オーバーレイテッド——用心深さにも限度がある1

 梨丸がゴールデンゴルゴーン対ドラゴンの様子を話し終えると、リリからの素直な感想が飛んできた。少女はとても感心しているようだった。

「よく生きてたね……」


 当時の状況を思い出し、少年はしんみりと幸せを感じる。あのときに比べれば、この喫茶店内はなんと平和なことか。

「ホントそうだよね、よく生きてたよ俺。ドラゴンのブレスがちょっとこっちに来ただけで、たぶん即死だったのに」

「あの美人さんってミサイル並の攻撃できたんだ……こっちもミサイル持ち込めない?」


「持っていけりゃモンスター相手に無双できるんだけどねえ」

 リリから冗談交じりの微笑が出てきたので、梨丸も釣られて笑ってしまった。相手が魔界最強種だろうとドラゴンだろうと、どうにかすれば倒せる。その実例が場に希望をもたらしたのだろうか。


 お通夜つや状態ではまともな作戦会議などできないと心配していたのだ。梨丸は安堵した。そして冗談めかしてきいてみた。

「——そういえばリリってウエスト何センチ?」

「え!? は……? なにいきなり……」

 リリは腹部を両腕で隠してしまった。


 別にセクハラや冗談ではなかったので、梨丸は話を続ける。

「いや……変な意味じゃなくて。えーとさ、鉄骨ってあるでしょ?」

「……うん」


「で、その中でもH形鋼ってやつがある。縦横どっちも幅があって、でも中間部分はスカスカで軽量化できてるってやつ」

 梨丸は、リリが持ってきたルーズリーフの空きスペースに簡単な絵を描いた。

「見たことはある」


「それでワリと小さめの規格で150×150ってのがある。単位はミリね。じゃあこのサイズのH形鋼をウエスト測るみたいにすると何センチになるかな?」

「センチに直すと15センチだから、4面で60センチでしょ?」

 なにかの引っかけ問題ではないか、という疑問が少女の顔に浮いていた。


「そう60センチ。だいたい女子のウエストと同じくらいでしょ。でも同じ太さでも鉄骨の方が圧倒的に頑丈。だから魔界最強種たちの骨も、そういう別素材でできてるんじゃないかって推測なんだけど」

「ウエスト60ってアイドルとかの自称だから、実際の女子はもっと……」


「……そうなの?」

 しかし全体的に細いリリならそれくらいの数値ではないかというのが梨丸の目測だ。

「——リリの骨が鉄骨とかカーボンファイバーとかだったら、ドラゴンの踏みつけストンピングにも耐えられるんじゃないかな」


「どうなんだろう……」

 リリは両手の平を真上に上げて、なにかを支えるようなポーズになった。


 少女の手首は細く、肩も華奢だ。人間ひとりすらリフトアップできないだろう。だがその骨格が高強度素材によって構成されていたら、数トンもの重量に耐えるのではないか。建設重機を持ち上げるジャッキも、その素体は細い鋼材と油圧なのだから。


「まあ今のところモンスターたちの骨が金属だって例は見つかってないけどさ」

「そうか、梨丸もこの前ワイバーン取ってきてたもんね」

 少女は腕を下ろした。


「あれも骨は普通っぽかったよ。かじったティラノの歯が欠けちゃうとかなかったし。でも最強種は不明な点が多すぎる。実際にドラゴンの巨体を支えるところを見ちまったから、絶対普通の肉体構造じゃないはずなんだけど」

「あのモデル体型で馬の突進を止めるのも、普通に考えれば不可能だよね」


「だから相手の戦力を過大評価しすぎるくらいで丁度いい。そうしないと絶対返り討ちに遭って終わる。面倒だけど、生き残るためには過剰なくらいに準備しないと」


 ◆ ◆ ◆


 山裾やますその道路を梨丸とリリが並んで歩く。腹ごなしに朝の散歩をしようということになったのだ。人前ではできない話をしなければならないというのは、少年が言わなくても少女に通じたのだろうか。


 登山道で有名な富士スバルラインを除き、基本的に鳴沢町の道路はガラ空きだ。道の両側はすぐ林になっている。木々に蓋をされて富士山はほとんど見えないが、天気はいい。


 市街地のある北側から魔界関連施設のある南側までは、魔界探索士専用道が整備されている。魔界の突入杭から出てすぐの位置に、町役場の出張所である魔界物資査定所がある。そう遠くない位置には猛獣を預ける厩舎きゅうしゃ


 魔界から出てきたばかりの探索士がスムーズに仕事を終えられる配置だ。もっとも、税収源である探索士への配慮というよりは防疫面を考慮してだろう。


 リリは歩きながら大きく振り返り、道路の後方を確認していた。前方と同じくそこに人影はない。たまに通り過ぎていくのは車であり、歩行者は皆無といえる。

「自治体を支える産業だっていうのはデータで見たけど、魔界探索士ってホントに数が少ないんだね」


「まあハイリスクハイリターンだからね。昔はもっと数がいたみたいだけど、結局は俺みたいな慎重派しか生き残らなかった。だから人でごった返すっていうのは滅多にない」

「ワタシと梨丸が最初に出会ったときも、周りのみんなはティラノサウルス目当てだったもんね」


「そうなんだよ。厩舎は防疫ぼうえき面が理由で見学禁止だから、写真撮るならここしかねえって出待ちされちゃう。撮影くらいならいいんだけどフラッシュ焚かれるのは困るね。動物ってそういうのにびっくりしてパニック起こす可能性もあるし」

「ああ、動物園も普通はフラッシュ禁止だよね」


「そうそう」

 雑談をしながらしばらくは散策する。どこまでいっても人影のない田舎道。盗撮や盗聴の心配はない。森林整備用の脇道に入れば、そこは無人地帯だ。


 リリが梨丸に腕を絡めてきた。そして深緑のざわめきに混じって、少女のか細い声が聞こえてくる。その声には心の底から絞り出すような心細さがあった。

「お願い、お願い。絶対に万能細胞を取ってきて。途中でやめるなんて言わないで。他の人に売るなんて言わないで」


 少女は落ち葉の積もる地面に目を落としていた。その柔らかな身体を通して、心臓の鼓動までもが伝わってくる。


 その態度も、心理的にも、これが『すがり付く』というものなのだろうと梨丸は思った。彼女としては家族の命がかかっているのだ。


 エルフの万能細胞の5000億円というのは、あくまで時価である。もし梨丸が万能細胞を取ってきたあとで、大富豪がそれを買い取ると言い出したらどうなるか。世界的大企業のCEOなら、不治の病に冒された家族を助けるためにそれ以上の金額を提示するのは間違いない。


 少年が途中で諦めないか、他人に売らないか——魔界最強種の恐ろしさを体感したことで、少女は不安がわき上がってきたのだろう。


 希少レア度でいうなら小惑星の砂の方が入手困難だが、万能細胞には病気や怪我の完全治癒という唯一無二の実用性がある。

 本来なら18歳のリリが入手できるような代物ではない。


 かつて少女が『人生を売っても買えない』と門前払いされたミラクルアイテム。それを手に入れてほしいという常識外の依頼なら、契約内容は常識を越えたものになる。それは他人には聞かせられない。


 喫茶店内で話すのは不適切なので、こうして外に出たのだ。

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