十六日目 ジングルベル
そんな誘い方をしたら、
「なんで私がそんなものに参加しなくちゃいけないの」
と怒りをぶつけられるのは当然だ。
『高田さんのお誘い』というワードがなかったとしても、「どうして?」と怪訝な顔をされてもおかしくない話だろう。私が同じ立場だったら間違いなくそうする。
だから彼女が反応しそうな言葉をつけ加えた。
「高田さんの家、ケーキ屋さんなんだけどね、マドレーヌ、美味しかったよ」
「なにそれ。行く」
甘いもの――特にマドレーヌには目がない
かくして、高校生四人が児童館のイベントに参加したわけだが。
小学生のエネルギーというものはすさまじいもので、私なんかは児童館に着いてすぐに圧倒された。
「何年か前まで、私たちもあんなだったのかな」
高田さんの家から運んできた段ボールを部屋の隅に積みながら、遠巻きに子どもたちを眺めていた。
それに対して、高田さんはすごい。
もともと知っている子が多いということもあるだろうけど、それにしてもあっという間に子どもたちに馴染んでしまった。
それは普段子どもたちの相手をしている指導員の人たちも感心するほどで、やんちゃな男の子たちも高田さんの言うことには素直に従っていた。
そんな感じでいい空気を作ってくれたので、私たちも難なく子どもたちに受け入れてもらえたのだ。
まあ、
二人は『年上のおにいさん、おねえさん』としてではなく、ほぼ同じ目線でこの会に参加していた。
ゲームをするときは全力で挑み、勝てば大人げなく大喜びする。
たとえ子どもたちに批難されても、
「悔しかったら早く大きくなるんだな」
二人そろってこんなことを言うのだ。
「よーし。私がみんなの代わりにこの二人をやっつけてやる!」
高田さんは腕まくりをすると、あっという間に子どもたちの『ヒーロー』になった。
二対一の構図になったところで、みんなの視線が私に集中する。
「どっちにつく?」
三人が声をそろえた。
緩士と夕莉は「当然こっちだよな?」という顔をしているし、高田さんは「ともに戦おう」と右手をこちらに向ける。
「それはもう、考えるまでもなく」
私は高田さんの横にしれっと並んだ。
「お前はこっち側の人間だろ!」
と二人がなじる。
子どもたちが期待を込めた目でこちらを見ているというのに、それを裏切るわけにはいかないのだ。
うおーっと歓声が上がったのを聞きながら私と高田さんは顔を見合わせた。
「それじゃあ、いくよ!」
クリスマスのイベントは、いつの間にか高校生四人の三番勝負に変わっていた。
それでも子どもたちは、最後までしっかり楽しんでくれたようで、締めくくりにサンタ代理の私たちから焼き菓子のセットを受け取るといっそう嬉しそうな笑顔を見せた。
自分が手伝ったものが、子どもたちをこんなに笑顔にさせていると思うと感慨深い。渡す瞬間に立ち会わせてくれた高田さんにお礼を言うと「こちらこそ」と、子どもたちに負けないくらいの素敵な笑顔を返された。
「うちに寄ってく?」
空になった段ボールをたたみながら高田さんが言う。
「俺はこいつらとゲームする約束しちゃったから行くけど」
緩士にがしっとしがみついた双子の兄弟。イベントに参加していた高田さんの弟たちだ。すっかり緩士に懐いているようだった。
私と夕莉は顔を見合わせる。
「目的は果たしたから、私はこれで」
余ったお菓子をもらった夕莉は満足そうだった。それでも高田さんに負けた悔しさは消えないようで、「次の体育の授業では勝ってみせる!」と捨て台詞を忘れない。
「私も帰るよ。みんな元気すぎて、もうくたくた」
少しわざとらしかったかなと心配したが、高田さんも緩士も気にした様子がなかったのでほっと胸をなで下ろした。
児童館をあとにする私たちに、高田さんはこれでもかと丁寧にお礼の言葉を述べてから、
「また月曜に、学校で」
と屈託なく笑った。その後ろで緩士も「じゃあな」と手を振っていた。
「すっかりセットみたくなっちゃって」
見えなくなるまで手を振っていた二人の姿を思い出し、夕莉が小さく笑った。
「現在の心境は?」
マイクを向けるような仕草で私に回答を求める。
「お似合いでしょ。あの二人」
「それ、本音?」
「もちろん」
「で、心境は?」
「よかったな、って思ってるよ」
「本当に?」
「嘘じゃないよ」
夕莉のしつこい追求に、私は苦笑した。
「嘘じゃないけど、」
苦い笑みとともに、本音の裏にひっそり存在しているもうひとつの感情を打ち明ける。
「よかったなって思う一方で、世のお父さんの気持ちになってる」
「なにそれ」
「娘を嫁に出すような」
「息子を嫁に取られる母親じゃなくて?」
夕莉が笑う。
「どっちにしろ親目線なのか」
そう言って、夕莉はふうっとため息をついた。バカだな、と私を小突く。
「寂しいなら寂しいって自覚しなさいな」
「だから、お父さんになってるって言ったじゃない」
「あんたは父親じゃないし、
今度は私が「バカだな」と言って夕莉の体を小突いた。
「それじゃあ私が高田さんにヤキモチ焼いてるみたいじゃない」
「違うの?」
夕莉はきょとんとしている。
「っていうか、父親だとしても、娘をさらっていく相手にヤキモチを焼くいてるってことでしょ」
夕莉がもっともらしく言う。
私はもう一度「バカだな」と言って笑った。
それじゃあまるで――言いかけて、私はその先を飲み込んだ。
夕莉は何か言いたそうな顔で私の顔を覗く。だけど何も出てこないとわかると、しばし私の沈黙に付き合った。
もう間もなく商店街の終点というところ。駅前の喧噪が加わったあたりで、どこかの店からもれてくる『ジングルベル』の歌が耳に入った。
「直訳すると、『鈴を鳴らせ!』だよね。もしくは鐘を鳴らせか。ゴングってのもありかな」
カンカンカン、と真似てから夕莉は歌の続きを口ずさんだ。だけど途中までしか歌詞を知らなかったようで、頼りない鼻歌に変わる。
やがてそれも止むと、一人でにやにやと笑い出した。
「何? 怖いんだけど」
「いや。今の才苗にぴったりだなと思って」
「何が?」
「鐘を鳴らせ!」
「よくわからないんだけど」
「そろそろさ、自分の気持ちに素直になって、試合開始の鐘を鳴らしてもいいんじゃないですかね。カーンと!」
言葉自体もだが、「うまいこと言った!」という顔をしているのがまた憎たらしい。
「あのね、この『ジングルベル』は馬につけた鈴のことだから。それをリンリン鳴らしながらそりを滑らせようって歌。ゴングとは違うの」
「じゃあ、そりみたいに勢いつけて突っ走ろう!」
「……どうしてもそっちに持っていきたいのね」
私はあきれ返って、あとは「はいはい」といい加減に流した。それでも構わず夕莉は、ジングルベル、ジングルベルと口ずさんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます