最も凶悪な生物3

「ああ……難しいなあ……」

 少しでもエルフの万能細胞入手確率を上げようと、知恵を絞るのは理解できる。それが空振りして、リリは気落ちしてしまったようで顔を下げる。

 だがすぐに少女は顔を上げた。ライトグリーンの力強い視線が少年を射貫く。

「——じゃあこっちはどう!? ゴールデンゴルゴーンって名前から、とりあえずギリシャ神話のゴルゴーンについて調べてみたんだけど!」


 梨丸はリリのことを見なおした。彼女の精神はかなりタフなようだ。喫茶店で愚痴っても意味がないと理解して、行動を起こせる。弱音を吐く時間があったら策を練るべきだという考えは、探索士として生き残るのに必須条件だ。

 少女の広げたルーズリーフには、神話上の怪物について詳細が記されていた。


「おー、細かく調べてあるね」

「でも現物を見た後だとかなり疑問があるんだよね。神話のゴルゴーンって髪の毛が蛇で、見た人間を石に変えて、下半身は人間か馬。でも魔界のアレは髪の毛が普通に金髪で、見ても石にならないで、下半身は蛇でしょ?」


「あれが【ゴルゴーン】って生物種なのか、よくわからないんだよね。名前も誰が最初に言い出したのか不明だし」

「……そうなの?」

 リリは口を半開きのままテーブル上に目を落とした。勉強の成果が無駄になってしまったと落胆しているような雰囲気だ。


「だからまあ、あいつの名前とか見た目から弱点を探るのは無理じゃないかな」

「でも!」

 少女は紙面に描かれた顔の絵を指さした。それは神話に語られるメドゥーサの生首だろう。

「——調べてみたら、メドゥーサの首から出てくる血液は2種類あるって。片側が猛毒で、もう片側は死んだ人間を生き返らせるような薬。だからあいつがゴルゴーンだってのも、全くのデタラメじゃないのかも」


「へえ……そんな伝承があったんだ」

 梨丸もそれは初耳だった。メドゥーサというのがゴルゴーン3姉妹の1体だというのはともかく、血液の効用までは知らなかった。

「だからあいつに関する情報を洗い出せば、攻略のヒントが見つかるんじゃないかな?」


「その考えはかなり危険だよ、リリ。現実と伝説を安易に結びつけるのはすごい危険。ゲームでよくあるような弱体アイテムとか特効とっこう武器なんかは、現実には存在しないよ。例外は毒だけどこれもダメ」

「……毒も効かないの?」


「探索士も最初のころはワリと毒を使ってたみたいなんだよね。トリカブトとか、フグ毒のテトロドトキシンとか。でも大して効かなかったみたいだから今じゃ誰も使ってないよ。逆にこっちの猛獣たちの口に入るっていう悪影響がヤバい」

「んー……」


 リリはむくれて黙り込んでしまった。しかしここは納得してもらわなくてはならない。別に出てくるアイデアをことごとく否定しては悦に入っているわけではないのだと。

 魔界探索は命がけ。軽々しくリトライはできないのだ。


「仮にゴゴちゃんに何らかの毒が通用するとしても、じゃあそれをどうやって試すかって話になるんだよね。弓矢で確実に命中させるには100メートル以内には近づかないと厳しい。でもその距離で敵に追いかけられたらもう逃げ切れないよ」

「……森の中を通れば逃げ切れるんじゃないの?」


「いや、それとは状況が違う。ただ見つかっただけなら、あちらさんとしても邪魔者を『追い払う』くらいの勢いだから。しばらく森の中を逃げりゃ相手も諦めてくれる。でもこっちが殺しに行ったら、相手もガチで殺しにくるよ」

「そんな怖いんだ……」


 梨丸としても、やる気のある新人の意見を否定し続けるのは心苦しい。リリはいい暮らしをしてきたからこそ、その辺の感覚がどうしてもしっくりこないのだろう。


 動物とは『敵』を許せないようにできている。敵に対して容赦していたら、いつかはその敵によって仲間が殺され、絶滅してしまうからだ。なので明確な敵には群れが総掛かりで対処に当たるか、もしくは完全に逃げる。

 そのような厳しい生存競争を生き抜いてきたのが、現在地球上に存在する動物たちである。もちろんそれには人間も含む。


 どんなに小さな母猫だろうと、出産直後は非常に気が荒くなる。産まれたばかりの仔猫にちょっかいなど出そうものなら、鋭い爪や牙の洗礼を受けることになるだろう。そのときに発せられる激しい殺意は、とても『愛玩動物ペット』だとは思えないほどだ。

 猫もまた小さな猛獣なのだ。


 たとえ人間に気を許しているような飼い猫だろうと、我が子を害されれば絶対に反撃してくる。これがアフリカゾウやアムールトラなら集落ひとつが壊滅してもおかしくない。


 動物は敵を許せないからこそ動物たりえる。

 例外は、他者からの攻撃を攻撃とも思わない圧倒的な強者だけだ。


「魔界のモンスターたちは基本的に人間に敵意ヘイトを持ってる。でも魔界最強種にとっちゃ人間なんてザコ敵だから余裕がある。見かけた程度じゃ執念深くは追ってこない。機嫌がいいときは『オイデオイデ』とかするくらいだし。でもこっちから攻撃を仕掛けたら最後、もう獣の本能で殺しにくるよ」

「毒……試せない?」


 リリはとても気落ちしていた。

 どのような恐竜でも、基本的に1対1で戦ったらドラゴンには勝てない。魔界最強種はそれ以上だ。そんな強敵と正面から力勝負をするしかないと悟って、本能的な理不尽と恐怖を感じているのだろう。


「もしかしたらゴールデンゴルゴーンに通じる毒があるかもしれない。でもそれを試した人は、イコール死ぬってこと。これは研究室内で試行錯誤するのとはワケが違う。試行1回につき最低ひとり以上が死ぬ——そういうギャンブルだよ。本戦に決め打ちで毒を持っていけなくはないけど、それはうちの子の害になる」

「恐竜の……邪魔になる?」


 会心のアイデアを否定されて、彼女も言い返さずにはいられないのだろう。しかし大事な恐竜あいぼうを毒の餌食にするわけにはいかない。魔界のモンスターたちは生態不明の不思議生物だが、恐竜は地球上の生物なので毒は普通に効いてしまうのだ。


 つまり、毒が相手に効かなかった場合、その相手にかじりついたこちらの恐竜が毒でダウンしてしまう。


 毒が運良く通用すれば恐竜が出るまでもなくこちらの勝利だが、それはあまりにも分が悪い賭けだ。そういうギャンブラー気質の人間は賭けに勝つことなく死んでいった。


「ゴブリンモードを忘れないで。自分の手で何とかしたいって気持ちはわかるけどさ。でも人間の手でモンスターを倒そうとするのは死にに行くようなもの。人間は絶対魔界での【勇者】になれない。主人公はあくまでも恐竜たちで、俺らはそのサポート役。格好悪いけど我慢してほしい。これは目的を達成するためだから」

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