二十一日目 金澤木乃花②
「それですんなり会っちゃったわけだ」
「なんていう子だっけ」
輪の外から
いつもの昼休みのバレーボール。大きな円陣と、観衆が数人。その中にまた珍しい人が加わっている。
「っていうか、なんで見てるだけ?
「いや、遠慮しとくよ。やると本気になってしまうから、せっかくみんなが楽しんでやっているところを邪魔しかねない」
挑発するように手招きする夕莉に、高田さんは苦笑いで答えた。
不思議なことになっている。
昼休みのこの時間、私や夕莉はともかく、橋本さんと高田さんまでそろっているのだ。そしてそのことを誰も気にかけず、バレーボールに興じている。
誰も橋本さんや高田さんがいることについて茶化したりしない。みんなの関心はすでに新しい相手に向かっていた。
一年生の
名前は『このは』と読むのが正しいらしい。
どこから漏れたのか、
それまでは一年生の間でもあまり目立たない生徒だったようで、後輩に聞いても有益な情報は得られなかったくらいだ。
「
夕莉が信じられないという顔をする。
「一目惚れというか、噂に聞いていた人物像と違って誠実そうに見えたとかで」
私が言うと橋本さんが「わあ」と弾むような声を上げた。
「ギャップ萌え、っていうのだよね、それ」
わかるわかると続けると、その隣で高田さんが首を傾げた。
「暮木のギャップ? まあ、なくはないけど、突然好きになってしまうほどかなあ」
真剣に考え込む辺りが高田さんらしい。
「ね。児童館で騒いでいた姿を見てどこに惹かれるのか、私にはまったく理解できない」
私が何気なく口にした言葉に高田さんが食いついた。
「児童館ってまさか、」
「そう。あのクリスマスイベントにいたみたい。だからてっきり高田さんの知ってる人だと思ってたんだけど」
話に集中していた私に対し、夕莉が手加減なしのスパイクを打つ。反応が遅れた私は腕に当てるのが精一杯で、大きく跳ねたボールは円陣の外に飛んだ。
ちょうど高田さんのいる辺りにだ。
キャッチしようと構えた高田さんに、夕莉が「パース!」と叫ぶ。
反射的にアンダーパスで返した高田さんは、そのまま円陣の方へと駆けてしまった。
私のそばにたどり着き次のプレーに備え身構えてから、
「ああ、つい」
と苦笑した。円の反対側で夕莉がしてやったりと笑ったのが見えた。
加わってしまったら仕方ないと、高田さんは腕まくりをする。そうして来たボールを難なく対処しながら、話の続きに関心を向けた。
「児童館にいた、うちの生徒?」
クリスマスイベントのときだけでなく、普段の様子も思い出し、その記憶の中に金澤さんらしき人がいないか探っているようだ。
「眼鏡をかけていて、小動物みたいで、おとなしそうな子だって」
「…………ああ、もしかしてあの子か?」
特徴が一致する子がいたようだ。
「確か妹さんを迎えに来ていて、何度か見かけたことがあるな」
しかし見たことがあるという程度で、名前はおろか、どんな子であるかも知らないという。特別良い評判も耳にしないが、悪い噂も聞こえてきたことはないから、付き合う相手としてはそんなに心配しなくていいんじゃないかという評価は、何かの材料にするにはあまりに弱かった。
「それで、暮木はオーケーしたのか?」
高田さんが尋ねる。
「とりあえず付き合ってみることにしたみたい」
「『お試し期間』ってことか?」
またかと高田さんは笑った。その声を掻き消すように昼休み終了を報せるチャイムが鳴った。
鳴り止む前に駆け寄ってきた橋本さんが私と高田さんの腕にしがみつく。
「
どうしてか、橋本さんと高田さんが声をそろえる。そのうしろから「もっと言ってやって」と夕莉が煽った。
「いいも何も、それは緩士が決めることだから、私には関係ないよ」
そう言うと、今度は三人そろってため息をこぼす。
するするっと離れた橋本さんの手は夕莉の方へと移って、たちまち三対一の構図となった。
困った子だねえと言いながら、三人は私の前を歩く。
私はその後ろ姿を眺めながら、つくづく不思議な組み合わせだなと、まったく話の流れとは別のことを考えていた。
だから突然三人が立ち止まり振り返ったときにはどきっとした。見透かされ、何を考えているのとたしなめられるのだと思った。
しかしそうではなかった。
顔を見合わせそろってこちらを見ると、代表して橋本さんが口を開いた。
「そういえば、どうして暮木くんってクリスマス前にだけ彼女づくり頑張っちゃうんだろうね」
知ってる? と聞かれて私は何も答えられなかった。そのことについて今まで一度たりとも考えたことがなかったからだ。
しかし言われてみれば確かにそうだ。
イベントのときに彼女がいないのは寂しいからというのはよくある話だが、高校生活、イベントといえば他にも文化祭やら修学旅行やらいろいろとあった。それなのに緩士が『彼女』をつくろうと躍起になったのは去年も今年もクリスマスのタイミングだけだった。
「何か意味があるのかな」
橋本さんが言う。
「えー。暮木のことだから何にも考えてないよ、きっと」
夕莉が笑うと、
「でもクリスマスケーキに強いこだわりがあったみたいだし、橋本さんの言う通り何か意味があるのかもしれない」
と高田さんが腕組みをした。
私としては夕莉の意見に一票入れたいところだが、高田さんの言葉の説得力が強すぎてみんながそちらに固まりつつある。
「何にせよ、二人がどうなるか見守るだけでしょ」
まだ何か言いたそうな三人の様子に気づかぬ振りをして、さあ行くよと背中を押した。
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