恐竜使いの少年2
獲物を狩って帰った魔界探索士はすぐ『外』に行けるわけではない。そもそも恐竜は基本的に特区の外には出られないのだ。
仕留めたワイバーンを町役場に預け、査定を受ける。
ティラノサウルスを調教師に預け、負傷箇所の報告をする。レンタル馬車の返却もここだ。
そのあとでようやく風呂に入れる。まず第一は
相手を待たせているのでのんびり昼食を摂るわけにもいかない。梨丸は手早く作業着を身につけると車に乗り、町内で数少ないホテルに向かう。そこでリリを乗せ、東京へ出発した。
最近では自動運転の精度も上がり、田舎道も手放しで行ける。梨丸は握り飯を頬張りながらバックミラーで後部座席の様子をうかがう。少女は眠っていた。きっと緊張感から解放されて気が緩んだのだろう。
そして先ほどもらった資料を見る。梨丸は慎重だからこそ、この業界で生き延びてきた。探偵や興信所を使うほどではなくとも、依頼主のことを知る必要があるのだ。
「リリ・F=花野井18歳。父親がフランス人で母親が日本人。父親の仕事の都合で小さいころから千葉県在住……か」
探索士は孤独な仕事だ。自然と独り言も多くなってしまう。
リリが示した身分証の住所に花野井という人間が住んでいるのも調査済みだ。
奇病に冒された妹。それを見に行って好奇心を満たそうとする嫌な男と思われないだろうか。だが覚悟を決めるためにこれは必要なことだ。
魔界は肉体と精神力が全て。生死を分ける状況に陥ったとき【誰かの顔】が思い浮かぶことで、心の底から力が湧いてくるということもある。
その【誰かの顔】とは、ドラゴンに食われた父親であり、家族思いなリリの泣き顔であり、そして必死に生き延びようとするリリの妹であるかもしれないからだ。
◆ ◆ ◆
リリの妹が入院する都内の大病院へと到着した。すでに日は傾きはじめている。
病室には【花野井リア】と名札が入っていた。個室だ。相当珍しい病気なので特別対応なのだろうか。それとも純粋に実家が太いのか。リリとはまだその辺の突っ込んだ話はしていない。彼女が車中ほとんど眠っていたからだ。事前に取り決めたのは——。
リリは妹へ満面の笑顔を作っていた。
「リアちゃん、こちら魔界探索士の巴さん。リアちゃんのお病気を治すために、エルフの万能細胞っていう宝物を取ってきてくれるんだよ」
梨丸は1歩前に出る。普段は絶対にしない
「やあコンニチワ! 俺は最強の魔界探索士だ。相棒のティラノサウルスとかメガロドンとか、もう最強だから。あとは敵を探してブチ倒してお宝ゲット。それで病気を治して、君は元気に遊べるわけだ。よかったね!」
妹に安心感を与えるため、ちょっとした演技をしてくれと依頼されたのだ。テレビアニメに出てくるヒーローのようなイメージで、と。上手にできたかどうかは、定かではない。
控えている医師や看護師は特になにも言わない。
迫真の演技にもかかわらず、反応は鈍かった。女児はベッドから上半身を起こしたが、どこか不満げだ。
「えー、恐竜とか興味ない。魔法とか使えないの?」
花野井リア12歳。姉と同じライトグリーンの眼に日本人らしい黒髪の、可愛らしい女の子だ。
毛布越しにもわかるほど、女児の右足は肥大化していた。ローティーン女子の折れそうなほど細い脚——というイメージからはほど遠い。そのサイズ感はまるでゾウだ。そしてリアの右手は濃緑の樹皮のような質感だった。左手に覆われていてよく見えないが、硬そうでとても動かせそうにない。
——これが『全身の細胞が少しずつ変異していく』ってやつなのか?
きっと見えない部分も病に冒されているのだろう。そんな女児から生意気な口をきかれても、梨丸は腹を立てたりしない。
「たしかに魔法は使えないけど、俺がこれから持って帰ってくるのはマジカルアイテムみたいなもんだよ?」
「アタシ、もうそういうアニメは卒業したんだけどな」
梨丸は微かな衝撃を受けた。自分が12歳のときはヒーローごっこをして遊んでいたというのに。入院着姿の女児は意外と大人だった。
「で……でもエルフの万能細胞が魔法みたいってのはガチで本当だよ? すごい貴重品で、総理大臣とかも証明してるし」
「そんな高いもの、お父ちゃんが買えるわけないじゃん。いっつも地面ばっか掘ってるのにさ」
リアはふいっと顔をそむけてしまった。もうすぐ中学生ともなれば難しい年齢なのだろう。
そこで、医師が腕時計を見つつ話しかけてきた。
「花野井さん、そろそろあちらでお話を……」
リリは医師にお辞儀をし、妹に笑顔を向けてから部屋を出る。梨丸もリアに手を振りながら後を追った。
移動中、リリが謝罪してきた。申し訳なさそうに目が伏せられている。
「すいません、妹が生意気なことを……」
「別にいいよ。あの歳になれば現実ってのを知るころだろうし」
自分の病状を把握し、家族の経済状況を把握する。治る見込みは限りなく薄いと達観するには充分な精神年齢だ。しかしどこかまだ希望は捨てていない——そんな雰囲気だった。
世の中に魔法なんて無いと言い切る女児に、ほぼ魔法であるエルフの万能細胞を見せてやりたい。現実もまだまだ捨てたものじゃないと知ったときに、はたしてどんな顔になるのか——そんなささやかな反骨心が少年に芽生えてきた。
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