも一日に三回占えばその日は食いっぱぐれずにすむ。最初はこれくらいの値段で始めるしかない。

 と、ここまではある程度決めていたことだ。問題なのは、その先のことだ。


「先払いか、後払いか……どっちにしたらいいんだろ」


 料金を先にもらうか、後にもらうか。

 これは非常に大きな難題だった。


「正直、どっちにしても問題はあるのよ……」

 

 前払いは、確実に集金が出来る。でもお客側の期待感が暴走して自分の望む結果を出してくれると勝手に思い込んでしまう人が出てくるだろう。

 上手い占い師さんなら、お客の満足いく占い結果を伝えるのかもしれないが……。


「やっぱり、占いに嘘はつきたくない」


 これは大前提だ。私が占い師をやるのなら、ここだけは譲れない。だけど商売として考えると、お客が結果に満足いかないと損した気分になってしまうだろう。

 では後払いではどうか?

 先払い程、期待感が暴走することはないとは思う。でも仮に悪い結果が出たら、その上で料金を請求されるなどお客からしたらたまったものではない。中には払いたくないと文句をつける客も出てくるに違いない。

 

「あー……もうホント面倒くさい……」


 結局のところ、どちらも大きな問題を抱えている。

 これが占いという形のない曖昧なものを取り扱う難しいところだ。

 占い結果という商品が、必ずしも値段に見合うとは限らない。そのくせ、占いの結果にお客の満足度は左右されてしまう。

 だから占い師は難しい。


「占いは売らない、なんて言い出した人、ホント天才だわ……」


 なんて泣き言も呟きたくもなる。

 とはいえ、ずっと迷ってきたけどいい加減決めないと。

 商売として考えるのなら、確実に集金できる前金だろうな。それで満足いってもらえなかったら……それはもう見切るしかない、か……。

 でもそれでお客さん来てくれるかな。

 物珍しさで一度目は来てくれても、その後のリピートは?

 もっと言えば二度目、三度目と来てくれても、毎回いい結果が出てくれるとは限らない。悪い結果が出れば、それでリピーターもいなくなる。

 まして全てのお客がウィルみたいに内容全てを受け入れてくれるいい人とは限らないし、ビリアンみたいに怒り出す人も来るだろう。

 だいたい、この街に馴染みのない占いにお客さんが集まってくれるのか? 

 それに一回十セナールで、良かったのか? その金額で、一日に何人相手すればペイラインを越えられる?

 そもそもこれで生活していける? 賃貸料は、下宿代は払えるの? 貯金までできる?


「はあ……」


 ダメだ。始める前から、頭がパンクしそうだ。

 ただ占いのことだけを考えていたい。でも全てを考えなければいけない、これが個人事業主の悩みどころ。思わず椅子にもたれかかり、腕を伸ばす。


「どうしたものかなぁ……」

 

 呆然とするようにテントの天井を見上げていると、外から話し声が聞こえてきた。


「あーあー、貴族様には困ったもんだぜ……」

「まったくだ。強引に店を出してきやがって、これじゃあこっちの商売あがったりだよ」

「まったく、ヴェールヌイ家のお坊ちゃんめ……」


 ここ最近、似た様な話題を聞いてもいないのによく耳にする。

 聞くところによると、なんでもヴェールヌイ家の、つまりビリアンの新事業が、かなり手広く手を伸ばそうとしているらしい。

 貴族という立場を生かした強引な手法で、商人達からはかなり嫌われているようだ。

 もっとも、私は別に彼をライバル視するつもりなんてない。そもそも扱っているモノ自体が違うんだから、ライバルになんてなり得ないわけだしね。

 ウィルに団長さん、騎士団のみんなに、切り株亭のマスターとキリエちゃん。みんながいらないテーブルやら椅子、お香や様々な雑貨を用意してくれたおかげでお店にはそれらしい雰囲気が出て小さいながらも形にはできた。

 私はただ、こうして占い師を始められたみんなの期待を、裏切りたくないだけなのだ。

 

「ん?」


 テントの中はさほど大きくもない。両手を伸ばせばテントの両端にもギリギリ届いてしまう。

 そんな中で、指先がなにかがぶつかった。


「これって……壺?」


 たしか、キリエちゃんが雰囲気作りにって持ってきた壺だ。きっと切り株亭でも持て余したんだろう。随分古くさくて、そのくせみょーに趣がある。


「あ、そうだ! 悪い結果が出たら、この壺を買えば幸せになりますよ~とかやっちゃう?」


 不幸や不安につけ込んで、高額な壺を売りつける。しかも壺はその辺の安いものを仕入れれば、馬鹿売れ必死じゃない。

 ふふふっ。


「………………完全に霊感商法、信仰宗教の始まりね」


 絶対騎士団のみんなに捕まるわ……。


「壺。ツボねぇ……?」


 待てよ。

 もしかしたら……このやり方なら、いけるんじゃないか?


「そうよ、これでいこう!」

  

 思いついたアイディアを書き殴るように、ブラックボードへと書き込んでいく。

 このやり方なら、多分上手くいくはず!

 書き殴ったブラックボードを店の前に並べ――。

 よし。これでマリーの占い小屋、開業だ!


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