5次会 好きなものってなんだろう

「部長も茜さんも、とても熱があります。さすがです。……自分なんて足元にも及ばないです……」


 自分も酒姫を好きだと思っていた。

 だけど、部長と茜さんはそのレベルをはるかに凌駕していた。

 ……自分は酒姫を好きと言っていいんだろうか……。


「いや、なんか勘違いしてない? 藤木?」

 茜さんが不思議そうな顔をして、こちらを見てきた。


「推しを推す気持ちに、上も下も無いよ」


 部長も後ろでうんうんと頷いている。


「とっちが酒姫に詳しいかとか、どっちの方が愛を持っているとか、そんなことを考えているようじゃ、推し活部のメンバーとして恥ずかしいよ!」

 茜さんの瞳はまっすぐにこちらを見て訴えかけてくる。



「推しを推す、その行為だけで、推してるその一瞬が尊いんだよ!」


何曲も踊ったからか、茜さんは汗まみれであった。

その汗のせいか、茜さんはキラキラと、とても輝いて見えた。


ついでに、途中から後ろでオタ芸をしだしていた部長も漏れなく汗にまみれていた。

カッコいいかは別にして、部長の汗も輝いていた。


「まだまだあなたは一年生ね。そのあたりを勉強しなさい」


「うんうん。藤木君も自分のペンライト持ってきていいからね。藤木くん用の引き出し準備しておくよ」


 ……今度ペンライトは持参しよう。


「先輩方カッコよかったです!  暑苦しいくらいに熱いです! 私もやりたいです、推し活!」


 隣で見ていた南部さんは部長達の熱にあてられたのか、熱く訴えかけている。



「そうね、けれども推し活はしたい・・・と思ってするのとは違うのよ、南部さん」


 ‌南部さんは、茜さんの言葉が理解できずに首をかしげた。


推したい・・・・という気持ちが自然と湧いてくるものなの。それて、気づいたらその人に熱中してて、その人のことをついつい見てしまったり、その人の言っていることを覚えてしまったりね」


「……はあ。そうなんですか?」


 南部さんは納得いかないようであった。



「恋に憧れて恋をするのは、中学生がすること。それと同じで、推し活をしてみたいと思って推し活をするのも中学生までだよ。高校に入学して、この部活に興味を持ったのであれば、自然と推す対象が見つかるはずよ」


 ‌茜さんは僕の方を向いて、僕に向けて指を差した。


「そこにいる、藤木のようにね」


 ‌3人の視線が僕に集まる。

 ‌……そんなに注目されても何も出ない。


「推しを探すのもいいと思うけど、まずはいろんなものに触れてみてね。それで、推す対象が見つかったのならとことん推す。スキャンダルが多い時代だから、推しがいつ消えてしまうかもわからない時代なの」



「推しは推せるときに推せ」

「推しは推せるときに推せ」



 ‌茜さんと部長の声が揃った。


「これが部の合言葉なんだ」


 ……言葉の意味はよく分からない。

 ‌熱くなった2人が暴走気味に、"推し活部"自体を熱く語り始めたようだった。

 ‌……ただ、僕はこの部活を選んで良かったと思った。



「じゃあ、そろそろ順番か、藤木お前の推しの話も聞いておくか?」



 いきなり話を振られて、準備をしていなかったが思いのままに自分の好きなところを語ろうと思った。


「……あ、あの、いきなりすごいお二人を見せられて、僕なんかが紹介するなんておこがましいかもしれないですが、僕はご当地酒姫のSAKE47グループが好きです。というのも、それをプロデュースしている秋稲穂あきいなほさんのプロデュースがとても良いと思っています」


「いいね!」

「いいね!」


即レスのいいねが2つ飛んできた。



「酒姫っていうと、男性ファンしかいなかったのに、 女性ファンまで取り込んで、今や日本の和歌・・市場を独占する勢いです。そこがとてもすごいと思っています」


 ‌僕の発言の後、誰からも反応がなく、しばらく静かになった。


「……で、どこが好きなんだ?」



「……ええと、多くのファンを魅了していて凄いなぁって……」

 ‌しどろもどろになりながらも、僕の思いの丈を伝える。



「……そうか。まだお前は"売れてる酒こそが美味しい"と思っている部類だな」


 茜さんに僕の浅い考えが読み取られたようで、ドキッとした。


「もっと魅力があるだろSAKE47グループのどの地域が好きなんだ? ‌それぞれの地方ごとのがあるだろ? ご当地ごとの名産を歌ったりしてるだろ? どういった歌が良いんだ? どういう歌詞が良いんだ?」


「……ええと、どこというか……」


「茜氏、厳しいよ。入りは単純に好きで良いと思うよ藤木君」


 部長がフォローに入ってくれた。


「酒姫のどこが好きなのか、それはなんでなのか。どういうところに心ときめくのか、もっともっと深く酒姫のことを一緒に研究しよう。それがここ、推し活部だからね」


 部長の言葉は、優しく僕を包み込んでくれた。

 部長の太った体系もプラスされて、部長の包容力がとても暖かく感じた。



「どう? ‌上手くまとまった?」


 茜さんにアイコンタクトを送る部長。


「……まぁいいよ」


 冷たくあしらう茜さん。



 部長と、茜さんの熱い気持ちに、僕は自然と頭が下がっていた。


「部長、茜さん、ご支援のほどよろしくお願いします」


「もちろん」

「よろこんで」


僕と部長と茜さんは3人で熱い握手を交わした。



「よし! 藤木も推し活のことを分かってくれた所で、南部さんを立派な酒姫にするために、みんなでどう推すかを考えようぜ!」


「はい!」

「おうよ」


 ‌僕達3人・・は、南部さんをどう推すかを語り始めた。



 熱く議論する輪の中に入れなかった南部さんが、後ろから小声でしゃべっている。


「あのー……。やっぱり私は推されてしまうんでしょうか……。私も推したりしてみたいんですけどー……」

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