七日目 橋本さやか⑥
どうしても気になって、五時間目が終わるなり
コソコソとよそのクラスを覗き込む姿はかなり不審だっただろう。気づいた数人が口々に橋本さんを呼ぶ。緩士とセットであるかのような扱いに少し戸惑ったが、トコトコと小走りで出向いてくれた橋本さんが笑顔を向けてくれたのでとりあえず安心した。
何があった?
そう問いかけようとしたところ、橋本さんは唇の前にそっと人差し指を当てた。
「私も
そう言って耳打ち。
放課後、学校近くにある公園でということになった。
教室に戻ると今度は緩士が寄ってくる。何を言わんとしているか聞くまでもなかったので、「家帰ったらね」とそれだけピシャリと言ったら、叱られた犬のような目でこちらを見ていた。
公園に先に着いたのは私の方だった。
今は十二月だ。
屋外で長話になった場合に備え、途中のコンビニで温かい飲み物を買ってきた。ミルクティーとほうじ茶。寒がりの私はしっかりタイツをはいて登校しているが、たしか橋本さんはナマ足だった。少しでも寒くないようにと、陽当たりのいいベンチを陣取った。
飲み物が冷めないよう懐に入れ待つこと数分。
私の姿を見つけた橋本さんが手を振りながら駆け寄ってきた。
「ごめんね。遅くなっちゃった。結構待たせちゃったよね?」
「いや、私もさっき着いた」
「ホントに?」
橋本さんがいたずらな視線を向ける。
本当だよと、誤魔化すように飲み物を差し出した。彼女はありがとうと言いながらミルクティーを選ぶ。
それを両手で包み私の隣りに座った。「寒くない?」と尋ねると、橋本さんはふふふと笑う。
「植月さんみたいな人が彼氏だったらいいね」
何気なく言った言葉だろうが、私はつい邪推してしまう。
「緩士……駄目だった?」
申し訳なさそうに言うと、橋本さんは慌てて否定した。
「今のはそういうことじゃなくて、純粋な感想。あ、でも、植月さんの言うとおりにはならなかったよ」
橋本さんは手に持っていたミルクティーに視線を落とした。俯いた角度、さらに横からということで表情はとらえにくかったが、口もとを見る限り微笑んでいるように見えた。
「駄目だった?」
私は同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
「んー、ダメっていうか、寂しくはなっちゃったかな? あと、暮木くんはのぞき窓から中を覗く人ではなかった」
一度もこちらを見ずに言うから、私はいっそう悲しくなった。悲しくて、申し訳なくて、だけどその奥にまだ信じられない気持ちもあって。
そういうものを全部ひっくるめて、
「緩士のやつ…………許さん」
そう吐き出した。
橋本さんの肩が震えているのを見つければなおさら。ほうじ茶のペットボトルを持つ手に力が入る。
だというのに。
「もう、ホントに植月さんはいい人ね。簡単に騙されちゃダメだよ」
必死に笑いをこらえている人がいる。
「なに? ……どういうこと? 駄目じゃなかったの? 嘘?」
緩士の話だと彼女を泣かせてしまったかもしれないということだったし、本人の口からも『寂しくなった』という言葉が出てきたのに。
橋本さんは、目尻にうっすら滲んだ涙を指の背で拭ってからこちらを向いた。
「寂しくなったのは本当。でも暮木くんが悪いわけじゃないよ」
「じゃあ、のぞき窓から覗く人じゃなかったっていうのは――」
「それも、本当。暮木くんはのぞき窓から中を覗く人じゃなかった。中にいる人間を引きずり出すような人だったよ」
そう言って、何があったかを教えてくれた。
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