番外編

【番外】夜を一緒に

 いつもの就寝時間に寝台に潜り込んだ私は、思わぬ来訪者に固まった。


「今日は月が綺麗なので一緒に見ましょう」


 にこにことベッド横に立つのは元・双子の妹リサ、ライオネル様な"双つ影"。


 ゆるく着崩した夜着からはしっかりとした鎖骨が覗き、広い肩幅が大人の男性を伝えてきて、否応にも心臓が跳ねる。


(うっ、リサには悟られたくないっ。私が意識してるだなんて)


 "リサ"だった頃、彼女はよく私の布団に遊びに来ていた。

 身体が弱く、ほぼベッドで過ごす私にとって、リサの訪れは楽しいものだったし、ふたりで語り明かす夜は、ささやかながらも特別な時間だった。


 だけど私とリサがふたり一緒にライオネル・ハーリッド大公殿下に嫁いだ後、すべての状況が変わった。


 双子の妹だと信じていた"リサ"の正体は、"ドッペルゲンガー"だったのだ。


 死を間近にした者そっくりに、その身を変える"神の影"。

 幻想界に身を置く、人外の存在。


 リサは私の危機に"双つ影ドッペルゲンガー"としての力を使い、ルールを破って私の生命いのちを延ばしたせいで、いまはただの人間として、変身出来なくなっている。


 最後に模した相手の姿のまま。


 そう、私、リリアの夫、ライオネル様のお姿のままで日々を過ごすことになった"彼女"は、超絶美形な"彼"となり、けれど本人にその自覚は……、もしかして薄い?!


 そのせいか、しごく当然な様子で私の部屋にるけど。


(これは……、明日、召使いたちがなんと噂するか……)


 ただでさえ城の者には、冷酷無比と認識されていた大公殿下が妻を迎え、優しく穏やかになったと驚かれているのだ。──実際には、"リサ"が大公殿下に成り代わったせいなのだけど。


 対象を模すとき、その人の記憶、能力までも等しく写す"双つ影"は、周りに怪しまれることもなく、その後の日々をライオネル殿下として過ごしている。


 私が真実を目の当たりにしていなかったら。

 私だって、"彼"が"リサ"だなんて思いもしなかっただろう。


 でも誰が何と言おうとも、"リサ"なのだ。

 長く共に暮らした妹。


 そして今は男性。


「ええと、あのね? 一緒に寝るにはちょっと差し障りがあるかなぁって思うの」


 おもに私の心臓が。

 表向きは夫婦なんだけどね。


「!! やっぱりこんな"クズ野郎"の姿だから──」


 私に断られるとは思ってなかったのか、ショックを受けたリサが下を向く。


 リサはふたりきりの時、本物のライオネル様のことを"クズ野郎"と呼んで嫌っている。

 そもそも"双つ影"がライオネル様になったのは、本物のライオネル様がリサを殺し・・・・、私も殺そうとしたのが原因だったから。


 "双つ影"が本来の姿を見せて、私を襲ったライオネル様を断じた。


 ライオネル様の変わり果てた肉塊は、長年、城に巣くって領主ライオネル様ご自身に悪行を重ねさせた元凶、"禍つ闇"として"双つ影"が処理させたらしい。


 お城の人たちは、まさか自分たちのあるじの遺骸を処分したなんて、想像すらしてないだろう。


 だってライオネル様は、普段と変わらぬ姿でそこにいるのだから。

 

 私とライオネル様の夜の営みがまだなことは、地下室の怪異に巻き込まれたふたりの花嫁のひとり、リサの死をいたんでのことと受け止めていたようだった。


 けれど今夜、リサは来た。

 ライオネル様の姿で、普通に。


 たぶんこれまで来なかったのは、大公の執務を夜にこなしていたから、という理由が推測される。昼時間を私のためにいていたもの。


(今日は時間が空いたのね)


 でも困る。

 ただ眠りに来ただけだと、私は知っている。けれど周囲はそう思わない。

 なんとかリサを傷つけずに、部屋に戻ってもらわないと。


 それに……妹にドキドキしてるなんて、リサに変に思われちゃう。

 

「ち、違うの。ほら、いまのリサは身体が大きいでしょう? ふたりでベッドに入ると狭いと思って、だから……」


「? 十分に数人眠れるサイズの寝台だと思いますけど……」


「わ、私って寝相が悪いじゃない? 転がって蹴ったりしたら悪いわ」


 その言葉に、機嫌を直したらしいリサが、クスッと笑う。


 神の最高傑作と言っても過言ではない、極上の容姿で。


 美男子の微笑み、威力が絶大すぎる。即落ちしそう。

 そのうえとろけるように甘い声で、とんでもないことを言う。


「リリアに蹴られたことなんてありませんが……。気になるなら私の寝室に来ますか? あちらのベッドの方が広くて、きっとリリアも自由に転がれます」


 オー! ノー!! それこそ、どんな話が広まることか!!


「冬になり、狩人星が降りてきましたね。思った通り、この位置からは夜空がよく見える」


 はっ!

 私が頭を抱えている間に、リサが潜り込んできてた。

 のんびり大窓を見上げて嬉しそうだ。

 

 リサだけど、リサじゃない香り。

 心地よい、異性の体温。

 待って待って待って、ちょっと待って、リサ!!

 

おねえさま・・・・・とご一緒出来て嬉しいです」


 言いながら身を寄せてくる相手に、私はもう何も言えなかった。

 普段、ライオネル様の演技中は名前リリア呼びしてくるリサが、甘えさせろと伝えてきたのを感じたから。


 なんで腕で包んでくるの、とか。どうして私の首筋に顔を押し当ててるの、とか。いろいろ思うことはあるけれど。

 

 ねえ、リサ? わざとじゃないわよね?


(この子、どこまで天然で、どこまで計算なのかしら)


 ひとつはっきりしているのは、"双つ影"が以前むかし現在いまも、私のことが好きだということ。

 そして私は、そんなリサに弱いということ。



 翌朝、意味深にニコニコしている侍女たちに囲まれながら落とした溜息は、爆睡後でご機嫌なリサの前に儚く散じたのだった。

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