第8話 またみんなで
自室へ入り気の赴くままベッドに身を預けた。
真っ白な天井を見て大きく息を吐く。
ぼーっと眺めている間に身体は沈んでしまっていて抜け出せなくなっていた。
こんなに頭が軽いのはいつぶりだろう。
今日だけで色々なことが有りすぎた。
数時間前まではどうしようもなかったはずなのに。
いやまだ状況は大きく変わってはいないんだけど何故か気持ち悪いくらいに心は平静を保っていた。
段々と瞼が閉じられていく。今落ちれば最高の気分だろうに、明日の現実が今でなくなる気がして、微かに残る意識で抵抗していく。
しかし、穏やかな時は一瞬で掻き消された。
玄関からガチャンという派手な音がしたかと思うと、勢いよく誰かが階段を駆け上がってくる。そして目を向ける間もなく部屋のドアが大きく開け放たれた。
「お兄ちゃん大丈夫!?」
「……」
「なんでそんな死にそうな……やっぱり大丈夫じゃないの!?」
俺の妹、
それを遮るように毒を吐く。
「るさいなぁ。眠ろうとしてただけだって」
「え、まだ9時だよ……?」
いや9時で寝ないのが当たり前みたいに言うな。まあいつも24時は優に超えるんだけど。
上半身だけ起き上がらせる。身体は疲れを落とす作業に入り始めていたようでやけに重い。
「やっぱり大丈夫じゃないって何?」
「お母さんから連絡が来たから。お兄ちゃんが大怪我したのに何も言ってくれないって」
いやいや、転んで怪我したことちゃんと言いましたが!
「ほらそれ」と帆夏は包帯で巻かれた右手を不安げに指さす。
「転んだことも言ったし、何なら痛みもほぼないとも言ったんだけど」
さすがに心配しすぎだ。高校生なんだから怪我の一つや二つして帰ってくることもあるだろう、というのは漫画の読みすぎだろうか。
「嘘」
「ん?」
「なにか、隠してる」
帆夏は腕を組み険しい顔で見下ろす。詳細が長くなるから嘘をついただけだが、ジリジリと距離を詰められると何か本当に悪いことをしたんじゃないかと頭の中で自分を疑ってしまう。でも殴ったのは悪いこと、か。
「だって怪我してるのに、なんか楽しそう」
「それは……転んで何もなかったからホッとしてるんだよ」
「これ友達に送るよ?」
帆夏は制服のポケットからスマホを取り出し画面を見せてくる。
「ちょ! それだけはやめろ!」
それを見ると反射的に腕が伸びた。しかしひょいっと遠ざけられてしまい、帆夏は画面を見る。
「いい歌なのに……あ、再生数5万もいってる! ほらすごい!」
画面に映っていたのはYouTubeの動画。人は誰しも知られたくない秘密というものが一つはあるだろう。俺にとってのそれが、今、妹が見せてきた歌ってみたの動画だった。
「別に全然すごくないって。今じゃ素人のカラオケ動画だってバズったりするし、ミックスすれば下手でも上手く聴こえるようになるんだよ」
「でもミックスなんてしてないよね?」
ミックスというのは簡単に言うと、録音した生の歌声を上手く人に聞かせるために必要な作業のこと。
実際にミックスと呼べるようなことはしていないと思う。調べて出てきたエコーやリバーブみたいな分かりやすく音の聞こえが良くなる機能を素人知識でつけた程度で。そもそもミックスできる人間に頼めるような金もない。まあ趣味でやったものだから頼もうという発想すらなかったけど。
「誰かとは言わないから、送っていい?」
「駄目」
「お願い」
帆夏は片目ウインクを綺麗にしてみせる。どこで覚えてきたんだか。
今日は一段とお調子者だが、いつもは優しい妹なのだ。
とびきり明るいというわけではないし、見た目も茶髪のストレートで落ち着いた印象を持っている。林檎のように前には出ないけれど、昔から空気を読むのがうまく、いい感じに周囲に馴染んでいけるタイプだ。
そつなくこなせる妹に何度なりたいと思ったことか……。
「あーもうわかったよ。ちゃんと話すから」
このままでは本当に動画を誰かに送られてしまいそうな気がしたので仕方なく今日あった事を話すことにした。
学校では林檎を除けばほぼ孤立状態なので、本気で心配されそうであまり気が進まないのだが、その部分はうまく誤魔化して話した。
「百寧ちゃん、帰ってきてたんだ」
ベッドで隣に並んで座る帆夏は俺の話を黙って聞いてくれていた。
知り合いが林檎に告白し失敗したこと、その件で知り合いと言い合いになり揉めたこと、その後百寧に付きまとっていた所を助けたこと(殴ったとは言ってない)など大方井上の印象を下げることが中心だった。でも大体流れ的にそうなってしまう。
