十三日目 高田栞奈④
三つ目の駅で降りると、何分も歩かないうちにアーケードのある商店街に入る。車の通れない、狭い道のアーケード。
その真ん中くらいのところにあるのが
フランス語で『トロワ・スール』と書いている看板を指差し、
「三姉妹って意味」
高田さんははにかんだ。
「高田さん、三人姉妹なの?」
「いや、六人兄弟」
「六人!」
「姉が二人と、弟三人」
「一番下は双子だぞ」
これがまた元気でと
店ができたときは高田さんが生まれたばかりでまだ三姉妹だったらしい。
「お姉ちゃんたちと私で三姉妹。それとなんか『プロヴァンスの三姉妹』っていうのとかけてるらしいよ。父さん、昔南仏に行ってたらしくてね。それっぽい名前にしたかったんだって。だけどうちのお菓子はごくごく普通の洋菓子だけどね」
そうは言うけれど、ショーケースに並ぶケーキ屋焼き菓子を紹介する高田さんはとても誇らしげに見えた。
おかえりなさいと、店頭にいた高田さんのお母さんが声をかける。緩士には「まあ、また来てくれたの。ありがとね」と笑い、私を見つけると「こちらも
「同じクラスで、
初めましてと挨拶しながら、高田さんの体を小突く。
「『幼馴染み』って情報、必要?」
「いらなかった?」
まずいことを言ったかと顔色を変える。それほどのことではないから、私は「まあいいんだけど」と言ってもう一度お母さんに会釈した。
それほど大きくない店ではあるが、十二月はクリスマスや年の瀬のご挨拶などで需要が増えるらしい。
「家族総出でやればなんとかなるんだけど、今年は一番上のお姉ちゃんが子ども生んだばかりでさ。お母さんもそっちの面倒見たりで時々店抜けるから、一人と半分減ってかんじで参ってたんだ」
パートさんでも雇おうかと話していたところ、緩士が協力を申し出たというわけだ。
「その方が一緒にいられる時間が長くなるから」
などと歯の浮くような台詞をさらっと言う。私の幼馴染みはこんなやつだったろうか。疑いの眼差しを向けていると、
「それに、聞いちゃったら手伝わないわけにはいかないだろ」
こんな言葉をつけ加える。
そうだ。私の幼馴染みはこういうやつだった。
そしてそれは私も似たようなもので。
「私でできることなら手伝うよ」
聞いてしまっては、引き受けるしかない。
「ありがとう! 本当、感謝するよ」
仕方ないとばかりにこぼした言葉に、全力の笑顔を返された。
それじゃあさっそく、とお願いされた仕事は、お菓子の包装や、簡単な調理の手伝いで、今日と、できれば明日一日手伝って欲しいと言われた。
日曜に商店街の近くにある児童館でクリスマスのイベントがあるらしく、そのときに子どもたちに配るお菓子を用意しなければいけないそうだ。それが終われば少しは余裕ができると高田さんは言った。
「そういうわけで、よろしくお願いします」
高田さんとご両親が深々と頭を下げる。
こちらこそと私も頭を下げた。
緩士は一足先に、真っ白なエプロンを身につけて作業を始めていた。
贈答用の焼き菓子を箱や透明な袋に詰めたり、リボンをかけたり。なるほど、この作業ならば緩士がまったく使えないという評価も正しい。彼が担当したものは高田さんやお母さんが包んだものに比べてだいぶ不格好だった。あまりにひどいとやり直しという作業が生まれる。
一生懸命なのはいいんだけどね、と高田さんが苦笑した。
私もそれほど器用というわけではないけれど、ひとつ作ってみたところで合格点が出たので、この作業は私と高田さんのお母さんとで進めることになった。
「それじゃあ私たちはあっちを手伝ってるから、何かあったら呼んでね」
そう言って、高田さんは緩士を連れて奥の厨房へと移る。私はそれを見送って、二人の姿が見えなくなるとお母さんと顔を合わせた。
「あっちで緩士にできることあるんですか?」
厨房でも迷惑をかけるのではないかと不安になって質問すると、お母さんは優しい笑顔で私に言った。
「力仕事とか結構あるのよ。暮木くん、本当にいい子よねえ。素直だし真面目だし。下の子たちの面倒もみてくれるし。なにより栞奈に好意を持ってくれてるみたいだし」
緩士はすっかり高田さんの家族とも馴染んでいるようだった。ということは本人ともそれなりにうまくいっているのだろう。
「でもまだ『お試し期間』っていうのなんでしょ?」
お母さんは心配そうに続けた。
「うまくいってくれたらいいんだけど」
ふうっと気持ちのこもったため息をこぼす。
そうですね、と返すのでは素っ気ない気がして私は言葉を探した。
緩士が包んだ不格好なお菓子の包みを見つめながら、
「私も、うまくいくようにと、願っています」
不器用に言った。
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