最も凶悪な生物4

 事実を口にしただけとはいえ、梨丸は気が重かった。目の前で美人の機嫌がどんどん悪くなっていくというのは精神的にキツいのだ。しかしこれはどうしても忠告しなければならない。もし共に行動しているときに彼女が身勝手なことをした場合、少年にも命の危険が及ぶ。


「ごめんね……でも生き残るためには重要なことだから。こういう喫茶店とかレストランで先輩探索士が後輩に忠告するってのは業界の慣例なんだけど、それを無視する新人っていっぱい居た。で、だいたい生きては帰ってこなかった」


 思ったよりリリの神経は逆立っていなかったようだ。ハーブティーをぐいっと飲み干し、気持ちを落ち着かせるように大きくゆっくり息を吐いてから少女は微笑を浮かべた。

「ううん、注意してくれてありがと。それに教えてほしいって言ったのは私の方だし。妹のために命を懸けるつもりだけど、無駄死には嫌だから」


「そうそう、あくまで命を助けるためなんだから。リリが死んじゃったら意味ないよ。生き残るのを最優先に考えないと」

 これが一攫千金目当ての人間だったら、間もなくして魔界管理局の『帰還者きかんしゃ』名簿へ載ることになるだろう。魔界に行ったまま帰ってこない人間は死亡確認ができない。それは一定期間経過後に『未帰還者』として扱われる。梨丸の父親もそのひとり。法的には死亡と同じだ。


 撮影機器が持ち込めないため、世間の人々は魔界を甘く見ている。人跡じんせき未踏みとうの危険地帯ではなく、登山などと同じような危険度という扱いなのだ。


 そのため、新人はベテラン探索士の忠告を無視することが多い。魔界の真実を知らないからこそ『まだ誰も発見していない最高の魔界攻略法』が存在し、それがうまくいくと慢心してしまう。


 欲に目がくらんで周りが見えなくなった人間は、もはや説得不可能だ。また、探索士にはそのような新人を引き留める義務もない。成人した者が、あくまで自らの責任において魔界という危険地帯に足を踏み入れるのだから。


 世の中に都合のいい話など無いと悟るのは、もはや非業の死を遂げる寸前だろう。

 経験者が過剰なまでの危機管理をするのはそれなりの理由があるのだ。


 リリはルーズリーフの別ページを出してきた。そこにはゴルゴーンとドラゴンのイラストが描いてあった。見覚えのある絵柄だ。

「やっぱり直接戦って倒すしかないのかあ……梨丸が前いってたこと教えて? ゴールデンゴルゴーン対ドラゴンの戦いってやつ。大きさの対比はこれくらいだよね?」


「お、これ漫画の絵? それとも画集?」

 それは魔界ものの作品で有名になった、覆面漫画家のイラストだった。画家・イラストレーター・漫画家など画業全般を見ても、魔界に直接足を運んだことのある業界人は非常に少ない。作中で描かれたビジュアルイメージは業界のスタンダードになっている。魔界管理局のパンフレットにも採用されているほどだ。

「これ画集にあったイラスト。大きさ調整してコピーしてきたの」


「わかりやすいよね。生息地とか特徴とか」

「でも……この体格差で本当にゴールデンゴルゴーンが勝ったの……?」

 リリが不思議に思うのも無理はない。ゴルゴーンの圧倒的な戦闘力を直接目にしてなお、ドラゴンの威容は絶対的な強者感をかもし出す。


 ゴールデンゴルゴーンは今までに数個体が確認されている。身長はおよそ160センチ。日本人女性の平均とあまり変わらない。下半身の蛇部分はともかく、腕や腰は細い。そんな身体のどこにあれほどのパワーがあるのかは全くの不明だ。


 対するドラゴンは、歩いている状態で背中までの全高がおよそ3〜4メートル。個体にもよるが、推定体重は10から20トン。重心が低く安定感がある。脚も全てが太く、まるで巨木だ。トラックとの正面衝突にも余裕で耐えるだろうと言われている。首はやや細長く頭部もティラノサウルスほどではない。だが全体的なシルエットは梨丸の相棒・ネックより1周りほど大きい。


 こんな巨体が空から襲いかかってくるのだ。ゴルゴーンのように華奢な女性型モンスターでは勝ち目がないと思うのも無理はない。


「この重量ウェイト差で勝っちゃうから最強種とか呼ばれてるんだよね……こいつ。おれも実際目にするまでは信じられなかったよ」

 梨丸はそのイラストを見て、当時の様子を思い出す。

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