4次会 好きなダンスを踊りだす

「部長に任せるのもしゃくだから、今度は私が紹介する」


 ‌僕と南部さんと部長が席につくと、茜さんがおもむろに立ち上がって棚の方へと向かった。


「酒姫だけじゃなくて酒彦・・のことも知ってると、酒類業界のことが深く学べると思うの」


「茜氏、辻褄が合うようで合わないでござる。論点ずらして自分の推しを布教しだすのはよしてくだされ」


 茜さんは、部長のところまで戻り部長の座っている椅子の足を思い切り蹴って、棚の方へと戻った。

 ……部長は蹴られるのが好きなのだろうか?


「酒彦といえば、これでしょ!」


 ‌茜さんは酒彦のパンフレットを取り出して見せつけてきた。


「で、でた茜氏の大好物! 長旅酒造・・・・さんの酒彦グループ!」


「……良いでしょ。 かっこいいんだもん!」


「茜氏、イケメン好きだもんね」


 茜さんは、部長の言葉をガン無視して南部さんへ語り掛ける。


「どう? ‌南部さん? ‌誰かピンとくる人はいる?」


「カッコイイと思います。茜さん、こういうのが好きなんですね! ‌渋めというか、良いと思います! ‌茜さんは年齢層高めなオジ様が好きなんですね!」


 ‌南部さんの率直な意見に茜さんは少したじろいだ。


「……年齢とかいいんだよ。……好きなんだもん……」


 ‌茜さんの勢いが少し無くなった。

 自分の嗜好しこうを言い当てられてのが恥ずかったようだ。



「茜氏振り付きで踊れるでしょ。前見せてくれたじゃない。またやって見せてよ! ‌ライブDVDこれでいい?」


 ‌部長も立ち上がり、棚の中からライブDVDを取り出した。


「そうね、そのライブならチャプター6でお願いします」


 ‌部長はテキパキと棚からDVDプレイヤーを取り出して机へ置き、ライブ映像を流し始めた。

 ‌僕と南部さんの前でDVDが流れ始めた。


 ‌部長と茜さんは何故が立ったままであった。

 DVDプレイヤーの隣まで歩いてきた。



 ‌――パチパチパチパチ。

 DVDプレイヤーの画面では、前の曲が終わったところなのであろう。

 拍手が鳴っていた。しばらくすると拍手は止まり、次の曲のイントロが流れ始めた。


「みんな一! ‌盛り上がっていこうー!」


 ‌画面の中の酒彦が客に向かって呼びかけている。DVDプレイヤーの画面の隣に立った茜さんも、それに合わせて口パクをしている。


 ‌手の上げ方、指の立て具合、首の傾き、足の動き。

 ‌すべてが、DVDの中の酒彦と全く同じたった。

 ‌そこに本物の酒彦がいるみたい。


 ‌茜さんはこのライブのDVDをどれだけ見て覚えたんだろう。

 ‌入り部分から再現度が高い。


 ‌曲のイントロのリズミカルな部分が流れはじめた。

 ‌酒彦のキレッキレのダンス。 足を交差させたり、腰を下げて一旦動きを止めたり、 リズムにぴったりと音に乗っている。 見ていて気持ちがいい。


 ‌画面の隣で踊っている茜さんも、同じ動きを完全コピーしている。 酒彦に負けず劣らず、身体のキレがすごい。


 ‌右足を出して体重を移動し、左足を出してはピタッと止まる。一つ一つの動きが早く、キレがある。複雑で細かな足のステップも見事にやり切る。足のステップの間も、首の向きや手の角度は寸分の違いなく酒彦と同化している。

 ‌こんな完璧に踊るのか……。


 ‌最初の掛け声は口パクだったが、Aメロが流れ始めると茜さんが歌い出した。男性グループのキーに合わせた低音で、だけど茜さんの綺麗な歌声。


 ‌部長はどこから取り出したのか、コンサート用のペンライトを両手に持っていた。曲のタイミングとばっちり合うように振っている。


 ‌部長も部長で、太っていることを感じさせないキレのある動きでペンライトを振っている。


 ‌Bメロの初め、酒彦はお客さんに向かって歌いかける。


「みんな行くよー! ‌"もう1回!" ‌はいっ!」


「もう1回!!」



 茜さんと部長の‌コール&レスポンスのタイミングぴったり。


 ‌何なんだこの二人は·····


 ‌画面の中では、酒彦が順番にメロディを歌っていく。

 その酒彦のイメージカラーに合わせて、部長はペンライトの色を変えているし、ペンライトの色を変える‌動きも常人では無いくらい早かった。

 自動で変わっているのかと思うくらい。

 あれって、どうやって変わっているんだ……?


「みんな、ありがとうー!」


 ‌曲の終わりに、酒彦と茜さんがお礼を言った。



 ‌いえいえ、こちらこそありがとうございます。

 ‌僕と南部さんは自然と拍手をしていた。


 ……なんだかすごいものを見せてもらいました。

 ‌いつも部室でこんな事をやっているのだろう。

 うらやましくもあり、面白くもあり、とてもわくわくした。


「すごいです、茜さん! ‌輝いていました!」


「ありがと!」


 ‌歌い終わって、茜さんは息を整えている。


「けどね、見るべきなのは私じゃないのよ。つい踊っちゃったけど、見るべきはこのグループよ! ちゃんと見てた? ‌歌い始めのハニカミの所から良かったでしょ? そこ‌見た? ‌ちゃんと見た?」


 ‌……よく分からない茜さんの推しポイントを出てきた。

 ‌


「時間はまだまだあるから、もっと見せてあげるよ!」


 ‌茜さんは、まぎれもなく推し活部の副部長・・・であった。

 ‌酒彦を語らせてしまったら止まらないだろう。


 ‌部長と毎日そんな活動しているのかな.....。



「酒彦良かったですけど、私、茜さんを推したいです!」


「は? 何言っているの、このグループを推しなさい! ‌やっぱりまだ洗脳が足りていないようね。クロ・・! ‌次のDVD出して!」



「今のやつの次だから……、これだね?」

「わかってるじゃない?」


 ‌なんだかんだ部長と茜さんは通じあっているようであった。


「南部さん? ‌本当に"良い"って思うまで見せてあげるから、安心しなさい?」


 ‌そうして、茜さんの酒彦語りが続いていった。

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