第3話 林檎の友達

「なんで混ざらなかったの?」


 宮原さんは躊躇なく疑問をぶつけてくる。

 厳しい目線に変わりはなく、俺に対して何か思うところがあるのは間違いなさそうだ。

 一つでも変なことを言えば何が起こるかわからない、心は天変地異の前触れなのではないかと鼓動を早めた。


「混ざったら邪魔かなあって……それに皆さん楽しそうだったので」


 上官に言い訳をするように慎重に言葉を紡ぐ。


 というか混ざらなかったことに怒っているのはなんでだ?

 やはりサボる人間は目に余るということだろうか。いくら楽しんでいるとはいっても授業の一環であり、同じグループの人間がサボっているのは心象が悪いのは確か、か。

 そして今更ながらに当たり前のことに気付いた。

 サボっている所を万が一教師に見られた場合、俺だけではなくグループ全体が責められることだってあるはず。その場の空気がいいからと勝手に判断して、そんなことすら考えられなかった自分に酷く落胆する。

今回は授業終盤に無気力先生が見に来て助かっただけだった。

何やってんだ俺は……。


「意味わかんない。というかその敬語何」


 宮原さんの言葉はごもっともである、弁解の余地すらない。


「卯月はそれで楽しいの?」


 予想とは違う発言に、ふと彼女の瞳に目が行く。

 そこには怒りのようなものはあまり感じられず、ただ純粋にわからないから聞いているようだった。


「……楽しいというか、落ち着くというか」

「そんなふうには見えなかったけど」


 俺が退屈そうにしていたということだろうか?

 実際彼女たちを遠目に見ている時は落ち着いていた。そもそも楽しむという次元に俺はいないのだ。三人が笑って打ち合っているならそれで充分だろう。変に仲良くもないやつが混ざっておかしくなるよりよっぽどいい。


「嫌ならペア組まなかったらよかったのに」


 その言葉をきっかけに眠っていた感情が目覚め始める。

 別に林檎と組むのが嫌なわけではない。周りの目だったり宮原さんや佐伯さんとのやり取りが気まずいだけで。


「別に。嫌とかじゃない、です」


 すると宮原さんは聞こえるようにため息をつき、卓球台をコツンと叩いた。


「もう言うけど、あんたと林檎がいると変な空気になるの。気付いてる?」


 そんなことわかってるに決まっている。寧ろそのことしか考えていないほどだ。

 だから教室ではなるべく感情を表に出さず目立つ行動は避けるし、林檎とは一定の距離を置いたり、井上とも仲良くするふりをしているのだ。今さっきのことだってそうだろう。俺と林檎が一緒にいるとよくないなら三人で仲良くする方が良いに決まってる。

 彼女は俺にどうしてほしいというのだろう。

 重くドロドロとしたものが込み上げてくる中、奥の方から宮原さんを呼ぶ声がした。


「とにかく、林檎には迷惑かけないで」


 そう言うと宮原さんは背を向けて歩き出した。


 迷惑をかけるな、か。


 俺の存在が林檎の成長や人間関係に足を引っ張っている自覚はある。

 だが、幼馴染としての、俺たちだけの関係性を知りもしないで、一ヶ月そこらで知り合ったやつに言われたい言葉では無い。

 理性が働く暇もなく、俺の口から想いが溢れ出た。


「俺とあいつの何を知ってるっていうんだよ」


 少し歩いた先でも確実に聞こえる声量だった。宮原さんが足を止めたことでようやく我に返る。


「い、いや! 今のはちがくてっ。その」


 感情は本物でもここで関係が拗れるのは本末転倒だ。林檎の友達に嫌われればそれこそ今以上に林檎に迷惑をかけてしまう。

 しかし、牙を見せた俺に、宮原さんは感情をぶつけようとはしなかった。


「……の為を思ってい……だから」


 憂いを帯びたような不思議な顔で何かを言うと、俺から目を逸らしそのまま行ってしまった。


「…………なんだよ」


 去り際の宮原さんの表情はまるで俺が何もかも間違っているのだと言っているようだった。

 言われなくてもわかっている。俺が間違いしか犯しておらず宮原さんの言いたいことが恐らく正しい道なのだろう。

 それでも譲れないものがあった。

 ゆっくりでもいいからと俺を見てくれる、諦めずに手を差し伸べてくれる、俺はそんな首藤林檎のことがこの上なく好きなのだから。



 ***



「首藤さんに振られたよ」


「え」


 笑顔の仮面をつけたまま、井上はそう口にした。

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