第十話 団長さんの恋の相手
担ぎ込まれた、というとちょっと大げさなんだけど……形としてはそうなっちゃうよね
怪我自体はたいしたことはなくて簡単な治療ですんだけど、治療に至るまでがまあ酷かった。
なにせウィルにお姫様抱っこされて担ぎ込まれたものだから、詰め所に居た酒場で会った団員さん達が仰天するわ、ヒソヒソと話はするわで……もう恥ずかしくてしょうがなかったよ。
と、まあそんなこともあってこの詰め所に長居はしたくなかったので、治療を終えてそそくさと詰め所を後にしようとしていた。
「助けてくれてありがとうね、ウィル」
詰め所の入り口、包帯を巻いた腕で挨拶をする。
「言っただろ、騎士団としての務めを果たしたまでだ」
見送るウィルはさっきまで、仰天したり事情を聞き出したりする団員達を窘めるのに、随分と苦労していたものだ。
「しかし、よくよく君は変なのに絡まれるな」
「あははは……」
その中の一人に屋根に上って見回りをするウィルも入っていることは、あえて口にはしないでおこう。
「あの男爵とは知り合いなのか」
「うん、まあ……」
知り合いというか、元婚約者というか。
「まあ、無理には聞こうとは思わないさ」
正直なところ、話してもいいんじゃないかなと思っている。別に隠すようなことでもないし、私自身に負い目があるとも感じてはいない。
「でも、あれでよかったのかな」
「男爵への対応のことか?」
あの時、私がビリアンに謝っておけばその場限りで終わっていたかもしれない。でも、ウィルが間に入ったことで余計彼を怒らせたのではないだろうか。
「私はともかく、ウィルが変に絡まれでもしたら」
「私は平気さ」
そう言ってくれるウィルには心強さを感じる。
でもそれと同時に、申し訳なさも感じてしまう。
私のせいでウィルにまで嫌がらせをされたら、それは嫌だ。
「やっぱり、あそこで謝っていた方がよかったのかも」
「それはない」
と、ウィルはキッパリと言い放つ。
「あの手の輩はすぐに調子に乗る。仮に君があそこで謝ったところで、自分が優位の立場だと思い込んで後々もっと嫌がらせをしてくるだろう」
確かに。
実際、一度追放したというのに、偶然再会したとは言えそれでもまだ絡んでくるあたり、イヤらしい性格だと思う。ある意味、婚約破棄されて良かったとすら思えるほどだ。
でも、それなら――
「だったら、それこそウィルも危ないんじゃない?」
ビリアンは公の場で、しかも新しい交際相手の前であんな扱いをされたのだ、恥をかかされたと思うだろう。そうなれば、ウィルにも手を出してくるのではないか?
まして二人は貴族同士。貴族同士の争いなど、それこそ目も当てられないくらい醜いモノだ。そんなものにウィルを巻き込んでしまったら――
「それこそ大丈夫さ。ああいう人間は、自分より立場や力が上の人間にちょっかいは出せず、自分よりも弱い相手でないと手も口も出せない。だからそういう人間を見つけると貶めて、自分の立場を上だと思い知らせたいんだよ」
「な、なるほど……」
なんだろう。
そう聞くと、ビリアンが情けない人間に思えてくる。
ホント結婚しなくて良かったな。
「貴族という人間達は、代々積み重ねられて作られた家の地位を、ただその家に生まれただけでそれを自らの力だと勘違いしがちなもの。そういう意味では彼もまた立派な貴族だよ」
さっきのビリアンへの対応もそうだが、こうして話を聞くとやっぱり思う。
ウィルはすごく貴族への対応や理解が深い。
もちろん彼自身も貴族だからだと思うけれど、それにしてはなんというか……一線を引いている、というよりも達観している、とでも言うべきなのかな。
なんだか貴族であって貴族のようではないような、そんな感じさえしてくる。
こうして考えてみると、私はウィルのことをなにも知らないんだ。
騎士団の中で副隊長という立場ながら、団長さんにも一定の敬意を持たれているようにも見えたし……。
ウィルって何者なんだろう?
