第十二話 お客さん、ご来店
「ちょっと、聞いてるのロータス!?」
休日の昼下がり、私は思わず苛立ちの声を上げてしまった。
「え? あっ、ご、ゴメンよシルビア……」
彼の名はロータス。私が受付嬢をしている同じ商業ギルドで働く事務員だ。運動不足が目に見えて分かる太っちょの体に、熊のぬいぐるみのような丸みを帯びた顔はカッコいいとかハンサムだって言葉は似合わないだろう。
私達は付き合っている。それもそこそこ長い期間。
今日はお互いに休日ということで、彼の方からデートのお誘いをうけたのだ。だというのに――
「どうしたの?」
「え、ま、なにが?」
「だってさっきから、上の空というかなんていうか……」
今日のロータスは、終始ソワソワしっぱなし。
小心者で普段から頼りないところがあるけれど、それでもあまり見慣れない様子に、体調でも悪いのかと心配になってしまう。
私達は、同じ商業ギルドで働く間柄だが、当初は特に接点はなかった。少なくとも私の方は特別気になる相手でもなかったくらいだ。
そんなある日、職場恋愛の同僚の結婚式――の二次会で、たまたま彼が隣の席にやってきた。自慢ではないが、ギルドの顔とも言うべき、受付嬢などという仕事をしていると、男性から言い寄られることは珍しいことでもない。
正直なところそういうのを相手するのは本当にめんどくさいもので、いつも適当にあしらっていたものだ。
そしてそれは、ロータスが話しかけてきた時も同じ感情をもったものだ。
つまり――「ああまたか」と。
「あれ、彼女一人?」
「その服似合ってるね」
「なに飲んでるの? え、俺もそれ好き~」
などなど。
同じ本で勉強したんじゃないか、ってくらい似たような台詞を並べてくる。
彼もまた同じように、流行りの言葉を頑張って習って、なんとかアプローチしてこようとしているのだろう。
そう思っていたのだが――
「せ、先月開催されたドーラスの工芸展、み、見ましたか?」
突然、どこかの工芸品の話をされた。
目が丸くなったし、酔いも一瞬吹き飛んだ。
なんで突然そんな話をし始めたのか、全く理解が出来なかったのだ。
多分、人付き合いが不慣れだったのだろう。どうにか私を楽しませようとしているのか、必死にその工芸品の話をしてくる。
で、肝心の私はその工芸品に興味があったのかと言えば――ほんっっっっっとに、欠片も興味がなかった。
なので、いつも通り適当にあしらっていたんだけれど。
「へーそうなんだ」
「ええ、そうなんです!」
それはもう、すんごい喜びっぷり。
私が反応してくれるのが嬉しいのか、適当な相づち一つ返す度に、子供みたいな笑顔を作る。
だからといって、その話を聞いているうちに私も興味が出てきた、ってことも全くない。なんだったら今もさほど好きでもない。
でも――
なんだかその辿々しくも必死な感じが……まあ、うん。ちょっと可愛らしく思えた。
「こ、今度ガルガンティスの宝石展があるんですけど、い、一度、行ってみませんか?」
そんな時に、彼からお誘いがきた。
初めて話す相手、しかも決して趣味が合うわけでもない。
普段ならまず断っただろう。
でもその日だけは……お酒が入っていたからなのか、
「まあ、一度くらい、なら」
と、返事を返してしまったのだ。
そしてあっという間に次の週末。私地は二人でその宝石展を回っていた。
聞けば彼は、特別工芸品などが好きなのではなく、巡業などで街の外からやってくるものが好きでよく見に行くとのこと。宝石展を回る彼の目は、どんな綺麗な宝石よりも目を輝かせていたものだ。
それからというもの、その手の催しが開かれる度に彼からよく誘われた。
もちろんいつも付き合っていたわけじゃない。あまりに私の興味がないものは断っていたけど、逆にサーカスやお芝居などの巡業は私も誘いを受けていた。
で、そんなことを続けているうちに、私はあることに気づく。
彼は、すごく細かなところに目を配らせている。
馬車の通る大通りは、私を必ず外側にして自分は内側を歩き、お店のドアは自分から開きにいき、先に私を行かせてくれる。
お姫様、とは言えないけれど、ちょっとした貴族のご令嬢気分だ。
思えば、初めて会った時も彼は気づかぬうちに料理を取り分けていて、私の飲み物が空になる前に注文をしてくれていた。
子供っぽい純粋さが可愛らしく思えていたけれど、それも最初の頃だけ。いつの間にか落ち着き、安心する存在に変わっていた。
付き合いだすのも、そう時間はかからなかったっけ。
でもなぁ……
「………………はぁ」
「大丈夫シルビア?」
「ううん。平気よ、ちょっと疲れてるだけ」
なんてちょっとだけついた嘘。
正直、少し不安なのだ。
少し前、彼が借金していたことが発覚した。
返済は既に終えていたし、彼個人のことだから私が口にすることじゃない、それは分かっている。
でも……それを黙っていたことに私は怒った。
ロータスが私に心配かけまいとしていたのは分かるけど、もっと信頼されているかと思っていた。
付き合ってそれなりに月日も経つ。いいところも悪いところも、お互いに分かっているし、理解もしている。
でも……彼はこの先のことを考えていてくれるのだろうか?
「ねえシルビア、見てみて」
「どうしたの?」
彼の呼び声で思考の海から舞い戻る。
彼の右手が指さす先を見ると、通りの路地に見慣れないテントがあった。
その近くにブラックボードで並べられた看板がある。
「……占い小屋? こんなところにあったかしら?」
「新しくできたんじゃない?」
そういえば、商業ギルドでも若い子が話していたようないなかったような……。
とはいえ、この街で占い小屋とは、珍しいものだ。
交易都市なんて名前がつくように、ここは現実と実利が最も重きを持つ。
そんな街で占いなどという不確かなものを開くとは……よっぽど酔狂なのか、それともそれだけ腕前に自信があるのか。
「ねえシルビア、休憩がてらちょっと入ってみない?」
どうも私がため息をついていたことを気にしているらしい。
余計な気をつかわせてしまったけど、ここで遠慮してもこの後彼も気を悪くするかもしれない。今日のデートが始まって間もない中で、雰囲気が悪くなるのは避けたい。
ここは乗っておこう。
「ええ、いいわよ……って、え?」
そう返事をした矢先の事、私の目がブラックボードに書かれた文字に目が向いた瞬間、さすがに声を上げずにはいられなかった。
「料金、二十セナール!? さ、さすがに二十セナールは高くない……?」
二十セナールとなるとなると、ちょっと豪勢な二人分の料理の値段。
さすがにこの値段は、気が引けるな。
「それもそうだね……ん? 待って、これ見て」
「え?」
「ここ、値段の下の方に書いてあること。どういうことだろう?」
「……?」
料金の下の方に書かれた一文。
その内容に、思わず私も彼も顔をしかめてしまった。
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