4次会 前夜祭
清酒祭まで毎日のように練習をした。
1日目の練習で張り切りすぎたため、衣装は汗びしょびしょになりクリーニングに出された。なので、2日目以降は運動着を着て練習をした。
「そこ違う! こうだよ、こう!」
「こ、こうですか?」
「もっとこう!」
「ええっと……」
茜さんの熱意は伝わるが、教えるのはあまり上手くないようだった。
「南部氏、そこはですな、左腕を曲げながら味噌汁を運ぶように身体に寄せるのです。それと同時に、腰を左側に突き出す。ここも同じ速度でやると綺麗に決まるので。その動かした時の反動を利用して右腕半身を後ろにひねって……」
「こ、こうですか?」
「おお! それでいい感じでござる! その時に顔は前を向き続けて、そして切ない表情なんてすると、なお良し!」
「こうですか?」
「あああああ! 良い!!」
部長は細かい動きまで熟知しており、教えるのもとても上手い。
……ただ、良くできた場合の褒め方が少しだけ癖が強かった。
「良いよ! 良いよ南部氏!! その表情!! ああああ!」
「おい、悶えるな!」
「キモイ!」
女性陣からはかなり不評であった。
練習では、主に南部さんがダンスを覚えることを中心として、みんなで毎日部室に集まって練習をした。
そして、清酒祭の前日を迎えた。
◇
「よし、踊りはばっちりだな。身体に覚えこませたもんな!」
「ありがとうございます!」
「ちょっと休憩するか」
学校内では、清酒祭の準備が進められていた。
各教室では、クラスの出し物の準備がされており、いつもの校舎とは違った賑やかなムードであった。
いつもとは違い、騒がしい声も聞こえてくる。
「そういえば、茜さんたちはメイドカフェするんですか?」
「そう、来る? 私とレイはしっかりとメイドするぞ!」
「行きます、行きます! 茜さんのメイド姿見に行きます!」
「おう! 楽しみにしてな!」
何気無い会話も楽しんでおり、南部さんも僕も、すっかり推し活部に溶け込んでいた。
「そうそう、今日は前夜祭だから、部活ごとに出し物が合ったりするんだ。敵視察もかねて、見に行こうぜ」
「南部氏も上手くできるようになったし、やることはやったもんね! 後は祭りを楽しもうぞ!」
「行きます!」
部長と茜さんと南部さんは、いつになくノリノリで部室を出て行った。
あとに残された僕と泡波さんも続くことにした。
――廊下に出ると、そこには酒姫部の白小路さんが立っていた。
「……レイ……、久しぶり。……あなた酒姫活動しているんだってね」
白小路さんは泡波さんを見つめて、目を離さなかった。
「何の当てつけよ。あの時みたいに、また期待させるだけ期待させて、逃げるんでしょ」
「……私、逃げない。推してくれる人がいるから、もう逃げない」
「言うだけは簡単だよ。……逃げないって言うなら、証明して見せてよ。私は団体戦には出れない。団体戦は酒姫部はエースの
「……」
「……逃げないでね」
白小路さんは、そう言うと行ってしまった。
強い口調だったが、泡波さんと真剣に向き合っているようであった。
「……私、けじめつけなきゃ。……藤木見てたの?……私、個人戦も出させて。私のけじめをつけさせて」
「……良いと思います。それは泡波さんが決めることです」
泡波さんの顔は、眼鏡と髪の毛で隠れており、見えるのは口の部分だけ。
口元が少し緩んで笑顔になったように見えた。
「今日は帰って練習してくる。みんなによろしく言っておいて」
僕は素直に頷く泡波さんと別れて部長たちを追いかけて体育館へと向かった。
◇
体育館で催されていた前夜祭。
ステージ前辺りにはパイプ椅子で座席が設けられており、ステージには照明が当たっている。
ステージ袖から司会の人が出てきた。
スポットライトが司会者にあたる。
「皆さまお待たせしました。それでは前夜祭のメインステージ。酒姫部によるコンサートタイムだーーー!」
そう宣言されると、パイプ椅子に座っていた、観客が立ち上がった。
僕たちは後から来たので、体育館の後ろ側で元から立ち見であった。
ガタガタとなる音が段々と無くなり、緊張感が漂い出した。
「……会場の皆さん、うちの制服を着てないんですね? ズボンの色が違います」
「そうなんだよ、よくわかったな。うちの酒姫部は人気で、清酒祭には他の高校からもこうやって見に来るんだ。前夜祭から見に来るのは相当入れ込んでる野郎達だ」
「すごい! 色とりどりのはっぴまで着ていますね」
「……そう、うちのクロと同じ頭してやがる」
「ん? 僕のこと呼んだ?」
気が付くと部長はピンク色のはっぴを着ており、背中には大きく「出羽桜」の文字が刺繍されていた。文字の周りには桜の花びらが舞っている。
「このイベントは、出入り禁止の僕が唯一参加できる校内イベントだからね。僕はDD(誰でもドリンキング)だけど、今日は桜ちゃんを推すんだ」
部長はそういうと、ごそごそと手に持った袋から別のはっぴを取り出した。
「はい、これ藤木君。
こういうはっぴ、コンサートではあまり着たくないが、推し活部に入ったからには着なければいけないのだろう……。
「部長! 私のは無いんですか?」
「もちろんあるよ! はい、
「おおー! グリーン! 字体も良いですねー! 可愛い!」
南部さんは大喜びですぐに着ていた。
相変わらずノリが軽い。
袖のあたりをみたり、腕を振り回したり、とても楽しそうであった。
「茜氏も着る?」
「着ない」
「はい、茜氏は二階堂さんね」
「……着ないって言葉聞いてたか? そして、どういうチョイスだよ」
そうこうしている間に、曲が始まった。
ステージに現れたのは、可愛いだけの酒姫では無かった。
スポットライトがあたり、キラキラと輝いている。
歌が上手い。もちろんダンスも上手い。
きちんと実力があった。
以前見せてもらった頃から、さらに磨かれており、切れが増している。
「……これと戦うのか」
茜さんは二階堂さんのはっぴに身を包み、真剣な表情でステージを眺めていた。
それとは対照的に、南部さんと部長はのんきに横でペンライトを振っている。
「出羽ちゃーん!」
「八海さーん!」
茜さんと僕は敵の視察を続けていた。
「藤木、あいつが二階堂だ。
そう言われた二階堂さんは、茜さんと似たような背格好で綺麗なダンスをしていた。
何かが違っていれば、茜さんはきっとあのポジションにいたのだろう。
茜さんと変わっても遜色は無いと思った。
最後のポーズを決め、曲が終わった。
それと同時に会場から拍手が溢れた。
「あいつらが、私たちの敵になるわけだ。強いぞ……。私は戻ってもうちょっと躍り込んでくる」
「あれ、茜氏! まだ、前夜祭ライブは続くよ? もういいの?」
「部長! 私は最後までいます。やっと推せる推せる! 今とっても楽しいです!」
部長が茜さんを追いかけようとしたところを、南部さんが引き止めた。南部さんはまだまだコンサートを楽しみたいようであった。
「……茜氏。……しょうがないか。……うん。南部氏も段々とペンライトの振り方がわかってきましたな!」
部長は茜さんを追いかけたそうであったが、南部さんのコンサートデビューに付き合うことにしたようだ。
「ああああ! いいよーー!」
「可愛いー!」
「いいぞー!」
段々と乗ってきた僕は、最終的にはペンライトを持って部長達の応援に混じっていた。
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