第54話 通り夢のかんばせ 7
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ホテルの中へ真っ白の鼠が四匹、駆け込んで来る。鼠たちは協力して薄い木の箱を運んでいた。
箱は例年通り、綺麗な赤と白の紐で封をしてあった。
私はそれを受け取り、お駄賃に赤飯を投げてやる。鼠は〈花嫁行列〉の使いだ。行列を見送った者に贈り物を運んできてくれる。
贈り物は、一見些細な物だが〈ホール〉に居続ける〈花嫁〉の持ち物である。客人が〈ホール〉を出入りしてもなくならないし、例えばこの紐は、小さな悪夢なら捕縛することができてしまう。
この〈お土産〉も一月四日の楽しみの一つだった。
「やれやれ。また無茶をしたものだね。私のところからはきみのトリックが見破れたけれど、それでも冷や冷やしたよ」
老人がいった。私は「本屋」と呼んでいた。
〈見ていたのか〉と私。
本屋は頷く。
私は射手が潜んでいたことに気づかなかったし、射手は本屋の存在に気づかなかったわけだ。
「結局、きみは〈花嫁〉の貌をみたのかな?」
〈今更どうして戻ってきた? 「教授」は死んだというのに〉
「善通寺に知り合いがいてね。そのついでに寄ってみた。家は今京都にある。ところで〈花嫁〉の貌を視たのかね?」
老人は拘った。
かつて〈ホール〉の調査をしていた「教授」と呼ばれる男がいて、「本屋」は彼とと親しかった。
「本屋」は〈ホール〉だけに存在するという、ある書物を探していたのだが、友人を失った後は〈ホール〉から遠ざかっていた。
「で、どうなんだい? 視たのかい」
〈視ていたらここにこうしていられないだろう〉
と私は応えた。
「そうかね。そうならいい。しかし、もし視たうえで無事でいるとしたら、きみはもう人間の範疇にないものになっているのではないかと、そう危惧した次第でね。行列を視ればわかるが〈花嫁〉が連れて行くのは人間だけだからね」
そういって老人は探るような目をこちらへ向けた。
私は黙っている。
詳細をいうつもりはないが、例の〈黒犬〉に関わる一件の際、私はこの男と一度決裂していた。
「本屋」は苦笑すると話を変えた。
「新しい友達は出来たかい? その人たちは今のようなきみの姿を受け入れてくれるのかな?」
〈私を受け入れるも拒むもホールでは自由だ〉
「僕は心配していっているだけだよ。でもまあ、今日の所はこれくらいにしておこう。名刺を、といっても君は受け取らないだろうから、どうしようかな――そう。僕を訪ねたくなったら善通寺の『ののの』という変な名前の古書店を訊ねたらいい」
〈少し前に黒犬がでました。あれはあんたを追っていたのか?〉
「――なあ君。人間だというなら、君。まだ悪夢は視るかね?」
〈……視るからここにいる〉
と答えたときには彼はもう居ない。羽織から取り出した古書を広げて、そのなかへ消えてしまった。その本が彼の〈扉〉なのだ。
勝手な爺ぃだ。いいたいことだけをいって帰ってしまった。
その後、しばらくしてから詞浪さんがやって来た。私の嘘は見破られていたらしい。
「おいっすー。前会った時の言い方が変だったから何かあるかと思って来てみたんだけど……もしかして乗り遅れた感じ?」
烏賊の集合体になった私を視て、詞浪さんは驚いている。
〈お嫁さんのお菓子食べますか〉
と私はいった。
鼠が持ってきてくれた箱の中身は、このお菓子だ。
麩菓子のように柔らかいおせんべいで、まわりに砂糖水をまぶしたある。優しい、えもいわれない甘さがあって、これも楽しみにしていたものだったが、烏賊君になってしまった今ではまともに味わうことができない。
「食べる。カロリー消費したとこだし」
お嫁さんのお菓子を食べながら、詞浪さんはいった。
「そういえば、さっき美術館の前で声のデカいおっさんに呼び止められたよ。知り合い? 此所に来るっていってたけど」
〈ああ。ああ〉と私。
カトウだろう。あの男も忠告を無視して〈ホール〉に来たらしい。
その段になって私は、詞浪さんに自分の姿をはっきり見せ、この姿をどう思うかと聞いた。
彼女は当たり前の様に、
「おもしれー」
といっただけだった。
私は改めて名乗った。
〈どうも。かんばせとお呼びください〉
「やだよ。メアーさんって呼ぶよ」
羊のダンスホール 羊蔵 @Yozoberg
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