それに帆夏が聞きたいのは「どうして怪我をしたのか」ということだと思うので真実を話すなら必要なことだった。
しかし、学校での俺を察していたのか特に目立つ反応はなかった。
「うん。同じクラスなのに全然気づかないくらい変わってて驚いた」
「めっちゃ可愛くなってた?」
「うん。めっちゃ可愛くなって──っていや……前より、大人。そう大人っぽくなってた」
小悪魔的な笑みで俺を見る妹。
真面目な雰囲気だったのに突然可愛くなったかなんてぶっ込んでくる方がおかしいだろ。
「そっか。じゃあデートの時も可愛いって言ってあげるんだよ。お兄ちゃんヘタレだから」
「いやだから可愛いとは……は? でーと?」
「さっきLINEの通知でデートって言ってたよ?」
そう言いながら帆夏は枕元に置いてあったスマホを指さした。
LINEの通知なんて身内かどっかの会社の公式からしか飛んでこないので失念していた。百寧と別れる間際に連絡先を交換していたのだ。
期待する俺とそんなことがあるわけないと否定する陰キャの俺が交互に入れ替わりながらもスマホを手に取り、恐る恐るLINEを開く。
「ね。デートでしょ?」
文面には「日曜日、近くのショッピングモールでデートします。詳細はまた後で。おやすみ」と書かれていた。
一瞬日本語に不慣れな外国人の新手の詐欺かと思ったが、何度アイコンを確認してもアプリを消してみても変わることはなかった。
「よかったね。お兄ちゃん」
「まだ行くと決まったわけじゃないし」
百寧のことだから何か裏があってメッセージを送ってきたのだろう。
でなければ幼馴染とはいっても、俺と二人でどこかへ行きたいと思うわけがない。
もし今回の件が井上から助けたお礼というのならばある程度納得はできる。
だから決して普通のデートをするわけじゃない。
そう言い聞かせるが、身体はただただ熱くなるばかりだった。
「そうと決まれば明日は準備祭りだ! モブなお兄ちゃんを目立たせないと!」
帆夏は立ち上がり、部屋にどんな服があるのか確かめるように見て周り出した。
俺は当然ファッションセンスなんて欠片もないが、妹は普段から友達と外で遊んだりする話をよくしているので、平均的なセンスは俺よりもあると思う。
というかなんでこんな張り切れるんだ。ありがたくはあるけど……。
「あーでもリンちゃんが嫉妬しちゃうかもね」
俺と服を交互に見ていると突然そんなことを言い出す。
「……なんでだよ」
「わかってるくせに」
帆夏はハンガーラックにかけてある服と服の隙間からにやけた顔を向けてくる。
その言い方だとまるで林檎が俺のことを好きだと言っているみたいに聞こえる。俺を友達以上の感情で接してくれているのはわかるが、異性としてどうなのかは結局のところ林檎にしかわからない。
というか嫉妬云々の前に、俺が意中の相手を置いて別の女の子と遊びに出かけるのはよろしくないんじゃないだろうか。
……幼馴染だから別にいいか。
「でも。またみんなで昔みたいに」
帆夏は微かな声量で呟いた。
首だけ動かして帆夏の方を見るが何事もないように作業を続けている。
「とりあえず明日また色々確認するね、じゃあ」
俺は起き上がり、外に出ていこうとする妹を呼び止める。
「──また、四人で。いや、帆夏と五人で昔みたいにいられたらいいな」
そう言うと、一瞬驚いた顔をしたものの優しげな笑みで「そうだね」と口にしてドアを閉めた。
帆夏も幼馴染たちと遊ぶ時は大体一緒にいた。
今では何も交わりがなくなった快人、転勤が決まって突然遊びに来なくなった百寧。俺も帆夏も皆のことが好きだった。だからこそ変わってしまった関係に物寂しさを覚えているのかもしれない。
俺が帆夏の前ではっきりと口にできたのはたぶん、今日の出来事があったからだ。
クラスでも林檎とうまくやれますように。
そして、また、昔みたいに集まれますように。
心の中でそう願いながら、激動だった一日を終えた。
もう一度始める幼馴染再開作戦〜完璧幼馴染に相応しくないと言われ光を失った俺、最後に同級生を殴り飛ばしたら白銀少女と成り上がることになった〜 沖葉 @zoldi1234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。もう一度始める幼馴染再開作戦〜完璧幼馴染に相応しくないと言われ光を失った俺、最後に同級生を殴り飛ばしたら白銀少女と成り上がることになった〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます