十七日目 高田栞奈⑦

 自分から知ろうとしなくても、幼馴染みに関する情報はいろんな方面から寄せられるもので。

 例えば日曜の夜は高田たかださんのところでしっかり夕食をご馳走になって遅い時間まで一緒にいたということは、母親同士の世間話から知らされた。

 学校に来ると高田さん本人が私に同じことを告げて、そのついでのように、

「ああ、そういえば、明日がお試し期間の期限なんだけど――」

 と、告白の行方を報告しようとする。

 いずれの場合も、どうして私に言うのかと尋ねてみると、幼馴染みだからと返ってきた。どちらもまったく納得できなかった。

「でも、植月うえつきさんには言わなければいけないと思ったんだ」

 高田さんは真剣な顔をする。『お嬢さんを僕にください』という雰囲気が漂っている。

 私たちは教室の隅に移動して、なるべく小さな声で話した。別に誰かに聞かれて困ることでもなかったが、自然とそうなった。

「私は暮木くれきの申し出を受けてみようと思う」

 真剣な顔。そしてずいぶんとかしこまった言い方で私に告げた。

「そう。ありがとう。……って、私がお礼を言うことじゃないか」

 繕うように笑うと、つられて高田さんも笑顔になった。

「付き合うってどういうことか、一週間じゃ結局何もわからなかったんだけどね。でも暮木といるのは楽しかったからいいかなって思えたんだ。考えるより産むが易しって言うし、私自身、うじうじ考えるより行動してしまう方が得意な性格だし。だから、そういう結論に至った」

「それでいいんじゃない? たぶん、緩士ひろとも、実のところ付き合うってどういうことか、よくわかってないと思うよ」

「あー。それはなんとなく、そんな感じはする」

 高田さんは思い出し笑った。

「だけど、暮木には『こういうことしたい』とか思い描く恋人像があるみたいだから、少しずつ教えてもらおうと思ってる。それで『付き合う』っていうことを一緒に理解していければいいなって。……なんか恥ずかしいな」

 誠実に語っていた高田さんだったが、言い終えたところで顔を赤くした。

 この数日間、二人の様子を見ていてなんとなくそういう風にまとまるのだろうと感じていたから、その報告に驚きはしなかった。しかし――

『そうか。ついに緩士に彼女ができるのか』

 頭の中で並べたその一文は、どうしてか、パチンと消えてしまった。はっきり理解できているはずなのに、まったく現実と思えなかった。

 私の心はふわふわとしていた。

 ふわふわとして、おぼつかなかった。

 その原因は何だったろう。

 日曜日に夕莉ゆうりと交わした会話がよぎった。だけど彼女が言っていたようなことがふわふわの原因ではないはずだ。緩士の顔を思い浮かべれば、『よかったね。おめでとう』という言葉が追随する。

 きっと今までうまくいかなかった例を見すぎたせいだと自分に言い聞かせた。だからまだ夢かもしれないと疑ってしまうのだと、納得させた。

 それでも消えないふわふわを抱えたまま、

「ふつつかな男ですが、緩士のことよろしくお願いします」

 と冗談めかして言った。

 高田さんはその言葉をしっかり受け止めて、優しく笑う。

「こちらこそ至らぬところもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

 私に付き合ってか、大袈裟な台詞まわしだ。

 私たちは顔を見合わせて笑った。

 笑ってからもう一度「よろしくね」と言って、お互いの手をしっかり握った。




 去年の今ごろは何人目に告白したところだったか。今年は二人目か。……十二日で二人? ずいぶん慎重になったもので。

 去年告白した人たちに対して不誠実だったとは言わないけれど、今年は本当にひとりひとりと真摯に向き合ったのだなと感心する。

 緩士も成長したのだ。

 アルバムをめくりこれまでの月日を懐かしむような感慨にふけっていたというのに。

 火曜の朝にもたらされた幼馴染みに関する情報は、私の頭を混乱させた。



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