竜宮城に棲まう者1
「おおー、アレが“竜宮城”か!」
梨丸は水辺の砂地に足を止め、こんもりとした湖上の島を眺める。
少年少女と巨大なサメは、ついに目的地である
まだ昼過ぎだろうか。これなら調査を終えて戻ればなんとか今日中に地上へ帰れそうだ。
湖の中の島・
梨丸は島から見て北北西の水辺から景色を見渡した。南には、生い茂る木々で丸っこく見える島。その向こうには青空を背景に富士山が映える。
水棲モンスターからの不意打ちを警戒して、若干陸地寄りに立った。
実際現場に来てみると、思ったより島まで遠かった。探索士ショウの話によると相手と普通に会話も成立していたようだが、これではよほど大声を出さねば対岸まで届きそうにない。表情を読み取るなど無理だろう。
こちら側の周囲は砂地と木々が半々といった感じだ。
おそらく地上ではどこかの施設の敷地内にあたる場所なのだろうが、魔界には地権者も法律も無い。どこへ進入しようと全ては自己責任なのだ。竜宮城へ行ったまま戻らなかった探索士ヒロのように。
梨丸は荷車を停車させてから肩をほぐした。
「いやぁ〜、久しぶりに結構な距離を歩いたなあ」
「富士山の手前に島があるのって何かすごいね。ここでしか見られない景色」
リリはメガロドンの巨体に手をついてから片足を上げ、足首のマッサージを始めてしまった。細い足首の下で小さな足が揺れる。田舎自慢をするわりにはあまり歩かないタイプなのだろうか。
「まあ観光なら平和な地上でゆっくりしたいところだけど……さて、どうするかなあ。竜宮城のイロコちゃんの目撃例はほとんど夕方だし、キャンプの準備でも始めちゃおうか」
「本当にこの辺って平和なんだね。河口湖にさしかかってからモンスター全然見かけないし」
梨丸は荷車の中から簡易な椅子を2脚取り出して砂地に置く。
「その辺が面白いんだよねえ魔界って。どう見ても普通じゃないモンスターばっかなのに、縄張り意識とか生態系とかは普通の動物っぽくて」
「ああ疲れた。ちょっと休ませて」
リリは椅子に腰かけると、真白いふくらはぎを
「——そういえば
「やっぱり生き物である以上、モンスターも死ぬのは怖いんだよ。最強種の縄張りに入ってくるようなのは、よっぽどの命知らずか、飛行系モンスターが羽根を休めに来るか」
「さっきのウォーターエレメンタルみたいにいきなり水の中から攻撃こないよね……」
陸と空と水中をひと通り警戒したあと、梨丸も椅子に座った。
「河口湖周りでのバトルってほとんど報告されてないんだよね。ショウからの説明でも首長竜みたいのが出てきたっぽいけど、襲われなかったみたいだし」
「ここが平和なのってなにか理由があるの?」
マッサージを終えたリリは、長い脚を前方に放り出した。
「どうなんだろうなあ。先代の最強種だったフェンリルは市街地一帯が縄張りで、今は竜宮城の乙姫が湖の支配者。だからモンスターが陸にも水にも近寄ってこないのは理解できる。でも河口湖にいるはずの奴らまで襲ってこないのは何でだろ。魔界のモンスターは人間を敵視してるはずなのに、不思議だね……」
「やっぱり竜宮城の乙姫の方針かな?」
「たぶんね。イロコちゃんに『竜宮城においでませ』とかやらせるくらいなんだから。人間に興味があるんじゃないのかな。島までは亀の背中に乗せてくれるっていうし」
なにか気味の悪いものでも見るかのように、リリは爽やかな水辺に目を落とす。
「でも、竜宮城に行った人たちは誰も帰ってこないんでしょ……?」
「そこが謎なんだよなあ乙姫。人間が欲しいなら竜宮城のモンスターに命令して捕まえさせればいいのに、それはやらない。ただ呼んで、招いて、帰さない。意味不明で不気味なんだよ。まあそのミステリー具合がたのし——」
「……どうしたの?」
リリはゆっくりと腰を上げる。
「いや……何か変なのが見えたような気がして……」
梨丸は島に目を凝らした。湖の水面というのは一定のリズムで揺れ動いている。そこに不規則が混じった場合は、何らかが水中に潜んでいることを意味する。木々のざわめきも同様だ。
対岸の島にほんのわずかでも変化があったなら、そこに何者かが出現したと思っていい。魔界では人間など弱小生物なのだ。敵襲に適応できないようでは探索士として生き残れない。
やがて、島に密生する木々の間からひとりの少女が姿を現した。
浴衣姿の女の子。ラメ入りではなく浴衣全体に真珠質の素材を貼り付けているかのようだ。
表情など確認できないような遠距離にあっても、何となく幼そうだという印象を受ける。その細やかな首からは質素なネックレスを下げていた。少女の胸元を飾るのは宝石や貴金属ではない。それは乳白色の三日月状の物体。
魔界の秘宝のひとつ【フェンリルの牙】とみて間違いないだろう。
今までは魔界最強種・竜宮城の乙姫だと思われていた相手。
湖上の島の船着き場に、ぽつんと
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