二十四日目 クリスマスの『彼女』
私の腕を掴む力には彼女の必死さが込められていた。
「邪魔、だったよね」
ごめんねと言うと
「すみません」
今度は金澤さんが謝る。そっと落とした視線は一枚の写真をとらえていた。
私と
「いつも
泣きそうな声でそう言った。
「幼馴染みだからね。それに親同士が仲がいいから写真を撮るとこうなっちゃうんだ」
私はいずれの感情も込めないようにして返した。
それに対して金澤さんはまた首を横に振った。
「写真だけじゃないんです。
緩士のやつ。と心の中で呟きながら彼女の言葉をおとなしく聞く。
「先輩が私のことを好きになってくれるか、不安でたまらないんです。お試し期間の間だけでも、私のことだけを見て欲しいんです」
思い詰めるような顔で言ったその言葉は、弱々しく始まったのに次第に相手を圧倒するような力強さを滲ませていった。
彼女は私の目を見て言う。
「しばらくの間、暮木先輩との接触は避けてもらえませんか? せめて冬休みの間くらいは、会ったり連絡をとったり、しないでもらえませんか?」
金澤さんは真剣だった。
ここに来るまでの間も、そしてここに来てからも、もしかしたらずっとそんなことを考えていたのかもしれない。私が逆の立場ならとあらためて考えると申し訳なくなってくる。
咄嗟に緩士のことを責めたが、私にも非はあるのだ。彼女が不快に思わない程度に、緩士と距離をとるべきだった。
「わかった。いいよ」
すぐにそう答えた。
しかしその言葉は私自身をチクリと刺した。そうして私の中の何もかもをかいくぐって、その奥にある小さな小さな『不安』を見つけ出すのだ。
緩士と会わないということがどういうことなのか、私はしっかり考えていなかった。
何の問題もなさそうに思えるが、正直なところ、どうなるのか自分でもわからない。緩士とまったく関わらない日が何日も続くということは、考えてみれば今までに一度もなかったことだった。
緩士がいることが当然だった。
その当然がなくなっても、私は平気なのだろうか。緩士は平気なのだろうか。
金澤さんに言われて、初めてそんなことを考えた。
それは私に『弱気』というものを連れてくる。
「緩士が、それでいいって言うなら」
咄嗟にひと言つけ加えた。判断を委ねたのだ。
金澤さんは私の中の逡巡など知る由もなく、ぱあっと笑顔を咲かせる。
「ありがとうございます!」
と言って喜んで、私の手を握った。
「いや、緩士がいいって言ったらで――」
「暮木先輩の説得は私が何とかしてみせます。だって、植月先輩がせっかく協力してくれるんですから、それくらいは自分でやらなくっちゃ」
「ああ…………うん。それじゃあ」
金澤さんが今にも泣き出しそうな顔で感謝の言葉を繰り返すから、私は何も言えなくなった。今の私にできるのは、彼女に合わせてへらへらと下手くそな笑顔を浮かべることだけだ。
そこに緩士が帰ってきて、不思議そうに二人を眺める。
「なんかあった?」
「ええと、」
「なんでもないですよ。そうですよね、植月先輩?」
いたずらっぽい目でこちらを見る。
「なんでもない。写真を見てただけだよ」
そう言って何の気なしに開いたページには、大きな口を開けて笑い合う緩士と私の姿があった。
翌日。
学校は終業式となり、冬休みに突入する。
長期休暇の直前は、学校全体がなんとなくざわざわと浮き足立っていて、今の心持ちを紛れされるにはちょうどよかった。
私はその日、朝から少し様子がおかしかった。
金澤さんとの約束のせいだ。
あのあと彼女が緩士に何と言ったのか、緩士がそれをどう受け止めたのか、私はその結果をまだ知らされていない。
家を出て、学校に着き、教室に入ってクラスの人たちと言葉を交わす。緩士が遅刻ギリギリで入ってきて、それとほぼ同時に担任の先生が登場。
今日一日の流れやちょっとした注意事項を聞いたら体育館に移動して。校長先生の長い話にひたすら耐え、終わったと思ったらまた教室へ。
だるいね。このあとどうする? どこか寄る? 冬休み、どこか行こうよ。いいね。
いろんな方向から言葉が飛んできて、私はそれにひとつずつ答えていった。
ここに至るまで、緩士との会話はひとつもなかった。
私はそれを
なんだ。そんなものか。
私はそう思った。
しかしその『なんだ』の部分に潜んでいたものの正体に私は驚かされた。
いわゆる『ガッカリ』というやつだった。
つまり私は、心のどこかで緩士はきっと話しかけてくると期待していたのだ。信じていたと言ってもいい。高田さんの家のケーキではなく食べ慣れたケーキを優先したように、金澤さんのお願いを突っぱねていつも通り私に話しかけてくるのだと、微塵も疑っていなかった。
だけど実際はちがった。
緩士は『彼女』を選んだのだった。
「そっか」
そうだよな、とこぼしたら自然と笑いがついてきた。ふふっと吐息がもれるような笑いだったけど、私はスッキリとしていた。ついに緩士に『彼女』ができたのだ。それは彼が望んだことだった。
「ケーキ、今年は五等分か。うまく切れるかな」
十二月二十三日、終業式の帰り道。
私はひとり微笑んで、緩士の好きなチョコレートのクリスマスケーキを思い浮かべた。
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