ゴールデンゴルゴーン対ユニコーン2

 ゴールデンゴルゴーンはその手にユニコーンの角を握っていた。仕留めたときの衝撃で、根元から折れてしまったのだ。


『キレイ、キレイ』

 彼女はそう言いながら、黄金に輝くユニコーンの角を太陽にかざした。その美貌は遠距離からでも見蕩みとれてしまうほど純粋で、穏やかだった。


 勝負を終え、戦利品を手にした魔界最強種は、砂地にずるずると跡をつけながら市街地方面へと去っていった。下半身がヘビなので、移動方法もヘビと同じだ。


 梨丸たちは圧倒的強者が見えなくなるまで、ずっと茂みに潜んでいた。ゴルゴーンが道を南下してこちらに来る可能性もあったからだ。

 だが脅威は去った。他にモンスターの姿も見られない。


「ふうぅぅ……」

 梨丸は大きく息を吐きながら立ち上がる。緊張感からか、気付いてみればどっと汗をかいていた。


 リリも木に手をつきながら身体を起こすが、まだ腰が引けている。

「なにあれ……ユニコーンの角ってチェーンソーより切れるんだよね?」


「切れるよね」

「なんでそれを素手で止められちゃうの?」


「そういう生き物だから……としか言いようがない。そもそも魔界最強種に関しては全くといっていいほど調査できてないんだから」

「本当にあれ倒せるの……?」

 絶望からか、リリの美しい顔がかげる。あの怪物を倒してエルフの万能細胞を手に入れなければ、妹は助からないのだから。


 少年は、少女を勇気づけるように笑顔を作った。もちろんそれはただの気休めではない。プロの魔界探索士としての意見だ。


「可能性はあるよ。さっきのやつさ、右耳の上の方がちょっと欠けてるのに気付かなかった?」

「……ごめん、そこまでは見てなかった」


「あの傷さ、前に俺が見たとき付いた傷なんだよね」

「前って……たしか……ゴールデンゴルゴーンとドラゴンが戦ったってやつ?」

 するとリリはその可能性に思い至ったのか、明るい笑顔を取り戻す。

「——そっか! 戦えば傷つくんだ! 別にあれは無敵じゃないんだ!」


「そうそう、いくら強いって言っても相手は俺らと同じ生き物。怪我もすれば死にもする。あそこで倒れてるユニコーンみたいにね——よく見てて」

「え?」


 死んだユニコーンを見てと言われても、リリには何のことかパッと理解できなかったのだろう。事前に知識を頭に叩き込んでいたのだとしても、咄嗟とっさにはそれをアウトプットできないのが人間だ。


 砂利の砂地に横たわっていた純白のユニコーンが、何の前触れもなく大地に飲み込まれて消えた。沈みゆく瞬間を目撃していなければ、それは本当にただ消失したとしか思えなかっただろう。


「あれが魔界の怖いところだよ」

 梨丸は慣れているのでその現実を受け入れているが、リリには理解不能なのだろう。少女はただ呆然としていた。

「…………」


「魔界では、死んだ生き物はみんなああやって地面に飲み込まれちゃうんだよ。ここじゃ日本の法律が適用されないってのも『死体が完全に消える』っていうこの現象が理由のひとつ」

「どういうこと……? 誰かがスイッチでも押して死骸を回収してるってこと?」


 リリは困惑していた。人間は意味不明な現象に遭遇してしまった場合、自分の中の常識から答えを導き出そうとするものだ。だがこの魔界には管理人などいない。


「ただ『そういう現象が起こる』としか言いようがない。スイッチ押して地面がパカッと開いてるわけじゃないし、ミミズみたいなモンスターが地面の下から獲物を食べるってワケでもない。そんなデカいやつがいるなら、地面に耳を当ててみれば音が聞こえるからね」


 地球上でこれと似たような現象は確認されていない。落とし穴や流砂に飲み込まれるのとはわけが違うのだ。

「じゃあ、あのユニコーンはどこへ消えたの?」


「わからない……ああやって死体を飲み込んだところをいくら掘っても、ただ固い地面があるだけなんだよ。穴も無いし、穴を掘ったような形跡も無い。本当に水が染みこむみたいに消えちゃうんだよ。だから魔界探索士おれたちは獲物を仕留めたらすぐレンタル馬車に乗せる。そうしないとせっかくの苦労が水の泡だからね」


「信じられない……本当にあり得ない……何なのここ」

 リリは不安そうな顔で足下を見つめてしまう。そこが今にも口を開けて自分を飲み込んだりしないかと恐れを抱いているのか。しばらくすると少女は顔を上げた。そこには理不尽に負けないという強い意志が感じられる。

「——死んだら飲み込まれるって、じゃあ枯れ葉とかはどうなの? あれって死んだ植物みたいなものでしょう? この辺にもいっぱい落ちてるのに、何で枯れ葉は消えちゃわないの?」


「落ち葉も一応地面に飲み込まれるみたいだけど……何で枯れ葉になるまで残ってるのかはわからない。でも魔界はこんな性質があるから、ドラゴンの頭蓋骨を今まで誰も持って帰れなかったんだよ。正面切っては勝てなくても、自然死したドラゴンを発見できりゃ素材の回収くらいはできるでしょ? それをしようにも死んだらすぐ地面に沈んでいっちゃうんだから」

「ああ……そっか」


 これを口で説明しても、外部の人間は絶対に理解してくれない。だがリリはその理不尽な現象を目撃した。徐々に現実を受け入れているようだ。


「とりあえず今は帰ろう。調査は終わった。あの怪物の恐ろしさを知った上で、どうやってエルフの万能細胞を手に入れるのか……それだけを考えるんだ。当然、魔界から出るまでは油断しちゃダメだからね」


 目的を達成したからといって安心してはいけない。帰り道だからと油断しきったところをモンスターにやられて死ぬ——というのはよくあることだ。『遠足は家に帰るまでが遠足だ』というのは子供に自立心を学ばせるための言葉である。だが探索士にとっては魔界の境目を通り抜けるまでが、文字通りの命がけなのだから。

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