「おや? マリーさんかな」
ふと振り返ると、そこには一人の男性が。
今まで出かけていたのか、詰め所へと戻ろうとしている渋い御方。
えと、このダンディなお人は……え、まさか。
「お、お久しぶりです……団長さん、ですよね?」
などと失礼にも尋ねてしまったのは、先日酒場で対した時とあまりに様子が違ったからだ。
小さく折れ曲がっていた腰はピンと伸び力強く、目にもしっかりと輝きがあって、凜々しさとたくましさが見ているだけで頼もしくすらある。
「先日は情けないところを見せてしまったな」
「いえ、そんな……」
言葉だってそう。先日のちょっと自暴自棄な乱暴さはなく、低くて渋い声は優しくすらある。
まるっきり別人のようだ。
「なにか変わったようでも見えたかな?」
「いえ、そんな……」
「ハッハッハ。私はなにも変わってないよ。実際、今も占いは信じていない」
「そう、ですか」
「でもね、君のアドバイスは耳を傾けるに値すると思った」
フッと漏れた笑み。それはとても柔らかな笑顔だった。
「思い返してみれば騎士団の長として不甲斐ない態度であったと思う。君の言うように周囲に目を配ってみて、ようやく皆が私を心配してくれていることに気づいてね、それを見て気持ちも少し落ち着いて、騎士団の長としての誇りを取り戻したような気分だ」
そう語る団長さんは、なにかを悟ったかのように静かで、そして力強い。
詰め所でも騎士団の人達は決して暗い雰囲気はなかった。きっと団長の快復がいい結果をもたらしたんじゃないだろうか。
「少しでもお力になれたのなら、良かったです」
占いを信じていなくてもそれでもいい。
結果として彼の力になれたのなら、それは本当に――
「た、たいへんです~!」
緊張感の漂う大きな声が響き渡る。
見れば、通りの奥から団員の一人マルコさんが駆け寄ってきていた。
「何事か?」
私が混乱している間にも、ウィルは素早く前に出て、息を切らすマルコさんに報告を促す。
「た、大変です副隊長、ま、街で」
「喧嘩か? 強盗か?」
「いえ、違……」
「まさか野盗の襲撃!?」
「そうじゃ、なくて」
「マルコッ!!」
「ハッ! ってだ、団長!?」
団長さんが声を荒らげ一喝。
すぐさま敬礼の形を取ったマルコさんに厳しい視線を突きつける。
「報告は明確にせんか!」
「ハッ、失礼致しました!」
「街でなにがあった? 騎士団の出動は必要か?」
「ハッ、街は至って平和であります!」
?
どういうこと?
これだけ慌ててるんだから、なにか事件があったんじゃないの?
「では一体なにをそんなに騒いでいる?」
「その、じ、実は……」
マルコさんの声が、再び小さく弱々しくなっていく。
「巡回中の者から、報告がありまして……その、大通りの方で……」
弱々しくなる声に比例して、団長さんの目が再び鋭くなっていく。
再び一喝が飛ぶか。そう気づいたのか、マルコさんが再び姿勢を直して声を張り上げた。
「れ、例の女の子を発見しました!」
なんと。
私もウィルも、そして当然団長も驚きの顔をしていた。
「そうか! そうか、あの子は無事だったのか……」
ホッと方をなで下ろす団長さん。それを見て安心したウィルが不思議そうに尋ねる。
「なんだ、よいことではないか。そこまで大騒ぎすることではなかろう」
「いえ、それが副隊長」
「うん?」
「その……まさかここに団長がいるとは思わず……」
「どういうことだ?」
「あ、いたいた。団長ちゃーん!」
と、再び遠くで呼びかける声が聞こえてきた。
振り返り見回すと、派手な格好をした女性がこちらに手を振りながら走ってくるのが見えた。
「ジュ、ジュリア!?」
驚く団長さん。
もしかして、例のお熱の相手?
でも……それならどうしてマルコさんはアチャーと言わんばかりの表情なんだろ?
