第32話 思わぬ助っ人が現れました

「くそっ、まだ倒れないか……」

「なんのこれしき……」


 砂煙が晴れると、そこにはボロボロになったゴットフリートの姿があった。全身から血を流しているようだが、それでもなお立ち続けている。


「ぐふっ……おのれぇえ……」

「ゴットフリート、これで終わりだ」


 俺はゆっくりと奴に近づく。だが、ゴットフリートは諦める様子はない。


「舐めるなよ、小僧がぁああ!! わしには女神様がついておる! 負けるはずがないんじゃ!」

「なんだと!?」

「くくく……、女神様の力は強大ゆえ、人の身では完全に扱うことは叶わん……だが!」


 ゴットフリートは懐から瓶を取り出すと、それを一息に飲み干した。すると奴の体が発光し始め、徐々にその形を変化させていく。


「まさかお前、人間を辞めるつもりか!?」

「ふん、貴様も邪龍と契約して人間を辞めた身じゃろう!」

「くっ……」


 確かにその通りだ。しかし、奴の場合は契約ではなく自らの意思で人を捨てようとしているように見える。これは危険な兆候かもしれない。俺は警戒を強めた。


「くっくくく……、力が溢れてくるわい! この力があれば、女神様に仇なす者どもを皆殺しにして──グォォォォッ!!」


 突如としてゴットフリートは咆哮を上げ、メキメキと音を立てながらその身体を急速に膨張させた。そして──現れたのは1体の巨大な黒いドラゴンだった。


「こ、これは……!」


 フラウが驚きの声を上げる。無理もない、その姿はフラウよりも二回り以上大きく、まさに黒き龍神といった風格があった。


「グオオオオッ!!」

「うおっ!?」


 突然、黒い巨体が迫ってきたかと思うと、そのまま押し倒されてしまった。凄まじい力で押さえつけられ、俺のパワーをもってしても起き上がることができない。


「ぐっ……重い……」

「ロイ!」


 フラウが叫ぶと、すぐさま守護龍の姿に変身した。そして、龍神と化したゴットフリートに体当たりを仕掛ける。


「グルゥオオオン!!」

「グッ……ヌウウッ」


 2つの力が激しくぶつかり合い、大地が揺れ動く。ゴットフリートの体勢が崩れた隙に、俺は奴の下から這い出すことができた。

 2体のドラゴンは互いに距離をとって睨み合う。だが、同じドラゴンでもフラウとゴットフリートでは体格差がありすぎる。このまま戦い続ければいずれフラウが力尽きるのは明白だろう。どうすれば……


「グルルァァァッ!」


 ゴットフリートが龍神の姿のまま魔法を唱えた。無数の魔法陣が空中に浮かび上がり、そこから闇色の光線が次々と発射される。


「フラウ、避けろ!……くそっ」


 俺は叫んだが、フラウは俺を庇うように立ちはだかったまま動こうとしなかった。


「グギァァァァァッ!」


 魔法がフラウの身体に直撃する音とともに彼女が苦悶の声を上げる。


「フラウ! もういいやめろ!」

『いえ、大丈夫です……。それよりロイは私の後ろに隠れていてください。ここは私がなんとかします』


 完全契約した影響なのか、頭の中に直接フラウの声が響いてきた。ドラゴンの姿では人間の言葉が話せないからなのかもしれない。


 彼女は傷つきながらも、再びゴットフリートに向かっていく。俺はそんな彼女の後ろ姿を見つめることしかできなかった。


「フラウ、どうしてそこまで……」


 思わず呟いた言葉に、彼女からの返事はなかった。代わりにゴットフリートの攻撃が次々に襲いかかってくる。


「グオオオッ!!」

「グルァアアッ!!」


 ゴットフリートはブレスを吐いたり、尻尾を振り回したりして攻撃してくるが、それでもフラウは決して怯むことなく果敢に立ち向かっていく。

 なにか、俺にもできることはないか? 必死に考えるが、ここから攻撃を放っては、フラウに当たってしまう。


 俺が打開策を考えているうちに、ついにフラウがゴットフリートに組み付いた。奴の肩に爪を突き立て、首筋に噛み付こうとする。だが、奴もただで捕まるような間抜けではない。逆に爪を突き立てようとしてきた。


「フラッ……」


 まずいと思った時には既に遅く、鋭い爪がフラウの身体を引き裂いていた。

 血飛沫が上がり、辺り一面を真っ赤な海に変える。


「グギャオオオオッ!!」

「フラウ!」


 苦痛に満ちた叫び声を上げた後、フラウは地面に倒れ伏してしまった。それでもなお立ち上がろうとする彼女を、ゴットフリートが踏みつける。


「グルルル……!」

「グガハッ!?」


 何度も、何度も、執拗に踏みつけられるフラウ。その度に口から大量の血液が吐き出された。


「フラウ! 今助けるぞ!」


「グルォオオ!!」


 俺は立ち上がり、全力で殴りかかった。だが、あっさりと避けられてしまい、逆にカウンターを食らってしまう。


「ぐっ……」


 俺は数メートル吹き飛ばされたが、なんとか受け身を取って立ち上がった。


「クソッ……魔力が……」


 契約相手であるフラウが重傷を負っているせいか、上手く力を発揮することができない。そればかりか、龍装甲すらも維持できなくなりつつある。


「このままじゃ……」


 その時、再び脳内にフラウの声が響いてきた。


『……ロイ!』

「……っ!?」

『私の力を全て譲渡します。それを使ってください……!』

「けど、そしたらフラウは!」

『元から覚悟していたことです。人間というちっぽけな存在だけど、私はそんなあなたを心の底から守りたいと思っている。──守護龍としての本能か、それとも……』

「やっぱりダメだ! 俺もお前を失いたくはない!」


 最後の力を振り絞って、俺はゴットフリートに飛びかかる。だが、奴は簡単に振り払ってしまった。


「グォォッ!!」

「がはっ……!」


 俺は勢いよく地面を転がった。全身を強く打ちつけ、意識が飛びそうになる。


「グォォォォッ!!」

「……くそぉ」


 俺はゆっくりと立ち上がると、目の前の黒い巨体を睨みつけた。──その時だった。

 突如として轟音を響かせながら天井が割れ、瓦礫がれきが雨のように降ってきた。


「うわぁあああっ!」

「グルゥオオンッ!」


 2体のドラゴンは慌ててその場から離れ、フラウが俺を瓦礫から守ってくれた。すると、上空から巨大な何かが降りてきた。


「……え?」


 それは、純白のドラゴンだった。頭部には2本の角が生えており、俺とフラウを庇うように位置取ると、ゴットフリートと睨み合う。俺はそのドラゴンに見覚えがあった。


「……アイシアか?」

『姉様……』


 俺とフラウの声に、アイシアは咆哮で応えると、俺の脳内に彼女の声が聞こえてくる。


『まったく、世話のやける子たちね。ウチ、本当は黙って見守ってるつもりだったけど、フラウが死にそうなら話は別。悪いけれど横槍を入れさせてもらうわ』

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