八日目 橋本さやか⑦
「お昼ご飯を食べ終えて、そういえば食べ終えたことをどうやって暮木くんに伝えればいいんだろうって困っちゃって。
友だちに「ほっとけばいいんじゃない」なんて言われながら食堂を出たら、そこにいたの。
ご飯食べないで、ずっと待ってたんだって。びっくりしちゃった。
そのせいか、おもしろがってる人たちが集まってたから、昨日の場所に行ったの。私の友だちとか、話を聞きつけた演劇部の先輩とかが、部外者が近づけないように協力してくれた。
それでもね、まだあきらめない人がいるの。
そういう人が教室の前で先輩たちとやり合ってるものだから、暮木くんもそっちの方を気にしてそわそわしちゃって。
なかなか話が始まらないから
『告白、しに来たんでしょ?』
って私の方から切り出した。
暮木くんは一瞬戸惑ったみたいだったけど、すぐに真剣な顔に変わった。
『俺の彼女になってください』
まっすぐに言った。
なんにもなかったなら断ってたと思う。でも前の日に植月さんに言われて興味が湧いちゃったんだ。
この人は、本当に中を覗き込んでくれる人なのかなって」
「どうして私なの?」
「
はにかんで言う。笑顔でありがとうと返したけれど、心の中ではちょっとガッカリしてた。
「それが理由?」
私が問いかけると暮木くんは不思議そうな顔を見せた。少し考えてから、
「カワイイからっていうのは、付き合いたい理由にならない?」
と問いを返してくる。
「ならなくはないと思うけど、カワイければ誰でもいいのかなって思っちゃうかな。私に告白してくれる人って、私のことよく知らない人ばっかりで――みんな同じ感じだから」
「誰でもいいなんて! それはない!」
暮木くんは食い気味にそう言って、私のことをしっかりと見つめた。
「俺は、橋本さんと一緒だったら楽しいクリスマスになるんだろうなって思ったんだ。だから告白した」
もっともらしいことを言うけれど、「どうして?」ともう一度問えばきっと「カワイイから」と答えるだろう。だって、私と過ごすクリスマスを想像するときに、暮木くんの中には『カワイイ橋本さん』という情報しかないはずだから。
結局私はクリスマスの彩りのひとつくらいにしか思われていないんだ。
暮木くんも他の男子と一緒。着ぐるみを見て喜んでいるだけだった。
しかし、いつも通り『ありがとう。でも、ごめんなさい』で話を終えようとしたところ、暮木くんが思いがけないことを言い出した。
「去年は『いいな』って思っても、告白できなかったから」
気まずそうに言う暮木くんの言葉を拾って、私は驚きの声を上げた。
「去年? 去年からそんな風に思ってたの? ……どうして」
だって、去年はまだ『カワイイ橋本さん』ではなかったから。
暮木くんは去年の今ごろ、ショッピングモールで買い物をしている私を見かけたという。仲のよい友だちとクリスマスプレゼントを買いに行ったときのことだった。
「友だちのためとか、彼氏の分とか、家族にはこれとか。聞こえちゃったからしばらく見てたんだけどさ、どれ選ぶときもすっごい真剣で、めちゃくちゃ楽しそうで。ああ、人のためにこんな表情できるなんて、なんていい子なんだろうって思った」
彼から見た私は、それはもうキラキラと輝いていたらしい。
その時の暮木くんは、クリスマスまでに彼女をつくるという目標のために躍起になっていたから、私へ告白することも考えた。
「でも、あのとき橋本さんは彼氏いたからさ」
あきらめたんだと笑む。
今年、ふたたび同じ目標を立てたときにそのことを思い出したという。あのときよりもさらにカワイくなってたからちょっと気後れしたけどねと、今度は顔いっぱいに笑みをのせた。
「俺みたいのも結構いると思うよ。『カワイイ』っていうのはおまけで、もとから橋本さんのこといいなって思ってたやつ」
そんなことを今さら言うから、私もついムキになる。
「そんなの……ウソだよ。それなら振られてすぐとかに告白すればいいじゃない。カワイくなる前から言ってくれれば私だって――」
「橋本さんだったら、する? 『そういうのはしばらくいいかな』って、他のことに打ち込もうとしてる子に。俺だったら頑張ってる姿、見守っちゃうかな。それで見届けてから告白を……ってしてるからどんどん先越されるんだけどさ」
暮木くんは笑った。
ああそうか、と私は言葉を失った。
あの時の私はカワイくなるために一生懸命すぎて、そういうものを遠ざけていた。
遠ざけたまま着ぐるみを着てしまったんだ。
そうして小さなのぞき窓から外を見たせいで、こちらを覗こうとする視線に気づけずにいたのかもしれない。いや、ちやほやしてくれる視線の心地よさにばかり気をとられてしまったのかもしれない。
何が『覗いてくれない』だ。
私自身は、誰かと目を合わせようとした?
『カワイイ』から顔を出して、相手の顔を見ようとした?
考えたら、胸がギュッと苦しくなった。喉が詰まるような感覚があって、両目にはうっすら涙が張った。
堪えて私は言った。
「『カワイイ橋本さん』しか見えてなかったの、私の方だったかも」
それはもう、着ぐるみの中を覗くとかそういうことではなくて、着ぐるみから引っ張り出して丸裸にされたような、そんな気分だった。
でも悪い気はしなかった。むしろ嬉しかった。
「それでもやっぱり『私のことよく知らないでしょ』って言うなら、俺、これからすっごい努力する。努力して、橋本さんのことなんでもわかる男になる。だから、俺の彼女になってほしい」
暮木くんが得意げな顔で私の返事を待っているのが憎たらしく思えはしたけど、彼に対して前向きな気持ちもあったことは確かだ。もう少し、話をしてみたいと思った。
だから私は、一度は暮木くんの手をとりかけたのだ。
だけど不意に頭をよぎったのは、
『信じていい。あいつは橋本さんを傷つけたりしない。私が保証する』
ギュッと握られた手の感触を思い出した。
「こんなに理解して信じてくれる人がそばにいるのに、どうしてその人の良さには気づいてあげないんだろうって、暮木くんに腹が立っちゃって。私に『努力』使ってる場合じゃないよね」
思い出し、むうっと口を尖らせる橋本さん。
「理解してくれる人って、」
もしかして私のことかと確認すると、うんうんと何度も頷く。
「私は別に――」
「まずは近くにいる人をちゃんと見なくちゃダメだよって言ったの。その人のこと、これでもかっていうくらい深く知って。そこまでしても私の方がいいなって思えたら、その時にまた告白してねって」
「へえ。まだ二人が付き合う可能性があるってことだ」
それはよかったと言うと、橋本さんは私の顔をじっと見てから小さなため息をついた。
「さあ、どうだろね」
ずいぶん楽しそうに言う。
すっかりぬるくなってしまったミルクティーにようやく口をつけた。
私もそうしなければいけないような気がしてペットボトルの蓋をあけた。ふうわり香った焙煎香が鼻の奥に残る。ふうっと自然と息が漏れると、その様子を眺めていた橋本さんがニコリと笑った。
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