第7章 恋のテークオフ

 クリスマスの煌めく景色が目の前に限り無く広がってゆく。


 見るのも聴くのも初めてなものばかりである。大都会のビルの狭間に佇んでいるのに、フワフワと白い綿毛のようなものまでちらついてきた。


 初雪の便りだろうか……。


 色とりどりのオーナメントと七色のライトが一定のタイムラグで光り輝き、厳粛なイブのロマンチックな時間をこの上なく盛り上げてくれる。


 聖樹の下で佇んでいるのは、ひとりではない。信じがたいことに綾瀬さんという美少女と一緒なのだ。たとえ夜更けが訪れようともゆっくり案内して貰いたくなる。彼女は時計台を指差し、そっと口を開いてくる。


「七時になると、百年の時を告げる鐘の音が届くの。耳を澄ませて聴いてね」

 

 百年の音色ってどんなものだろうか?

 知りたくなってゆく。


 キャンパスのシンボルからチャイムが届いてくる。思いがけず、オーケストラが奏でる森に飛び交う小鳥の優しい囀りのようだ。


 時計台のレンガ校舎は百年前からあって、時計の針は雨の日も風の日も裸のまま回っているという。ライトアップされたが、カバーなど付いていない。しかも、職員が手巻きで時間を整えているらしい。


「人の力で百年前から歴史の時を刻むなんていい話だなあ……。」


 思いがけなく呟いてしまう。デジタルの世の中では時代遅れの長物かもしれない。

 でも、過去から未来への貴重な宝物のような気がしてくる。辺りを見回すと、キャンパスには沢山の人々が訪れ、ただひたすら時計台の音色に耳を傾けている。


 若いカップルがいるかと思えば、ご年配の人達も見受けられた。

 皆はどんな過去を思い出しているのだろうか……ふと気になってしまう。綾瀬さんの茶目っ気ある言葉の響きが届いてくる。


「あれ、ハリー・ポッターの魔界の巣窟への入口なの。今七時だから、コースの終了時間は九時ぐらい。遅くなっても平気かしら」


「俺なら泊まりだから大丈夫。でも、魔界の巣窟って何ですか? 」


「キャンパス内にはレトロとモダンが調和する舞台が沢山あるから。皆で勝手に声を揃えてそう呼んでいるの」


「へぇ~すげぇや」


 次第に自分らしい呟きが漏れてしまう。彼女も同じ思いのようだ。


「そろそろタメ口に変えない。先輩も後輩もなく同じ年代なんだから。その方が楽でしょう。浩介で良いかしら。私も結菜ゆうなの呼び捨てでいいよ」


「本当かいな。ビックリや」


 会ったばかりというのに正に幼馴染みの感覚となってゆく。彼女は美人なのに機転まで利く美少女である。もう情けないことにメロメロとなっていた。


「少しだけ、ちょこぼらない」


結菜ゆうな。何それ、チョコレート? 」

 甘えて、呼び捨てにする。いい名前だ。


「これ、奈良弁で座ろうという意味なの。面白いやろう。だって、疲れたでしょう」


 もうすっかり友だちとなっていた。


 芝生に並んで腰かけ、美しい景色を眺めてゆく。もしかしたら、まるでカップルのように見られていたかも知れない。少しだけ図に乗って口を開いてゆく。


「本当に綺麗だね。故郷にはない景色や」


「この景色に憧れて上京したから嬉しい。頭悪いから頑張って勉強したの」


 冗談だと思ったが、結菜もクリスマスの景色を見るのは初めてのはず。自分ばかり感動していた訳ではないのだろう。


「えっ……そうなんだ」


 頷きながらも、少なからずビックリしている。確かに大学案内の写真にもヒマラヤ杉のイルミネーションが使われていた。でも、予想もしえない返事がされてくる。


「本当の志望動機は内緒にさせてね」


 結菜は恥ずかしそうに顔を赤らめて両手で頬を隠したりしている。つくづく謎めいた女性である。

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