二十三日目 金澤木乃花④
くっついたらくっついたで。離れたら、離れたで。
なんだかんだと外野は騒ぎ立てるものだ。
昨日の昼休みを境に
それでも我慢できなくてそっと手をのばす。その手が、
放課後、教室の前。平和な風景だった。
「男子って、ああいうの好きだよねえ」
呆れたように
女子には不評のようだ。
「私はカワイイと思うよ」
自分では絶対にやらないけどと付け足すと、
「だからダメなんだよ」
とため息交じりのひと言が返ってきた。
何に対してダメ出しをされたのかいまいちよくわからなくて、私は二人の姿に答えを求める。
じっと見ていると、不意に二人がこちらを見つけた。
軽く挨拶でもして視線はそのまま流れていくのだと思っていたら、ぴたりとこちらに合ったまま。二人で何か話している間も、こちらを見ている。
嫌な予感がして、私の方から視線をはずした。
しかしそれがきっかけとなってしまったようで、緩士が大きな声で私を呼ぶ。
「
聞き慣れたフレーズ。しかし今日ばかりは違和感が強い。
それは隣の彼女の視線のせい。
緩士の問いを不服そうに耳に入れた金澤さんは、私と緩士の間で視線を行ったり来たりさせていた。不謹慎ながら、うろたえる子猫のようで可愛いと思ってしまった。
問題は緩士の方だ。
やましいことがないとはいえ、彼女を横にして言う台詞か。ようはデリカシーの問題というやつだ。
「来なくていい」
私は一蹴して鞄を手にした。
これ以上話すことはないとばかりに早足でその場を離れる。まだ用事が残っていた夕莉と「じゃあね、また明日」と挨拶を交わすのは忘れない。ただし今日の夕莉の挨拶は「また明日」ではなくて「頑張ってね」だった。
早足で歩く私。
待てよとやかましく言いながら後を追う緩士。
さらにうしろに、困り顔の金澤さんがついてくる。
背後で
「
「わ、私は、大丈夫です。けど、」
「無理はしないでここで待ってて! 俺が話をつけてくる!」
「そうではなくて――ごほっごほっ」
「木乃花ちゃん!」
というようなやりとりを繰り広げるものだから立ち止まらないわけにはいかなくなる。
「何の用?」
立ち止まり振り返り、何歩か戻って。
廊下に座り込んだ金澤さんと、彼女を介抱している緩士を見下ろした。
さすがは元運動部めと余計なひと言を頭に置いてから緩士は言う。
「お前んちでさあ、アルバム見たいんだけどいいよな?」
「『もちろん』と即答すると思った? まず意味がわからないから」
「わからなくないだろ。俺んち、今日は仕事で遅いからさあ。ほら」
ちらっちらっち金澤さんを見る。金澤さんはずれた眼鏡を直すついで、レンズについた汚れを拭き取っていたせいで緩士の仕草には気がついていないようだ。
緩士はまだ二人きりになるのを警戒しているのだ。
なにせお試し期間ですから、と言った。その顔には少しだけ疲れの色が滲んでいた。
話としてはこういうことらしい。
ゆっくりお互いを知っていこうということで話し始めたとき、何かのきっかけで子どものときの話になったのだという。
そのあとは自然の流れで「どんな感じだったんですか? 見てみたいです」ということになり快諾したものの、『待てよ』となった。
家には誰もいないのだ。
そんなところに、お試し期間とはいえ恋人たちが二人っきりでいてはいけない。俺たちは健全なお付き合いをしなければいけない!――と。
普通そういうことは女の子の方が心配することではないかと思ったが、昨日の昼休みを思い返せば、まあ仕方ないかと緩士の肩を持ちたくもなった。
「あらあらあら。ひろくんが彼女を連れてくるなんて」
心底驚いたという風に母が出迎える。
緩士は何食わぬ顔で金澤さんを
「アルバムは?」
家に取りに行かないのかと尋ねると、
「才苗のでよくない? どうせ似たような写真ばっかりだし」
とふんぞり返る。
「うちはデータ派だから」
さあ取りに行けと追い出そうとしたのに、母が割り込む。どさっと何冊ものアルバムをソファーに置いてそのまま奥の部屋へと姿を消した。心なしか、機嫌が悪いように見えた。
もちろん緩士はそんなことに気づきもしなくて、
「おお、これこれ」
とアルバムのページをめくって金澤さんに見せた。
「これがさっき言ってたときの写真で。そうそう、このとき才苗がさあ――」
懐かしそうに眺める緩士と、興味津々で覗き込む金澤さん。
邪魔しちゃいけないと気を使ってやったのに、自分の部屋に戻ろうとすると緩士が何やらサインを送る。行くなと言っているのだ。
だけど隣を見れば、金澤さんの方は二人きりになりたいようで。申し訳ない気持ちになりながらひっそりとリビングの端の方に控えた。
「それでこれが才苗にいじめられて泣いてる写真で」
「わあ。小さいときの先輩、可愛いですね!」
「これは俺が大活躍したときのなんだけど……あいつ、ああ見えてひどいんだよ。手柄全部持ってってさ」
「え、
「これ、どう? 小学校で劇やったときの。俺は主役で……才苗はなんだっけ? 木だっけ?」
「主役ってすごいですね」
「それでこれが小学校の卒業式。このときはまだ才苗の方が大きかったけど、中学に入ってからぐんぐん伸びてあっというまに追い越したという――」
「へえ。……そうなんですね」
聞かないようにと心がけながらも耳に届いてしまった会話。明らかに金澤さんの声が沈んでいっている。
まずいぞ、緩士。
そう思いながら、恐る恐る二人の方に目を向ける。眼鏡の角度で表情はわかりにくい。しかし心から楽しんでいるようには見えなかった。
言葉では緩士に合わせて明るく振る舞っているようだけど、その手はギュッと制服のスカートを握っている。
「なんだよ、肝心な写真が抜けてるな」
緩士が唐突に立ち上がった。
見せたい写真が入っていなかったから家に取りに行くと言う。
「そんな、わざわざいいですよ」
金澤さんが慌てて言った。
「遠慮すんなって。家、隣りの隣りのその隣りだから。すぐ戻ってくるよ」
じゃあと元気に言って出て行く。
親切心のつもりだろうが、金澤さんにとっても、私にとっても不親切な行為だ。
「ええと、」
お茶を淹れ直すねとカップに手をのばした。
その手をガシと掴まれる。
いっぱいに涙をためた目で、金澤さんがこちらを見ていた。
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