十五日目 高田栞奈⑥
金曜日に三時間。
翌日は午前中から夕方くらいまで。
びっしり働いて、それでようやくイベント用のお菓子の準備は片付いた。
シェル型のマドレーヌ。厚めに切ったパウンドケーキ。びっしり敷き詰められた薄切りアーモンドが飴色に輝くフロランタン。アインシングで飾られた、靴下やツリーの形をしたオーナメントクッキー。
魅力的なお菓子がぎっしり詰められらた袋を眺めていれば、それだけで心が躍る。子どもたちはどんな顔でこのお菓子を受け取るのだろう。自分が作ったわけでもないのに、喜んでくれたらいいななんて期待が膨らんだ。
「気になるなら、明日のイベントに参加してみる?」
仕上げのシールを貼っていた
「毎年搬入したついでに、レクリエーションとかに参加するんだ。ジェスチャーゲームをしたり、一緒にクリスマスの飾りを作ったり。意外と楽しいよ」
例年のことを思い浮かべているのか、優しい顔をしていたかと思うと、一転して挑むような眼差しを見せる。
「思いのほか熱くもなるし」
ぐっと拳を握る姿を見ていたら高田さんに負けて悔しがる
そのタイミングで
「それならあいつも呼べばいいんじゃないか? 好きだろそういうの」
と呆れたように笑った。
「あいつって?」
高田さんが興味津々で尋ねる。
「
「D組の松田さん…………ああ! あの、運動神経良くてなんでもできる子!」
あの子すごいよね、なんて言うけれど、その夕莉がライバル視している相手が自分だとは自覚していないようだ。
「来てくれるなら嬉しいな」
「呼べば来るだろ」
二人が期待たっぷりに言う。
まだ私がどうするかも表明していないのに、すっかり夕莉とセットで参加する流れになっているではないか。
私はふうっと息を吐いた。
「わかった。帰ったら夕莉に聞いてみる」
言うと高田さんは本当に嬉しそうな顔をする。つられて頬を緩ませた私は、明日の約束をして帰る準備を始めた。「晩ご飯、食べてって」とお母さんに言われたが、母にお遣いを頼まれているのでと断る。
そうやって一人先に帰ろうとしたのに。
気を利かせたことに気づきもしないで、同じように帰り支度をする緩士。
高田さんも高田さんだ。
それじゃあまた明日、と元気いっぱいに見送る。似たもの同士だと思った。
帰り道。もらったマドレーヌにさっそくかぶりつく緩士の様子を、斜め後ろの角度から眺めていた。
私の視線に気がついて緩士が歩く速度をゆるめる。
隣りに並んで、同じ歩幅で同じリズムで商店街を進んだ。
「高田さんって、本当にいい子だよね」
私の言葉に緩士はにこやかに返す。
「ほんとにな。知れば知るほど、どんどん好きなとこ増えて困っちまうよ」
チカチカと賑やかな電飾の光が緩士の顔を照らすから、その言葉に込められた感情の色合いを探るのが難しかった。口ぶりだけではわからない。なにせマドレーヌを褒めるテンションとほとんど変わらないのだ。
「よかったね」
「うん。よかった。
「は?」
「だって、近くにいる人でもこんなに新たな発見があったんだぞ。そんなに知らない人ならもっとあるはずじゃん。ってことは、だ。俺は橋本さんをまだちゃんと知れてない。そんな状態で高田に決めてしまっていいんだろうか」
こういうものをなんと呼べばいいのだろう。真剣な馬鹿とでも言うべきか。変なところだけ誠意を尽くそうとしているから質が悪い。
「っていうか、もっといろんな人のことを深く知るべきなのかもしれないな。でも知れば知るほど選ぶのが難しくなるような……。なあ、
「なにが?」
「みんな同じくらい深く知って、それで同じくらいいいとこ見つけちゃったら、どうする?」
まず付き合う候補が何人もいるという前提がおかしいと思いながらも、緩士があんまり真剣な顔で答えを待っているのものだから、何か言わなければならなくなる。
そうね、と考えるフリをして、なんとなく浮かんだ言葉を口にした。深い意味はなかった。
「しっくりくる相手を選べばいいんじゃない?」
「『しっくり』って。よりによってそんな答え?」
才苗はいい加減だな、と笑う。
もっとちゃんとした答えを――とせっついていた緩士が急に立ち止まった。
「どうしたの。忘れ物でもした?」
振り返ると神妙な面持ちでこちらを見ている。
「しっくりか」
何か思うところがあったのか、こちらを睨みつけたまましばらく考え込んでいた。
「しっくり、か」
「なに?」
「いや、なんでもない。……帰ろうぜ」
そう言ってふたたび歩き出す。
私の歩幅に合わせて。速度を合わせて。だけどほんのわずか前を歩いた緩士の横顔は、何を考えているのか、その心の内を見せてはくれなかった。
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