「久しぶり~元気してた~?」
娼館で働いている、と聞いただけあって……目元はパッチリ、服装も肌の露出も多く派手なもの。現世でいるところのギャルというか陽キャっぽい子だな。
こういう子、現世にいた頃はちょっと苦手だったっけ。
「ジュリア、お前無事だったのか?」
「無事ってなに~~? 全然元気よ元気」
話し方もフランクを通り越して、ちょっとアホっぽい気がする。
でも、団員さん達が話していたように、団長さんと仲が良かったというのは、どうやらホントのようだ。
「しかし、突然いなくなって店の人も答えてくれず……一体どうしてたんだ?」
「ヤダ必死すぎ~。ちょびっと帰省してただけだよ~」
「き、帰省!?」
つまり、実家に帰っていたって事か。
なるほど、それでお店にも出てこなくなって、姿も見えなかったわけだ。
なんだ、大したことじゃなくてホント良かった。
でも……。
娼館で働く子が帰省って、なかなか難しいことじゃないのかな? まあ奴隷のような扱いされているわけでもないんだから、無理ってことはないか……。
でもそれにしたって、人気の子だったらやっぱり簡単にはお店を離れられないよね。むしろ人気があったから出来た?
うーん。そうだとしてもお店側が規制を許可をしてくれるなら、結構な用事なんじゃないのかな。
それに……仲が良かったのなら、どうして団長に事情を話してあげなかったんだろう。
なんだろう、なにか……なにか引っかかるぞ。
「おい、待ってくれジュリア」
と、そこへ三度声が上がった。
彼女の後を追うように、一人の男性がこちらへと駆け寄ってくる。
「もう遅いよ~なにしてんのダニー」
「お前が急に走り出すからだろ」
このダニーさんって人、随分とジュリアさんと親しげだな。冴えない見た目だけど、優しそうで大らか、それこそ……。
あれ……待てよ?
お店が帰省を許すほどの大きな用事。
お店側も彼女も、お客に事情を話さない訳。
そして――ジュリアさんと随分と親しげなダニーさん。
「………………」
私とウィルは同時に、マルコさんへと目を向ける
彼も顔をしかめ、ウンウン唸っている。
さっき言いよどんでいたのは、ジュリアさんが男連れだったことを伝えたかったのか。
「ウィル、これって……」
隣のウィルもどうやら察したらしい。
まさか、二人は……!
「じ、ジュリ、ア……」
「? どしたの団長さん?」
「その、まさか君が帰省してた理由って……」
「そだよ、結婚式」
そうか……そういうことだったか。
つまりジュリアさんは結婚式のために帰省したんだ。そりゃあお店側も帰省を許すし、事情も話せないわけだよね……。
でもこれは……団長さんには酷すぎる結末だ。
「ああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!?」
団長さんが、地面を転げ回る。
こりゃショックどころじゃない、脳が焼かれる思いだろうな……。
私の占いも、まさかここまで見当外れな結果になるとは……。
「こら、ジュリア。失礼な言い方をするんじゃない」
「ぐへぇ」
ダニーさんがジュリアさんの頭に手刀を一発。
そして、転がる団長さんの下へ。
「大丈夫ですか……落ち着いてください」
「…………こ、来ないでくれ……」
あぁ……また酒場の時の弱気の団長に元通りだ。
こりゃダメだ。
「ドレイク団長、ですよね?」
「え……」
「やっぱり、話の通りだ。ジュリアからお世話になったとよく手紙で書かれていました」
「そんな気遣いは、ゴメンだ……」
「お願いです、聞いてください」
「頼む……私の前から消えてくれ。このままじゃ私は…………アナタを斬りかねない」
団長さん……。
そこまでジュリアさんのことを想っていたのか……。
好きだった女性の結婚相手。そんな人にどんな言葉を言われても慰めにはならないだろう。むしろ怒りを燃え上がらせてもおかしくない。
「ドレイク団長…………貴方がそう願うのであれば、私はすぐにここを去りましょう」
「…………」
「ですが、恐らく貴方は大きな勘違いをされている」
勘違い?
どういうことだ?
「確かに、ジュリアは先日故郷に戻ってきました。それは私の結婚式に出席するためです」
「…………ッ!」
団長さんの表情に苦悶が過る。
そして――殺気だ。私にも分かるくらい明確な殺気を放っている。
腰に差していた剣に手が伸びる。仮にも騎士団の団長だ、彼の腕なら即座に剣は抜かれ、ダニーさんの首を瞬時に両断するだろう。
そんな団長さんの気配に気づいたウィルが二人の間に咄嗟に割って入ろうとしたその瞬間。
「ですが、私の結婚相手は彼女ではありませんよ」
「…………?」
「ジュリアは私の妹です」
い、妹!?
あのギャルっぽい子と、こんな冴えない人が兄妹!?
「あれ、言ってなかったっけ?」
「言ってないだろ。まったくもう少し説明を……いやその前に言葉遣いに気をつけないか」
あはは~。と脳天気にジュリアさんが笑う。
「申し訳ありません、ドレイク団長。実はジュリアの労いで新婚旅行に行こうと、ここの港から船に乗るためやってきたのです」
「結婚、旅行……?」
「せっかく妹の働く街にやってきたことですし、うちの妹が貴族のドレイク団長と懇意にされているなどと聞いて失礼がないかと思い、一度ご挨拶をと思ってこうし参った次第です」
「で、では奥さんは……?」
「妻は慣れぬ旅路で疲れたみたいで、今は宿で休んでいます」
「………………そ、そうなのですか……」
呆然とする団長さんに、ダニーさんが手を差し出す。
躊躇いながらもその手を取った団長さんが、ゆっくりと立ち上がる。
「アナタのことは、いつもジュリアからの手紙に書かれていました。本当に妹のことを思ってくださっているようで、兄としても嬉しい限りです」
「………………」
「貧乏な田舎娘で貴族のドレイク団長とは不釣り合いだとは思います。ですが、ふつつかな妹を、どうぞよろしくお願い致します」
「あ、ああ……」
そうして二人は握手を交わした。
団長さんはまだ呆然としていたけど、それでもショックはなくなったようだ。
「じゃね、団長ちゃ~ん。またお店でね~」
そう言い残し、ジュリアさんはお兄さんのダニーさんと共に去って行った。
なんだか、すごい人だったな。誤解させつつもあっけらかんとしてて……でも悪い気分にはさせない。よく言えば元気な人だ。
でも、真相が分かって良かった。
帰省していたのは結婚式に出るため。そしてそれはお兄さんのことで、ジュリアさん自身はなにもなかったんだ。
ああ、そうか。
あの日占った時、カードの中で《ソードの4》の解釈だけがよく分からなかった。
でも《ソードの4》には懐かしさや望郷の意味もある。今となって考えてみると、もしかしたら、ジュリアさんの里帰りを暗示していたのかもしれない。
「…………ありがとうマリーさん」
「え?」
突然団長さんにお礼を言われてしまった。
「君のおかげだ」
「いえ、私はなにも……」
「いや、彼が誤解を解こうと必死だった時……私は本当に斬ってしまおうとそんな感情が体中を渦巻いていた」
「団長さん……」
「でも、君の占いの最後の言葉が脳裏を過ったんだ」
私が伝えた最後の言葉。
湧き上がるエネルギーを律し待つこと、それが良い結果に繋がる。
「あの言葉がなかったら……私は本当に彼を斬っていたかもしれない」
「…………」
「ありがとう、君のおかげだ。礼を申し上げる」
道の真ん中で団長さんが深々と頭を下げる。
恥も外聞もなく、ただ感謝を伝えるその姿は実に凜々しくそして、カッコよくすらあった。
「頭を上げてください団長さん」
でも、さすがにそのままの格好にさせるわけにもいかない。
「先日もお話ししましたが、私がしたことはあくまでもアドバイス、道しるべを示したに過ぎません。決めたのは、団長ご自身です」
「そうだな、そうかもしれない……」
そう言って顔を上げる団長さんの表情は――
「でも、あの占いに私は本当に感謝している。それもまた事実だ」
本当に幸せそうだった。
良かった。本当に良かった。
占いが外れていなかったことは正直どうでもいい。そんなことは些末なことだ。
それよりも――私の占いが、こうして人の役に立てたこと。
それが、なにより嬉しかった
「マリー」
後ろにいたウィルが呼びかけてくる。
「やってみないか、占い師」
突然の提案だった。
でも、決して驚くことでもなかった。
「きっと簡単なことじゃないし、とても難しいことなんだろう」
俺にはそれくらいしか分からない。ウィルが少し寂しそうに呟く
「でも、君が占いをして喜びを感じるのなら――それはやってみるべきことだ」
ウィルの言うように、占い師をやっていくのは簡単なことじゃない。
商売として成り立たせることも、お客への信用を得ることも。
それは、占いが当たる当たらないとは別なこと。
占った結果に責任を持たねばならないし、自分の心情を曲げたくないとも今でも思う。
「もちろん私も君を支える。だからやってみないか、占い師」
それでも――
「――ええ」
今は、ウィルの言葉を、私の心の中を信じようと思う。
「私、占い師をやります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます