第36話 メリー・メアーの長い首 5
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「よくある話だ。借金苦で俺の親父が自殺して、それを発見したのが俺たちだった。盆の祭りの最中だった」
美術館のいたるところに首吊り死体がぶら下がっている。
我々は逃げた
「で、死体を見たあいつは逃げちまって、警察やらなにやら俺がぜんぶやった。あいつ、そん時のことが忘れられないんだろうな。今でもことある毎に思い出すらしい。で、耐えられなくなって酒を飲むわけだ」
「それであいつ……ばあちゃんが亡くなった頃からかな。おばあちゃんっ子だったていったろ? 一気に気弱になって自殺未遂までやらかした」
「ええ……面倒くさいヤツ」と
「まあ、街の嫌われ者の家に生まれて、まだ現役で金貸ししてる自分の親父への反抗心みたいなのも手伝ったのかもしれねえなあ」
「じゃあ首吊り死体なんか見たら今やばいんじゃないの? また自殺しちゃうんじゃ?」
「だから追っかけてるんだ」
「あっ。そういうことか」
詞浪さんは次のように推測した。
多分、
酔い潰れてしまえば首吊りの悪夢を見ないですむ。
外にも首吊り死体が沢山ぶら下がっていた。
そのうち一体の死体がギシギシと動いて正面の方角を指さした。
夜祭りでもフェリーの方角でもない、道路をはさんだ向かい側を指し示していた。
「おやじさんが教えてくれたじゃん」
詞浪さんがいったが
当然だが、首吊り死体は悪夢の中のモブであって、群平おじさんの幽霊だとかそういうものではない。
「けっこう近くにいたな馬鹿野郎」
鳥居に縄を掛けて、一体の
今まさに首へ縄をかけたところで、あとは足場にしている自転車が倒れてしまえば首吊りは完了という段階だった。
「ごめんなさい群平おじさん、ごめんなさい」
膝の震えもあって、自転車はぐらぐらと今にも倒れそうだ。
「今からそっちいくから動くなよ。酒もってくから」
少なくとも表面上は、近づけばすぐにでも首を吊る、という態度だった。
「酒なんて飲まねえよ! 飲んだら俺、気がデカくなって調子こいて死ねなくなるから……」
彼らの議論がはじまったが、我々には口げんかと区別がつかなかった。
「俺を情けねえヤツだと思ってんだろ
「すげえ思ってる」
「死んでやる!」
「いいから、そういうの」
「あっ面倒くさい顔した! やるからな。やるかなら! ね? おじさん、俺やるから。おじさんなら知ってるよね、俺マジでやるから」
「ひとの親父の死体と通じ合った感じ出すんじゃねえよ気色の悪い」
「うるせえ! 俺は毎晩、夢でおじさんと会ってんだよ。うん……そうだよ、毎晩はいい過ぎたよ。月一だよ!」
「いいから降りろ。タイミング的にもう無理だろ、見つかってんだから」
「見つかっても関係ねえよ。す、隙みて死んでやるからな! 都度都度でやるつうの」
「面倒くせえから諦めろって」
「ついに面倒くさいっていいやがったな! 悩んでんだぞ! それに……お前だって俺に死んで欲しいんだろ? ホントのこといえよ」
「いや、どっちでもいいけど」
「どっちでもいいとかいうなよ……そういうのが一番困るわ……」
「どっちでもいいんだから、とりあえず止めとけよ馬鹿。お前、ここで死なせても借金なくなるわけでもねえしよ、文字通り俺の目覚めが悪くなるだけだろうがよ。親父と一緒になって俺の夢見を悪くしたいのかよ、お前」
「俺が死んだらアホな最後だって笑ってくれ」
「無理だって。俺お前のギャグとかでも本気で笑ったこと一回もねえし」
「もう死んでやるよ! なんも良いトコねえよ俺の人生!」
そのあたりになって、私たちは自分が肝心なことを言い忘れていたのに気づいた。
死ぬ死なないで揉めてるところ申し訳ないのですが、と私はおずおず声を掛けた。
「なんだよ?」
「なに!?」
二人は言い争いを止めてこちらを見た。
隣で群平おじさんがゆらゆら揺れている。
二人が静かになったところで、私は吊っても良いのでは? といった。
「え?」と二人。
〈ホール〉では我々は基本的に死亡することはない。人間性を失ったり、行動不能に陥ることはあっても、死ぬという概念は存在しない。
だから、もし首を吊って動けなくなったとしても〈扉〉を使って現実へ帰ればそれで問題はない。
夢の中で自殺したからといって、現実で死んだりしないのと、それは同じことだ。
「え? 死なないの?」
縄に手をかけたままで
「西瓜人間になって脳ミソ食べられても死なない」
詞浪さんはいい、脳ミソまで黒焦げになっても死にませんと私も請け負った。
「そうなのか……」
「あそう。あっそう?」
二人の男は、お互いの顔へ向き直ると、別々の調子で頷き合った。
「じゃあ、まあね? お騒がせしました、みたいな、ね?」と足場から降りようとするのを、
「じゃあ吊れるな」と彼は笑った。
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