第6章 初めての出会い
「仲川 さんですか?」
何の前触れもなく、呼びかける声がする。振り向くと目の前に黒髪を風になびかせる女性が笑顔を浮かべ立っている。
ポニーテールの髪に赤いリボンを結び、爽やかな果物の香りまで届けてくれる。真っ白なダウンパーカーがよく似合っていた。都会的で洗練された女性は見たことがない。いや違う。可愛いと表現する方がピッタリくるだろう。いずれにしても超が付くほどの美少女である。
「はい。仲川 浩介です」
手に汗をかき、慌てて生徒手帳を取り出し彼女に見せてゆく。
こんなことは初めてだ。
「待たせちゃいましたか? 今夜のコンダクターをする
「いいえ、全然、いま来たばかり」
いやあー可愛い。声も最高である。
会ったばかりというのに胸の高鳴りまで感じてくる。照れ隠しに女性の口元ばかり見惚れてゆく。ひと目で気に入ってしまう。
無理もない。これまで中学高校と男子校で過ごし、教室にはスポーツ刈りのいがぐり坊主ばかり。
アオハルなど高校の美人教師に憧れたぐらいとなり初恋すら経験していなかった。少しだけ、顔を赤らめていたかも知れない。ところが、もっと驚きを隠せなくなってゆく。
「今夜のツアーは二人きり。キャンセルが入ってしまったの。きっと、クリスマスイブだからかなあ……。皆、頑張ってるのかしら」
「えっ、僕一人でも案内してくれるの?」
僕なんていう言葉を使うのも久しぶり。
けど、彼女の方が先輩となり、言葉を選んでいた。
「もちろんですよ。今回コンダクターに選ばれて嬉しかったの。来春の大切な受験生、せっかく京都から来たのですから」
「はい。京都でも海の方ですけど」
綾瀬さんは自分の出身地もお見通しのようだ。木枯し吹く寒い中、口元をほころばせながら、意外なことを聞いてくる。
「嘘でしょう。京都にも海があるの?」
「ええー、北の方なら」
「ビックリした~。良いなあ……。私、海なし県の奈良出身なの」
「中学の修学旅行で行ったけど、京都と同じように良いところだよ」
「本当ですか。嬉しい」
彼女が表情を和ませているのに気づく。きっと故郷を誉められて嬉しいのだろう。彼女はひとつ年上だった。
「お寺もいっぱいあって何か似た者同士の雰囲気がしたよ。残念ながら大仏は京都にはないけど……。」
「違うって。豊臣の時代にもっと大きなのがあったの。焼けちゃったけどね」
綾瀬さんのあまりの博識にビックリしてしまう。今春文学部に入学したばかりで日本史を専攻する一年生だと教えてくれる。
けれど、どうしても年下に見えてしまう。小顔で可愛いのだ。会って間もないのに、思いがけなく話が弾んでゆく。
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