ヴェロキラプトル対ユニコーン2

 出会いの名乗りも思わせぶりな軽口も無い。恐竜の戦いはただ獲物を捕捉ほそくした瞬間に始まる。


 落ち葉を踏みしめながらヴェロキラプトルが疾走した。

 だが易々と接近を許すほどユニコーンも不用心ではない。すぐに小恐竜に向かい合った。


 引いたら負けが野獣の世界。ハヤテはそのまま奇声を上げながら突き進む。

KYYYAAAAキイイイアアアア!!」


 地面からの襲撃者に向けて、ユニコーンは角を振るった。森の中で1メートル近いそれを振り回せば、周囲の木々に当たってしまうにもかかわらず。


 ヴェロキラプトルは鋭い一撃を迅速に回避した。代わりに近くの木がすっぱりと切断される。日本刀の最高峰である正宗まさむね義弘よしひろを達人が扱っても、成木せいぼくを一刀両断するのはほぼ不可能。ユニコーンの角はそれ以上の武器性能を持つのだ。


 支えを失った木がザザザと葉音を立てて傾いてゆき、ついには倒れる。豪快な衝撃音と共に地面が揺れた。

 そのときにはすでに、ハヤテが一角獣の背中に飛び乗っていた。後ろあしの頑強な鉤爪を相手の背中に突き立てて。そして残る前肢の鋭い鉤爪でユニコーンの首筋に斬りかかっていた。


 四足獣には死角がある。腕の可動域が広い人間と違って、その身体構造上、背中にあるものを排除できない。額に角を持つユニコーンもそれは例外ではなかった。


 当然ユニコーンは背中の恐竜を手近な木々に叩きつけようとする。だがヴェロキラプトルも手慣れたものだ。馬体が木に激突する瞬間には、立ち位置を相手の脇腹に移す。そして4本足の鉤爪をがっちりと食い込ませ、衝撃に耐えていた。


 ぶつけるのが駄目ならと、ユニコーンは背中から地面に倒れ込む。両者の体重差は圧倒的だ。馬の全体重で潰されたら、中型犬サイズの肉体などひとたまりもない。


 だがヴェロキラプトルは敏捷びんしょうで知られた恐竜。馬の背中に押しつぶされる瞬間にはサっと地面に飛び降りていた。そして敵が起き上がり、攻撃が飛んで来る前には、すでにユニコーンの背中に飛び乗っている。


WHHEEEEヒヒイイイイン!」

 思い通りにならない鬱憤うっぷんを表すかのように、ユニコーンが鋭い鳴き声を上げた。


 これは西洋の伝統であるカウボーイの勝負【ロデオ】に近い。最後まで暴れ馬に振り落とされなければヴェロキラプトルの勝ち。背中の邪魔者を振り落としてから鋭利な角でとどめを刺せばユニコーンの勝ち。

 多大なストレスを感じたら、どんな生き物でもその場から逃げ出そうとするはずだ。


 両者激しく暴れ回っている。その隙間を縫ってユニコーンだけを攻撃するのは不可能だ。梨丸にできるのはただ戦いの行方を見守ることだけ。


 リリはその戦いに目を見張っていた。もちろん声は抑えたままで。

「すごい……! ユニコーンの角の切れ味も異常だけど、ヴェロキラプトルってあんな素早く動けたんだ……」


 恐竜あいぼうを褒められて、梨丸は自分のことのように嬉しかった。

「結構やるでしょ? でも凄いのは動きだけじゃなくて勝負センスの方なんだよ」

「センス?」


「そう。もし敵が馬じゃなくて人間だったら、背中に飛び乗ってもそのまま掴まれちゃって終わりでしょ。だって人間は背中まで手が届くんだから。でも四足獣は基本的に背中には手が回らない。だから馬も猫も何かあったら背中を地面にり付ける。ハヤテは敵が馬だから明確にその弱点を狙ってるんだよ。誰からも教わってないのに」

「あ……そっか」


「いくら最近調教のレベルが上がったっていっても、それは所詮『ちょっと人の言うことを聞いてくれるようになった』ってだけだし。敵に応じた弱点を教え込むなんて不可能だよ。だからあれはあいつの実力」

「はああ……頭いいんだあの子」


「すごいお利口だよ。あとは俺たちができることはなにもない。引き際の合図を出すくらいかな? 下手に加勢しても邪魔になるだけだし、飛び道具で狙うにしても敵にだけ当てるのは難しい。大声出してゴゴちゃんに見つかるのもマズいし」


「んー……」

 リリは何やら考え込むと口を結び、再び木に身を隠す。そしてしばらくすると梨丸のことを見上げてきた。

「——でも、あのユニコーンって別に倒す必要はないんだよね?」


「まあ、どっか行ってくれればいいんだけど」

「ユニコーンって、何か手懐ける方法があったと思うんだけど……」


「馬を調教するみたいに?」

「えーと、そうじゃなくて、つまり……」

 リリはなにかを話そうとしては口籠くちごもる。非常に言いにくいことなのだろうか。


「馬が好きそうなニンジンとかバナナとかをあげてみるとか?」

「あー、あれです。つまりですよ?」

 なにやらリリは悔しそうに赤面していた。

「——ユニコーンは清らかな乙女になつくっていう伝説がありましてね……?」


「伝説……?」

 基本的に魔界は男の世界であり、女子の探索士は少ない。そのためそのような俗説があることを梨丸は今まで失念していた。


 直接的な言葉を口にしなければならなかったことに納得いかなかったのか、少女は少々不機嫌そうだった。

「だからワタシがユニコーンを大人しくさせれば、あの子も危険なことしないで済むんじゃないかなって……」


 おそらく日常生活の中では絶対に言わないようなことなのだろう。しかし不必要な戦闘で恐竜という戦力が失われれば、魔界で生き残るのが厳しくなる。そのような状況下だからこそ、恥を忍んで宣言した——上目遣いの女子からはそのような感情が読み取れた。


 緊迫した戦闘中に、梨丸は妙な気恥ずかしさを感じてしまう。

 世間の人々は、魔界に実在する幻想生物モンスターを空想上の存在である非実在怪物モンスターと同一視することが多い。だが。


「えーとね、たぶんそういうのって通用しないんだよ、魔界のモンスターには」

「え?」

 少女の口は半笑いの形のまま固まってしまった。


「魔界のモンスターって基本的な形は地上の生き物と似てるけど、その性質なかみは現実とも伝説とも全然違うんだよ。マンドラゴラはそもそも植物じゃなくて動物だし。デュラハンは水の上を平気で渡ってくるし。キョンシーにお札貼っても意味ないし。だから処女がユニコーンを手懐けるのもたぶん無理。危険だから近寄んない方がいいよ」


 リリの顔が朱に染まっていき、やがて小さくうめき声を上げる。

「あー! あー! 今の無し! 忘れて! 聞かなかったことにして!」


「ああ……うん」

 梨丸は何とも意外だった。これほどの美人なら男が放っておくはずはないと思っていたのだ。


 リリは必死の形相で弁明してくる。このまま黙っているのは女としてのプライドが許さないのだろう。

「別に男子から相手にされなかったってわけじゃないんだよ?! メンヘラでも地雷系でもないから! ただうちのお父さんがカトリックで結構厳しくて……家もど田舎だし……」


「いや、まあ……」

 梨丸は自制心を働かせた。年ごろの男子として大変興味深い話ではあるのだが、この危険地帯で色恋や貞操観念の話を続けるわけにはいかない。雑談は切り上げ、少年は恐竜とモンスターの勝負の行方を見守る。


 ユニコーンの動きは明らかに鈍っていた。ダメージによって倒れそうというよりは、いい加減嫌になってきたという雰囲気だ。

 遠目だが、ハヤテの攻撃は大して通じていないように見える。魔界のモンスターは見た目以上に頑丈なのだ。人間の頸動脈を一撃で切り裂けるヴェロキラプトルの鉤爪も、ユニコーンに致命傷を与えるのは無理だったようだ。


 しばらくしたら、ユニコーンが全力疾走で逃げ出した。背中にヴェロキラプトルを乗せたまま、木々の間を俊敏にくぐり抜け、北へ向けて走り去ってしまう。だがすぐにハヤテはそこから飛び降り、軽快な足取りでこちらへ戻ってきた。


「よしよし、よくやったハヤテ!」

 梨丸はしゃがみ込んで相棒を迎え入れた。いつも以上に恐竜のザラザラした背中を撫でてやる。今、リリとなにを話してもとても気まずそうだったからだ。

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