最も凶悪な生物2

 話がひと段落したので、少年少女はぬるくなった飲み物を空にする。そして新しい注文品が来たのを契機に次の話題へ移った。


 長話をするときは追加注文して店に儲けさせるのが付き合いの秘訣である。特に鳴沢町は最近まで村だったので世間が狭く、新参者も多いが知り合いも多いのだ。梨丸は真新しい店内を見回した。新築のこの店も、元は朽ちかけた民家だったのを思い出す。


 ハーブティーのカップを両手で持ちながらリリが訊いてくる。

「魔界探索士で大人数のパーティを組むのって無理なのかな?」


「それねえ……」

 梨丸は砂糖抜きのカプチーノをひと口すする。存分に苦みを味わってから、地獄のように甘いチーズケーキを口に放り込んだ。そして業界事情をどう説明しようか考えを巡らせる。

「——探索士って基本的に他人とは徒党つるまないんだよ。怖いから」

「怖い?」


「そう。魔界探索士ってさ、色々維持費もかかるけど収入もデカい。昨日も言ったユニコーンの角1本でスポーツカーが買えるとか。じゃあさ、そんな高額品を取ってきた帰り道、パーティメンバーの誰かが襲いかかってきたら?」

 リリはとても意外そうな顔をしたままカップをゆっくりと置いた。

「ん? メンバーって仲間だよね?」


「仲間ってことにはなってる。でも所詮“仕事仲間”でしょ? この地上でも何百万円目当てで殺人事件が起きたりする。見つかったら逮捕されるリスクがあるのにね。じゃあ殺人の証拠が残らない魔界だと、どれくらいの金額がトリガーになって事件が起こるかな?」

「それは……」


 少女はうつむいてしまった。おそらく彼女にとっては考えられないような世界なのだろう。金銭目的で人が死ぬのはニュースの中の出来事という世界観。そういう平和な生活を送ってきたのが、雰囲気からも感じ取れる。

 だが魔界とはそれが日常的に起こりうる無法の世界なのだ。


「どんな暴力上司もパワハラ先輩も、魔界で始末すれば自動的に死体は消える。実際リリもユニコーンが沈むところ見たでしょ?」

「あれ……人間も飲まれちゃうの?」

 想像したくない場面を想像してしまったのか、リリは眉をひそめて目を閉じた。


「なるよ、死んだ生き物は何でも魔界の大地に消える。それで“物的証拠”が消えたあと、凶器さえ湖に捨てちゃえばもう警察じゃ捜索できない。地上の湖なら潜水調査できても、魔界の湖にはサメがいるからね。だから大人数の探索士パーティで魔界を冒険するのは無理。理論上はできるけど、実際は裏切りが怖くてできないんだよ」

「でも、さっき話した社長さんの場合は幼なじみと4人で組んでたって……」


「うん。幼なじみとか親友とか、あとはリリみたいに家族の命がかかってるとか……そういう特別な事情が無い限り、人間は絶対に裏切る。だから魔界探索士は少人数編成なんだよ」

「そんな酷いことする人いるんだ……」


「そりゃいるよ。地球の歴史上最強の生物は恐竜だけど、一番凶悪な生物は人間だからね」

 リリが社会の暗部を知って落ち込んでしまうと、梨丸自身が闇社会の人間であるかのように錯覚してしまいそうになる。追加説明をするべきだと少年は話題を探した。


「——たしかにカネで揉めるっていう理由もあるけど、人数だけいてもあんま意味ないってのが大きいかな。実際に戦うのは猛獣なんだし」

 少女は両手を暖めるかのようにカップを包み込んだ。

「え? 猛獣の数が多ければそれだけ有利にならない?」


「それが難しいんだよねえ……よく調教されているっていっても、基本はただの動物だから。スポーツ動物の最高峰・競馬のサラブレッドですらレース場で暴れることはたまにある。世界で一番よく調教されてる動物がそうなんだから。恐竜とかヒグマはそこまでお行儀良くしてくれないんだよ」


 リリは大きく目を見開きながら紅茶をひと口ゆっくり飲んだ。恐竜と行動を共にしたことがあるからこそ信じられないのだろう。しかしこの場で梨丸が嘘をつく意味などないと察してくれたようだ。

「意外……ヴェロキラプトルはあんな大人しかったのに」


「あの子はたまたまだよ。人間にも性格があるみたいに、動物にもそれぞれ性格がある。謎の技術で恐竜も調教できるようになったみたいだけどさ、基本はやっぱ動物でしかないんだよ。人間ほど理性はない。複数匹を連れて魔界に降り立ったら、モンスターと戦う前に味方の猛獣同士がバトルを始めちゃう——ってのは昔よくあったみたい」

「そんな気性が荒いんだ……」


「うん。だから今は1匹連れが主流だね」

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